中国一人っ子政策継続の新局面
「人口・計画出産法」の意味
東京農工大学院農学研究科国際環境農学教授
若林敬子
「人口・計画出産法」の宣伝・広報
北京市郊外昌平区にて2002年8月16日現在街中に大横断幕が10本以上はられていた。
(1)二〇〇〇年人口センサス ― 一・八%二二九一万人の漏れ ―
中国は二〇〇〇年十一月一日、第五回人口センサスを実施、その結果本土大陸人口は一二億六五八三万人、これに香港六七八万人、マカオ四四万人、台湾・金門・馬祖の二二二八万人を加えると、一二億九五三三万人と発表。世界人口六一億余の中の一三億を占めるあいかわらずの人口超大国である。
概要結果の発表後、次なる公表が予定より十ヵ月も遅れて二〇〇二年九月にようやく出版され、最近入手できたところであるが、この遅れは一・八一%、約二二九一万人もの調査漏れが判明したことによる。その属性、地区別割りふりをめぐり国家統計局内が揺れたためであるが、漏れの主因は、戸籍地と居住地との隔離、一・二億人もの流動人口を充分に調査把握できなかったことである。
この漏れ率は、調査を実際に担当した地方からすれば容認できがたく――例えば上海市では漏れの分配、三三万人を含めた一六七四万人という人口数は、一度は公表されつつもその後は市としてはつかわず――残念ながら前回センサスよりも質の悪い結果となってしまった。前年末の戸籍人口等から漏れを上積みしたものの、基準値が不鮮明で、上積みを繰り返し、実質人口はもっと少ない可能性もあると筆者に指摘する人口学者もいる。
都市(市鎮)人口割合は、九〇年の二六・二%から三六・一%へと急増。少数民族人口は一億六四三万人で全人口の八・四%を占めることが判明。教育程度別の非識字(文盲・半文盲)率は人民共和国成立時の三・二億人が激減しつつも、なお八五〇七万人、十五歳以上人口の六・七%を占めること。六十五歳以上高齢者率は七・〇%で国連のいう高齢化社会に入り、地区別には上海市一一・五%から青海省四・三%と地域格差が大である。
さて、中国改革開放の加速、市場経済の発展により流動人口の規模は一層拡大した。今回二〇〇〇年センサスで一億二〇〇〇万人を超え、内一級行政区(省・市・自治区)間を移動する人口は四二四二万人、全体の三五%を占める。流出の多い省は四川の一六・四%。安徽一〇・二%、湖南一〇・三%、江西八・七%、河南七・二%、湖北六・六%これら六省のみで省間移動人口の五九・三%に達する。
他方流入地域は、広東三五・五%、浙江八・七%、上海七・四%、江蘇六・〇%、北京五・八%、福建五・一%、以上六省市で六八・五%を占める。
全国流動人口の内、都市部からの流出が二七%、農村部からの流出が七三%を、また都市部への流入が七四・四%、農村部への流入が二五・六%に達する。つまり一・二億人の流動人口の内、農村部からの流出が七三%、都市部への流入が七四%という農村から都市への移動方向が鮮明である。
●若林 敬子(わかばやし・けいこ)
1944年千葉県生まれ
社会学博士
〈現職〉東京農工大学大学院農学研究科国際環境農学教授
〈学歴〉東京女子大学文理学部社会学科卒業
東京大学大学院教育社会学修士課程終了
同博士課程中退
〈職歴〉厚生省人口問題研究所入所
同地域構造研究室長を経て、97年4月より東京農工大学農学部地域システム学科教授
99年4月より現職
〈主な著書〉
『中国の人口問題』東京大学出版会1989年、『ドキュメント中国の人口管理』亜紀書房1992年、『中国人口超大国のゆくえ』岩波新書1994年、『現代中国の人口問題と社会変動』新曜社1996年、『学校統廃合の社会学的研究』御茶の水書房1999年、『東京湾の環境問題史』有斐閣2000年
専門 人口社会学、地域社会学、環境社会学
(2)上海市流動人口と青色戸籍の廃止
上海市常住人口は、二〇〇〇年センサス結果で一六四〇・七七万人、戸籍人口は一三二一・六三万人、流動人口は三八万人に達した。九〇年より三〇六・五万人が増大、上海市としては二〇〇五年になんとか一六五〇万人にとどめたいという目標計画をたてている(二〇〇二年七月一日世界人口デーの時に決定)。が、流動人口は八八年の一〇六万人、九三年二五一万人、九七年二三七万人、そして二〇〇〇年三八七万人へととどめを知らない。北京市の二七〇万人に比し、経済発展の著しい上海市の側面である。
この上海市流動人口三八七万人の内訳は以下の通り。
