はしがき
日本近海では、年間約6千件(平成13年海難審判庁認知)もの海難事故が発生しております。このほとんどは「見張り不十分」等の人為的な要因で起きており、海難事故を減らすためには、「見張り」や「監視」を徹底することが肝要であることがわかります。
また、目視航行が基本である操船においては、海霧等による視程障害が大きな問題となります。平成13年6月1日、濃霧注意報が発表された広島県竹原港内で、航行中の旅客船同士の衝突事故が発生しました。また、同年6月4日夜間、霧で視界が制限された伊予灘北部を、航行中の油送船と貨物船が衝突して浸水しております。
もし、現在の霧の状態が今後どうなるのか、あるいはどの海域にどの程度の霧が発生するのかといったような、霧の量的な予報が可能になるならば、視界制限状態での航行を避けることができ、このような海難事故を防止することができると確信されます。
気象予報の分野では、計算技術の進展に伴い、天気予報の精度が年々向上しています。このような背景により、本事業では数値気象モデルを用いた海霧予報を実現するため、海霧数値モデルの開発を行い、その実用化を図ることを目的と致します。この事業成果がとりまとめられた本報告書が、船舶の安全航行、海難防止に活かされるものと期待しています。
おわりに、この研究は日本財団の平成14年度助成事業により実施したものであることを申し添えるとともに、研究開発を推進するにあたり、ご指導を頂きました委員の方々に厚く御礼申し上げます。
平成15年3月
財団法人 日本気象協会
会長 石月 昭二
沿海を航行する船舶の安全には、航路上の気象・海象を精度良く予測することが重要である。このためには、精度の高い数値気象予測モデルの構築が不可欠である。本研究では、瀬戸内海で発生する霧の予測モデルの精度向上をはかる。
気象現象による海難事故の主要原因の一つである海霧については、現象に地域性があり複雑な要因があるため、数値モデルによる予測が難しいとされてきた。しかし、最近では気象理論の進歩と計算機性能の著しい向上により、この障害は小さいものとなりつつある。
当協会の「局地気象モデル」(ANEMOS;Advanced Numerical Environmental and Meteorological Operation System)は、気象庁から提供される広域の気象場を表現する数値予報格子点値(GPV;Grid Point Value)を用いて、さらに小規模な気象現象を予測するモデルである。このモデルを局所的な海霧の発生・消滅を再現できるよう改良し、その実用化を目指した研究を行う。具体的には、局地性や時間変動性が強いとされる海上における霧の発生から消滅までを、数値モデルによって精度よく再現する技術の向上を図る。
これにより、海霧の影響で海上視程が変化する様子を定量的に予測することができるようになり、気象庁の発表する濃霧注意報や海上霧警報を補完する形で、航海船舶へより詳細な気象支援情報を提供するための技術が確立される。さらに、悪視程下での船舶同士あるいは地物への衝突・接触事故の防止に大きく貢献するだけでなく、視程好転の予測情報を活用することで効率的な航行に寄与する。
本研究の全体の概要を図1.1に示す。この研究は平成13、14年度の2ヶ年計画の2年目に実施したものであり、次の事項について研究を進めた。
1. 気象データの収集
海霧モデルの計算及び検証に必要な、GPVデータ、視程計データ、気象データ(レーダ雨量解析図、水温データ等)を収集し整理する。
2. 瀬戸内海の霧発生事例の抽出
最近3年間に瀬戸内海において発生した霧による気象災害、瀬戸内海における霧の発生日を統計し分析する。
3. 気象モデルの改良
昨年度は‘晴霧’について、気象モデルの海霧予測への適用性が示された。しかし、‘雨霧’については、降雨量の精度向上、地表面過程の適正化が課題になった。本年は、これらの精度を向上するため、(1)基礎方程式、(2)降水過程、(3)地表面過程の改良を行う。
4. 霧予報の検証
瀬戸内海において発生した雨霧、晴霧の数値計算を行い、視程データ、雨量データ等により計算結果の精度検証を行う。
5. とりまとめ
本研究成果をとりまとめる。
図1.1 平成14年度霧予測実用化研究の流れ
この研究を推進するに当たり、当協会内に次の委員会を設置して、研究計画の策定、研究の推進及び検討を行った。
平成14年度「沿岸・内湾での霧予測実用化研究」 |
委員会委員 |
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委員長 |
鳥羽良明 |
東北大学名誉教授 |
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委員 |
澤井哲滋 |
気象庁気象大学校 |
教授 |
〃 |
中西幹郎 |
防衛大学校地球海洋学科 |
助教授 |
〃 |
山本 哲 |
気象研究所環境応用気象研究部 |
主任研究官 |
〃 |
大須賀祥浩 |
川崎汽船(株)安全運航グループ |
副部長 |
〃 |
渡辺好弘 |
日本気象協会開発本部 |
本部長 |
〃 |
有沢雄三 |
日本気象協会開発本部 |
専任主任技師 |
〃 |
岡田弘三 |
日本気象協会開発本部 |
主任技師 |
〃 |
鈴木 靖 |
日本気象協会首都圏支社 |
調査業務課長 |
〃 |
中野俊夫 |
日本気象協会首都圏支社 |
主事 |
事務局 |
中村丸久 |
日本気象協会管理本部 |
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この研究の成果は、第2章から第4章に詳しく述べるが、各章を要約すると次のとおりである。
(第2章)
瀬戸内海の霧は、前線の影響による霧と暖気の移流による霧に大別することができる。前線の影響による霧は、混合霧、蒸発霧、移流霧の複合なものと考えられ、雨を伴うことから雨霧とし、暖気の移流による霧は晴れた日に発生することから晴霧とすると、雨霧は晴霧の約2倍多く発生していることが示された。海域毎では、備讃瀬戸海域(坂出、下津井、男木島)は、来島海峡海域(因島、多々羅、来島海峡)と比較して、平均的に約3倍の頻度で霧が発生し易いことが示された。
(第3章)
昨年度のモデルの検証結果を踏まえ、気象モデル(ANEMOS)の基礎方程式、降水過程、地表面過程を変更した。具体的には、密度を温位と圧力の関数で表し、深い対流モデルへ改修した。降水過程は、暖かい雨(warm
rainスキーム)から、氷も考慮することによって氷晶雨も計算する(cold rainスキーム)方法を追加した。地表面過程は「土壌湿潤度を一定」から強制復元法へ変更した。
変更後のモデルの検証を行った結果、過小評価の傾向のあった降水量が多少改善されるようになった。地表面過程の変更により、降雨後の地表面が湿り、水分フラックスが増加してより現実に近い大気が表現されていると考えられた。
(第4章)
瀬戸内海の雨霧と晴霧の事例について検証を行った。晴霧については、南から湿った空気が流入し、夜間に海水面によって冷やされて凝結し、夜間から早朝にかけて霧が発生する事例を計算結果は良く再現した。また、播磨灘で局地的な小循環が形成され、水蒸気を蓄積して霧が発生、持続する状態が再現された。しかし、複雑な地形に囲まれた海域では、霧を再現することができなかった。雨霧では、降水量は変更後の方が多く、時間変化も観測値に近かった。降水後は、変更後の方が気温は低く湿度が高かった。本研究では深い対流・cold rainスキームに変更したため降水量が増加し、地表面過程を変更したため、降水後の大気最下層への水分供給が増加し湿潤になり、予報が改善される事例もあった。
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