20年史に思う
常務理事・事務局長
広瀬次雄
日本財団はじめ各方面のご支援に感謝
私ども財団法人アジア人口・開発協会(APDA)は本年2月に20周年を迎えた。偏に日本財団、日本政府、国連その他数多くの方々のご支援のおかげである。衷心より感謝申し上げたい。特に日本財団には創設時から全面的なご支援をいただいてきた。どんなに感謝しても、しつくせない思いで一杯である。今、20年を迎えAPDAは成人し、自ら立っていくことを求められている。
私たちAPDAはアジアの人口と開発活動の母体として、1981年10月の中国北京における『人口と開発に関するアジア国会議員会議(ACPPD)』の席で、議員活動の母体をぜひ日本に作ってほしいという各国からの強い要望を受け、故佐藤隆代議士の奔走によって設立された。ざっとその足跡をたどると、この20年間にAPDAは『人口と開発に関するアジア国会議員代表者会議』を17回主催し、3年に一度開かれる人口と開発に関するアジア議員フォーラム(AFPPD)大会を補填する継続的な協議の場をアジアの国会議員に提供してきた。アジア域内の国会議員の人口と持続可能な開発の問題に関する認識を啓発し向上させていく上で、この会議がAPDA設立2年目から毎年欠かすことなく実施されてきたということの意味は大きい。また、AFPPDの常設事務局が1993年にタイに設立されたが、実質的に活動を開始するまではAFPPD総会をはじめ、AFPPD関連事業もAPDAが実施してきた。APDA設立以来関わったAFPPD関連の会議だけでも運営委員会を含めると70回に達する。さらに、AFPPDを中心に開催された世界規模の国際会議は25回にのぼっている。
APDAのもうひとつの柱である研究活動においても政府の委託調査を中心に71回にわたってアジアのほとんどすべてといってよい地域を調査してきた。その報告書と、自主研究、リソースシリーズおよびスライドをあわせ227種類の出版物を刊行し、更に機関誌を年間4冊づつ20年間にわたって発行してきた。この間、2001年には日本財団補助事業のインターネット公開の事業成果ライブラリーにおいて「21世紀の人口・食糧戦略」が公益福祉事業部門でベストヒット賞を受賞、一連の人口と開発に関するスライドは優秀映像教材選奨社会教育部門で3回にわたって受賞した。
会議準備を含め会議関連事業が129回、調査事業が71回、出版物をすべて合わせると330冊以上。私たちは人口と開発問題解決のためにできる限りの活動を行い、その成果を世に問うてきた。
APDAの主張―国連総会に反映―
このことはAPDAのようにノン・プロフィット(非営利的)で職員数が5名〜6名の小さなNGOとしてはかなり胸を張れる成果ではないだろうか。私達が世界の人口問題に与えてきたインパクトも決して小さなものではない。1999年の国際人口開発会議から5年の進捗状況を検討した国連総会文書に、私たちの主張が明確に反映されたことは特筆すべき成果であろう。幸いなことに私たちの活動に対し、UNFPA、IPPFなどの国際機関を初め、アジア地域を中心に世界各地域の人口・開発関係国会議員の間から厚い信頼と期待、励ましを頂いていることは大きな喜びである。
これらの活動は全くの非営利的な活動として、さまざまな善意の支援によって行われてきた。なぜ人口問題を解決しなければならないのだろうか。私たちのこの地球を直径1.3メートルぐらいの球と考えれば、空気の層の厚さはわずか1ミリメートル、海洋が0.5ミリメートルその地球環境のなかに植物・動物を含めて生命の総重量はわずかまつげ五十本分ぐらいでしかない、といわれる。地球がこんなにも脆弱な生態系しか持っていない中で、人口が増えるということは他の生物の存在を奪っているということである。われわれはその意味でこの地球の生命圏をめぐるゼローサムゲームの中に他の生物とともにいる。