(1)男子五七・六%、女子四二・四%で生産年齢人口が多い。
(2)居住分布は市中心区に三三・六%、辺境新建区五八・四%、郊県八・〇%で、市区と郊外農村の交わる中間エリアに多い。
(3)配偶者がいる者が多く、出身地が互いに異なる者による“両地婚姻”数が次第に増大してきている。
(4)農業の戸籍は八五・三%、非農業戸籍が一三・六%、戸籍待ち一・一%(四・一三万人)。
(5)居住状況でみれば部屋を借りているのが六三・九%で最多、ついで宿舎・土棚二〇・〇%、親友の家五・〇%、旅館・招待所一・四%、医院〇・二%。
(6)教育程度別には、非識字五・三%、小学卒二四・六%、初中卒五五・二%、高中卒一一・二%、大学以上卒が三・七%という分布。
(7)流動外来人口の出産状況は、未出産が一二〇・八三万人、第一子一〇・七五万人、第二子〇・七五万人、第三子以上〇・〇四万人という結果であるが、漏れのあることはいうまでもなかろう。
(8)上海への流入人口の出身地は、安徽で三二・二%、ついで江蘇二四・〇%、浙江九・九%が多い。また“川軍”といわれる四川からは七・三%と続く。
(9)流動要因は、その大半の七三・四%が経済活動の出稼ぎであり、家族につれられたり、親族、婚入り等は計二〇・三%。これら農民の大都市への出稼ぎは表1でみるように次第に長期化し、構造化していることはいうまでもない。
表1 上海市流動人口
(1)性別居住期間 |
万人(%) |
|
男 |
女 |
計 |
1 半年以下 |
50.23 |
31.14 |
81.37(21.0) |
2 半年〜1年 |
48.89 |
34.54 |
83.43(21.6) |
3 1〜4年 |
83.69 |
68.46 |
152.14(39.3) |
4 5年以上 |
40.22 |
29.95 |
70.17(18.1) |
計 |
223.02(57.6) |
164.09(42.4) |
387.11(100.0) |
|
(2)流動理由 |
1 経済活動 |
284.28(73.4) |
2 家族に従って |
46.86(12.1) |
3 親族を訪ねて |
21.42(5.5) |
4 婚姻による |
10.38(2.7) |
5 学習研修 |
7.67(2.0) |
6 出張 |
2.25(0.6) |
7 病気治療 |
1.28(0.3) |
8 旅行 |
0.88(0.2) |
9 その他 |
11.82(3.1) |
|
(3)出身地 |
1 安徽省 |
32.2 |
2 江蘇省 |
24 |
3 浙江 |
9.9 |
4 四川 |
7.3 |
5 江西 |
6 |
6 河南 |
4.1 |
7 福健 |
2.8 |
8 湖北 |
2.7 |
その他 |
11 |
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さて、今年に入り上海戸籍管理をめぐる特記すべき改革は、一九九四年から実施されてきた青色(藍印)戸籍が六月十五日に廃止され、「居住証制度」に変わったことである。
青色戸籍を取得できるのは、もともと上海で住宅を購入するという基準が主であったが、次第に統一入試受験などにも波及。つまり不動産購入八八%、雇用二%、投資一〇%と投資傾斜であったのを、知識・高レベル人材吸収へと転換した。人口流動を促進させ、地域間移動と自由化、人材競争を高める。人口流動化は社会発展を促進させるという見解に基づこう。
こうした“外地人”国内人材や海外からの人材に対し、市は“上海市居住証”を与え、市民待遇のサービス情報を享受させるという。具体的には、(1)大学卒以上か特殊才能をもつ国内外の人材、(2)戸籍や国籍を変えずに上海で就業、創業する者、(3)六ヵ月、一年、三年、五年の四種の有効期限を有する。
優秀な人材がますます上海に集められ地域格差が人材分布上からもさらに拡大する構造と化している。こうした懸念に加えて、今日のように省市単位で試行が進む社会保障制度改革は、省市間で異なるがために労働力の流動性を抑止しているとの指摘もある。
次に記す流動人口子弟の教育問題も次第にその人数が拡大し、戸籍改革の難題は、ますますもって避けて通れない大課題となっている。
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