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はじめに
 水の惑星といわれる地球は、今から約46億年前に誕生した星で、その表面は、約70%が海で覆われています。広大な海のうち、普段私たちが目にする海は、海岸線に面した比較的浅いところがほとんどですが、平均深度は、実に約3,800mにも達するといわれています。
 海は、太古の昔から多くの生命を育み、生命を守っていく上で大きな存在となっていますが、そのほかにも、生活の糧として魚介類を採取したり、海上交通路やレクレーションの場として利用するなど、人類は、海を通して数多くの恩恵を受けてきました。また、近年の科学技術の進歩により、海は、地球の気候変動に大きく関与していることや、未来の人間生活に必要な種々の資源を豊富に包蔵していることなどが分かってきました。しかしながら、このような情報がもたらされつつある現代においても、まだまだ海には多くの謎が隠されているのです。今後予測される、人口増加に伴う食料やエネルギー問題、それに大規模地震や異常気象といった問題に関しても、海は、重要な鍵を握っているのです。
 そのためにも、海についてもっともっと多くのことを知ることが必要となってきました。海を知るためには、海の表層から海底に至る範囲をグローバルな観点から捉えることが必要ですが、そうするためには、各種の機器・装置の開発はもちろんのこと、調査・研究手法を確立することが不可欠となります。このような背景のもとに、海洋科学技術センター(JAMSTEC)では、国内はじめ、海外の研究機関と連携して、海洋に関するさまざまな調査・研究を実施しています。そこで、本テキストでは、海洋科学技術センターが関わってきた種々の調査・研究の概要を、「海洋の調査」「圧力の世界」「深海の調査」「海洋の利用」及び「新たなる挑戦」の5つのテーマに分けて紹介していきます。
 
海洋地球研究船「みらい」(北極海航海風景)
 
海洋の調査
 海を調べる、すなわち海洋観測の主な目的は、海洋観測を通して海洋における種々の変化を知り、これによる地球環境変動への影響を調べ、予測することです。そのためには各種の観測機器を開発し、それらを用いた地球規模での観測を行うことが不可欠となります。
 しかしながら、観測船で常に現地に出向いたり、研究者が観測地点に長期間滞在して観測をし続けることが不可能な観測も数多く存在するため、ある種の観測では、観測海域にブイなどを設置し、人工衛星を介して陸上の研究施設にデータが送られてくるようなシステムがとられています。本項では、海洋観測で使用されている機器や各種の海洋観測によって得られた情報を提供します。
 
各種の調査機器
(1)トライトンブイ
 エル・ニーニョ*1現象のメカニズムを解明するために、国内で開発された海洋観測用ブイです。このブイは、海上気象(風向・風速、気圧、気温、湿度、日射、雨量)と水温、塩分、流向・流速を観測し、1時間毎の平均データを、アルゴス衛星通信*2経由で陸上に送ることができます。このブイは、海洋地球船「みらい」の就航を待って設置されてきましたが、2001年3月現在は、10基(2001年末に16基となる予定)のブイが赤道海域の西方を中心に設置されており、それらのブイからは、衛星を通して毎日、海洋科学技術センターむつ研究所の研究室にデータが送られてきています。なお、同様のブイに「アトラスブイ」というものがありますが、これは、米国のNOAA(National Oceanic and Atmospheric Administration:米国海洋大気局)が所有するブイで、太平洋中央部から東方に設置されています。
 
*1 この言葉は、スペイン語の「神の子」すなわちイエス・キリストに由来するものでこの現象がクリスマスの頃に出現するということから、このように命名されたと言われています。本来、太平洋の赤道付近の海面水温は、通常、西部で高く、東部で低くなっていますが、数年毎に東部太平洋(南米ペルー沖)で異常な海面水温の上昇が起こります。これを「エル・ニーニョ現象」と呼んでいます。最近の観測結果から、この現象は東部太平洋だけでなく赤道太平洋のほぼ全域に及ぶことや、海洋と同時に大気(風)も変動していくことが分かってきました。また「エル・ニーニョ現象」によく似た大規模な気候変動現象はインド洋にも存在していることが判明し、「ダイポール・モード現象」と命名されました。なお、今世紀最大ともいわれるエル・ニーニョは1997年に発生し、その影響が残った1998年には、台風の発生が例年よりも少なかったなど、我が国の気候にも影響を及ぼしています。データに関しては、P4参照のこと。
*2 これは、CNES(Centre National d' Etudes Spatiales:フランス国立宇宙研究センター)、NASA(national aeronautics and space administration:米国航空宇宙局)及びNOAAの3者により、全地球上のあらゆる地域の環境情報を収集することを目的に開発されたシステムで、アルゴスシステムと呼ばれています。本システムはアルゴス発信機、南北両極軌道をとる2つの周回衛星及び地上受信局から構成されており、現在、フランスのCLSアルゴス社によって運営されています。
 
トライトンブイデータの流れ
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 表層の温度躍層(温度が急激に変化する深度)を代表する20℃の等温線は、熱がどれだけ蓄積されているのかを示す一つの指標となっており、この等温線が深ければ暖かい海水が表面に集められていることを示しています。1997から1998年に発生した今世紀最大といわれたエル・ニーニョでは、1996年3月に、西太平洋で最大190mの深度に20℃の等温度線が観察され、この海域に暖水が蓄えられました。そして、この等温度線は、エル・ニーニョの発生にともない130mまで浅くなりましたが、この浅くなった部分の暖水は、東太平洋に運ばれ、それによりペルー沖では、20℃の等温度線は、平均値よりも80mも深くなりました。このように、エル・ニーニョの前年に西太平洋に暖水が蓄えられることがエル・ニーニョの発生の一つの条件となっています。
 現在注目されていることは、2000年3月から4月に西太平洋では、この20℃の等温度線深度が赤道上で210mと非常に深くなり、これは、ブイのデータがとれるようになって以来の過去10年で、最大となっています。また、トライトンブイの時系列データでは、1999年からエル・ニーニョと逆の現象であるラ・ニーニャが継続したことにより、西太平洋には十分な熱が蓄えられており、エル・ニーニョヘ移行する条件の一つが整えられた状態であることを示しています。エル・ニーニョ発生の他の条件は、この西太平洋に蓄えられた暖水を東に押し出す西風がこの暖水プール域で強く吹くことです。この西風は冬季のモンスーンにともない強まりますが、夏季には吹きません。2000年の冬季から翌年の春季にかけて、西太平洋赤道上で西風が強く吹けば、2001年の春季以降、エル・ニーニョの発生が見込まれましたが、結局強風が吹かなかったために、この時期、エル・ニーニョ現象は起こりませんでした。しかしながら今なおその可能性は強く残っています。
 
東経156度線に沿う20℃等温線の時間変化
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