この限られた環境が私たちに与えられた生存圏の全てである。人類はこの地球が太陽のエネルギーを蓄え、蓄積してきた化石燃料を貪欲なまでに採り尽くし、二酸化炭素を排出し、地球温暖化を拡大している。アメリカをはじめとする先進国では人類の歴史において想像すらできなかったエネルギーの過剰消費を行い、豊かな生活を享受している人たちがいる。日本でも東京だけで1日に50万人分もの食べ物が残飯として捨てられていると言う現実がある。幼少期からの食べ物を大切にするという教育の徹底や、廃棄食物の有効な飼料へのリサイクルを真剣に実施しなければ、自給率の問題はおろか、世界市民としてのモラル失格である。その一方で、人間らしい生活どころか人類として生存できるぎりぎりの最低限の水準すら確保できず、飢えに苦しむ十億もの途上国の人々が数多く存在していることに思いをいたすべきである。この極端な両極が同じ地球上に存在しているのである。
現在の地球では、「人口の増加に食料生産が追いつけない」と人口問題を憂慮したマルサスが生きた時代の世界人口を飢餓人口だけではるかに超えている。
こうした中で、貧困が原因でHIV/AIDSがアフリカをはじめアジアで蔓延、全地球に猛威を振るっている。アフリカではサハラ以南の15歳以下の子供達が母子感染で240万人も感染し、平均余命は40歳以下に低下。エイズ孤児が増え、ウガンダでは教師の死亡で100校も学校が閉鎖され、子供達は親を失い、学校を失い途方にくれている。看過できない状態である。
人口ヘの薄れる関心を憂慮
言うまでもなくこれらは全て人口問題の持つ様々な側面である。しかし、現在ますます重要度を増している人口問題は人々の意識に上ることが少なくなってしまっている。これはまことに憂慮すべきことで、20年程前に人口問題が取り上げられた時の方がはるかに人々の人口問題に対する関心は高かった。
現在の日本では少子高齢化がもたらす社会保障をはじめとする日本社会への大きなインパクトに対する危機感や意識は高まっても、その一方で途上国を中心に人口が増えつづけ、少なくとも今後数十年にわたって深刻な影響を与え続けることになるというポイントは、ほとんど見失われている。
このことは途上国やその地域に留まる問題ではない。交通や通信の発達で小さくなってしまった地球では、人口増加の影響は環境問題と同様に国境を越え、1国・1地域にとどまるものではなく、人口が安定化したりむしろ減少に転じている先進国にも深刻な影響を与えることになる。
現在の人口問題は、これまで行われてきた多くの努力にもかかわらず、社会的に見ても、地球の扶養能力の限界から見ても、二十年前に世界の人口問題が話題になったときよりも地球システムに与える影響ははるかに深刻になっている。こうしたなかで、これまでの人口問題への対策が大きな効果をあげてきていることも事実である。人口増加率は1980年の1.68%から2000年には1.23%まで低下した。小さな差のように思えるが、もし、現在の人口増加率が1.63%であったとしたら毎年世界人口は1億2000万人づつ増えることになる。現在の年間地球人口の増加数7500万人をはるかに超え、その差は年間4500万人である。しかも、人口のモメンタムを考えると私達の未来には絶望しかなくなってしまうだろう。
地球にとって最も重要な人口問題
冷静に考えてみればすぐにわかるように、人口問題は地球にとって最も重要である。しかしながら厄介なことに人口問題は一朝一夕に解決すると言うような問題ではなく、地道にたゆまず取り組んでいかなければならない問題である。余りにも根源的な問題であるために、ニュース性には乏しいと言う不利な性格を持っている。
ヒトは生まれたときには誰でも赤ちゃんで、母親の庇護以外ほとんど何も必要としない。しかしその子らも成人すれば納税者となり、また少なくとも一人分の食料やそれを支える雇用を必要とする。
人口問題はじわじわとその影響力を増してくる問題なのである。ニュース性に乏しい人口問題をメディアが取り上げることは少ない。その結果、私たちの懸命の努力にもかかわらず、一般の人々の関心の中から人口問題に対する意識が失われてきているのが現状である。
人口問題は、周知のように直接的な人口増加が与える影響だけでなく、様々な分野に間接的な、そして大きな影響を与えてきている。
