日本財団 図書館


第8章 GMDSSに用いられる通信の基礎
8・1 GMDSSに用いられる通信の概要
 「全世界的な海上遭難安全システム(GMDSS)」は従来の遭難通信のための船上の無線通信装置を考慮しながら、遭難と安全通信には何が必要かを根本的に検討し、最新の電子通信技術(デジタル通信技術、マイクロプロセッサを中心とするコンピュータ技術、マイクロ波技術、衛星通信・測位技術)が総合的に使用されている。そして、最低限の遭難警報は、自動的に送信され、さらに特に知識のない人でも送信ができ、余裕のあるときには簡単な操作で救助に必要な情報が付加できるように考えられた。
 デジタル技術の一つは、デジタル選択呼出し(DSC)である。これは一般の通信の呼出しに加えて遭難呼出しを同じ装置で特別の警報と遭難船の識別を付して行えるもので、簡単な操作でその呼出しに遭難位置と遭難の種類などを付加することも可能になった。
 さらに、狭帯域直接印刷電信、衛星通信での高・中・低速のデータ通信、非常用位置指示無線標識装置等もすべてデジタル技術で、音声通信のデジタル化も行われるようになってきた。GMDSS用の機器は回路の制御用等にマイクロプロセッサとデジタルメモリを内蔵している例が多い。例えば518kHzで海上安全通信を受信するナブテックス受信機は、送信の最初に付加されている地域コード、警報と情報コード、各警報と情報コードの送信番号を判断して、必ず受信すべき警報と要求情報のみを一度だけ印字する制御がなされている。
 マイクロ波の利用では、VHF無線電話が、近距離の遭難警報のほかに、遭難現場での連絡の通信に全面的に使用される。遭難船と生存艇へのホーミングはレーダーによることになり、レーダー・トランスポンダーが使用される。これは、現在の船舶ではレーダーは不可欠の航法機器であり、また、一般には3cm波レーダーが最も多く、船舶上装備されていることから、レーダー・トランスポンダーは3cm波のレーダーに対応する機器となり、それに伴ってレーダーも3cm波帯のものが船舶には必ず必要とされることになった。
 すでに多くの船舶で用いられてインマルサット海事衛星通信の船舶地球局(SES)の内の電話、中低速データ通信、ファクシミリ等の業務を行うインマルサットAのほかに、無指向性の空中線が使用でき、低速データ通信ができるインマルサットCが導入され、前項のナブテックス受信機と同じような機能を持つ高機能グループ呼出(EGC)受信機も併置される。
 コスパス・サーサット・システムは、遭難用に国際協力によって運用されている衛星システムであり、406.025MHzを送信する極軌道衛星利用非常用位置指示無線標識装置(EPIRB)が使用される。
 GMDSSのもう一つの大きな特長は、遭難・安全通信を全世界的にしたことである。そのため、VHFを主体とした短距離のA1水域、MFを主体としたA2水域、インマルサット衛星通信を主体としたA3水域と、インマルサット静止衛星による通信が不可能で、短波(HF)通信に頼る高緯度のA4水域に分けて、それぞれの航行する水域別に装備する無線装置を規定してある。
 GMDSSでは、それぞれの水域に対していずれも次のような機能が考えられていて、遭難・安全通信についてそれぞれの無線装置が対応している。
(1)遭難警報(Alerting)
 VHF、MF、HFのDSCと衛星通信が使用される。この送信の余裕のない遭難船のときは、極軌道衛星利用、静止衛星利用又はVHF利用の非常用位置指示無線標識(EPIRB)が自動浮上して送信を開始する。他の手段がないときはEPIRBは船上で送信させることもできる。これらの送信には、自動的に船舶の識別が付されている。送信の余裕のあるときには、DSCは遭難位置を付して(自動的に航法装置からのデータの導入もできるが、それは要求されていない。)警報できるが、常時それを行うことは期待できない。遭難信号を送信した極軌道衛星利用EPIRBの位置は、コスパス・サーサット衛星によりその位置を約5kmの精度で決定でき、これは全地球的に可能である。しかし、静止衛星利用のEPIRBの場合は位置の決定はできないので、この場合は、何らかの方法で遭難位置を自動的に付加することが要求されている。
(2)捜索救助協力通信
 遭難の発生とその位置を知ったとき、救難機関は行動を開始するとともに、付近の船舶に通報する。この通信は各種の無線電話、DSCが使用されるほか、後述の海上安全情報の放送も使用される。
(3)現場通信
 遭難現場での救助船と遭難船又は生存艇間の連絡通信は、MFあるいはVHF無線電話が使用される。そのため生存艇には持運び式双方向無線電話装置が用意される。
(4)位置表示信号
 救助船が遭難現場近くにきたときに、救助船が遭難船又はその生存艇にホーミングをする装置は従来は、無線方位測定機を使用して、送信されている遭難信号の方位を測定する方法が取られていたが、GMDSSでは、遭難船上と生存艇上のレーダー・トランスポンダー(SART)が、救助船や救難航空機に搭載されている9GHzのレーダー電波を受信したときは、レーダー電波帯の信号を送信し返す。この時救助船のレーダー映像面上には一列に並んだ12個の輝点が表示されて発信位置を測定できるようになっている。レーダー・トランスポンダーは、送信機と受信機が一体となった装置で、レーダー電波の反射が弱いゴム布製の救命いかだなどに備え付けてあっても、その信号電波が遭難者であることを、その電波を受信したレーダーの映像面上で容易に判定できるようになっており、わが国で開発された装置である。このレーダー・トランスポンダーは、レーダー側の空中船の高さにもよるが、数海里以上のところから探知でき、航空機の場合は更に遠方から発見が可能である。また、トランスポンダーの受信機は、受信したレーダー信号のパルスを音又は光として出力できるので、遭難者側でも、その音又は光によって、救助船などの接近を知ることができる。
(5)海上安全情報の放送
 遭難、航行、気象等の警報と気象予報、水路通報、航法システム等の情報の放送で、ナブテックス・システムのほか、インマルサット・システムのEGC、HFの狭帯域直接印刷電信でも放送されることになっている。
(6)船橋対船橋通信
 船の安全航行を助ける船舶同士の通信で、VHF無線電話が使用される。
 遭難安全通信用の周波数をまとめて表8・1に示す。
 
表8・1 GMDSSのための遭難安全周波数一覧
  デジタル選択呼出し 直接印刷電話 無線電話
MF (kHz) (kHz) (kHz)
  490  
518*
424***
2187.5 2174.5 2182
HF 4207.5 4177.5 4125
4209.5*
4210**
6312 6268 6215
6314**
8414.5 8376.5 8291
8416.5**
12577 12520 12290
12579**
16804.5 16695 16420
16806.5**
19680.5**
22376**
26100.5**
VHF (MHz)
156.525
(MHz) (MHz)
156.8
156.650
衛星 (MHz)
406−406.1(EPIRB用)
1530−1544
1544−1545
1626.5−1645.5
1645.5−1646.5
Xバンド (MHz)
9200−9500(SART用)
ナブテックス型式の放送用
**
海上安全情報(MSJ)の放送用
***
ナブテックス型式の日本語放送用







日本財団図書館は、日本財団が運営しています。

  • 日本財団 THE NIPPON FOUNDATION