新世紀は、石油に代わって枯渇する“水資源”をめぐる国際戦争の発生が懸念されている。現在の中央アジアやアフリカでの淡水資源をめぐる緊張、中東地域での紛争など各方面での地域間紛争が人口増加とそれに伴う淡水資源の不足が遠因となっている場合が少なくない。黄河断流に表徴される中国の水不足も深刻である。
また世界で最も弱い立場に置かれている最低開発国や、アフガニスタンをはじめとする紛争地域の女性や子供たちも、人口プログラムを十分に実行することができればその悲劇は半減するはずである。
地球環境を考えれば省エネルギーなどの技術的な発展を考えても地球が維持できる世界人口は80億人程度が限界ではないかといわれている。これらの問題を解決するためにはどうしたら良いだろうか。
環境の制約や資源制約の中でこれまでのような物質的な豊かさを追求すれば地球環境の破壊をさらに深化させることになる。無分別に物質的な豊かさのみを無限に追求するのではなく、資源を有効利用することでより良い生活、より幸せな生活を追求すべきであろう。新世紀に生きる私たちは、私たちの生きている地球システムの根源を見直し、いかに「欲望」をコントロールしていくかを真剣に考えていかなくてはならない。それができなければ地球の生命は果たして、あとどれくらいもつだろうか。
人類はこれまで人口問題を解決するのに飢餓や戦争、疫病の発生といったと言った悲劇的な方法で結果的な調節を果たしてきた。しかし人間が人道的に人口調節を行う手段をもった現在、叡智を働かせることができれば、私たちは人類史の中で初めてこの危機を自らの手で乗り切る可能性が生まれたのである。
私たちが知恵を出し合い、協力し、支えあうことでこの問題を解決することができるならば、これはまさに有意義な、人類にとって大勝利とも言うべき成果である。叡智によって人類にとって最大のハードルを乗り切ることができれば、新たなる発展への道を歩めるのではないかと言う希望が湧いてくる。現在はそのような絶対的転換点にある。
ますます必要性を増すAPDAの活動
人口問題が深刻さを増し、この限りある地球環境の中で平和的に、かつ永続的にどう生きていくかという問題が切実になればなるほどAPDAの活動は必要性を増し、重要性を増す。
現在の日本の社会は金融不安、IT産業の不振をはじめ底なし不況から製造業部門の中国やASEANへの移転、安い農産物との競争など、主要産業の深刻な空洞化が進み、リストラや企業倒産などからかつてない不況、高い失業率を記録している。必死の構造改革への取り組みにもかかわらず、この傾向はここしばらくは続くだろうと考えられている。
このような状況下で、悲観的な見方をすることはたやすいが、悲観だけでは何ごとも解決できないことを肝に銘じるべきである。夢や希望を持つには知恵がいる。冷静に現実を見つめながらも忍耐と希望を持ちつづけることが何よりも必要である。
私たちは、これから積極的に私たちの活動の意義を世に問いたいと思う。これまで果たしてきた国会議員活動の母体としての意義、調査研究における意義、人口と持続可能な開発問題への啓発活動で果たしてきた意義を世に問いながら、人類が直面している人口を中心とした地球環境、食料、水、エネルギー資源、HIV/AIDSなどの緊急課題解決に向け、さらに大きな流れを作るために、精一杯の努力と挑戦を続けていくつもりである。
編集を終えて
本書は、20世紀末から21世紀初頭にかけての人口問題をめぐる歴史のヒトコマに過ぎない。しかし、APDAの歩んだこの20年は世界の人口史における激動かつ最も重要な時期を占めていたことは間違いない。
われわれは“小”なりといえども、創立者の遺志を体して、この大問題に勇気をもって立ち向かってきた。決してささやかな過去を振り返るだけに終わらせてはならない。
これからも、国境を越えた人類と地球の安全保障のために、究極の目標を失わずに前進を続けてまいりたい。
編集にあたり、極めて短時間の間に駆け足で資料編を中心に記録したものだけに、至らぬところはおゆるしを頂きたい。楠本修(事務局長補佐)、遠藤正昭(業務課長)、加藤祐子(国際課長)のスタッフの協力に改めて謝意を表する。
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