新展開法による撓鉄作業の実証実験を(株)サノヤス・ヒシノ明昌にて実施
I. 実証実験の技術的背景
1. なぜ撓鉄か
本格的な少子高齢化社会の到来を迎え、我が国製造業の発展を支えてきた優れた技能・技術の伝承は極めて重要な課題となっている。オイルショックに端を発する造船不況期の採用手控えなどにより中間層の労働力不足が顕著となっている造船業界においては、90年代後半からこの技能伝承問題が深刻化するようになった。このため、当会は平成10年に「次世代中型造船工場調査研究委員会」を設置して、造船業における技能伝承に本格的に取り組むこととした。同委員会ではアンケート方式で造船技能者の人員数や年齢構成等を調査するとともに、聞き取り調査により技能伝承の実態や問題点の把握に努めた。この結果、造船業特有の技能といわれる「撓鉄」*1の技能伝承が多くの造船所において喫緊の課題となっていることが判明した。「線状加熱作業」「熱曲げ作業」とも呼ばれる撓鉄作業は、習得するのに20年以上の経験が必要とされ、また、作業そのものが口頭で説明しにくいところから、少数の熟練工により技能が維持されているのが実情で、工程管理が難しく生産性向上のボトルネックともなっているからである。
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(中造工「中型造船業の基盤強化等に関する調査」)
図1.中型造船業の世代構成
*1 撓鉄
平たい鋼板を焼いて、いろいろな曲がり形状にする作業を「撓鉄(ぎょうてつ)」作業と呼ぶ。この作業は線上加熱作業、熱曲げ作業とも呼ばれ、造船業には欠かせない技術で、匠の技のひとつとなっている。
2. 従来の外板展開法
現在、撓鉄作業に利用されている外板展開法*2は、目的曲面上の2点間を結ぶ最小曲線(いわゆる測地線*3)を基線として平面に展開するため、原理上、測地線に近い部分の展開精度は良いが、測地線から離れれば離れるほど展開誤差が大きくなる。このためステム、ファッションプレート、プロペラボス周りのように曲がりのきつい板の場合には伸ばし量を大きくとるか、手修正して対応せざるを得ず、また、S字型(ダブルカーベチャ)の緩曲外板では加熱線の位置を割り出すのが難しく、現場での撓鉄加工に余分の工数を要するなどの欠点がある。
このような外板展開のコンピュータプログラムが登場してきたのはおおよそ昭和40年から50年にかけてである。特に、昭和47年〜49年の新工場建設ラッシュ時には、NC切断機の大々的な導入に合せて、線図フェアリング、内構材一品処理(CADによる一品図作成)と並んで外版展開のコンピュータ化が急速に進んだ。これらのNC関連ソフトウェアは今日のようなパッケージソフト利用の概念に乏しく、全て各社が独自に開発したものであるが、その理論的根拠となるものは、昭和29年の「近似測地線に依る外板展開に就いて」(三田村氏著)あるいは昭和37、39年の「数値計算法による現図諸展開作業」(北村氏著)である。
一方、新工場建設ラッシュ後の昭和49年のオイルショックとそれに続く造船不況期に今日でいう大規模なリストラが行われ、コンピュータ部門を中心に分社化や技術者の他業界への転出等が相次いだ。以来、中小造船所に導入されているNCソフトのメンテナンスにも支障を来すようになり、特に、現図関連のアルゴリズムと加工技能を併せ必要とする外板展開プログラムにおいては要員が払い底し、昭和50年までに開発されたものを大事に運用しているのが現状である。
*2 外板展開
船体の外板を平面上に幾何学的に押しつぶして描くこと。
*3 測地線、測地線展開法
測地線とは、曲面の任意の2点をとおる曲線の内、その曲面が平面へ展開可能な場合には展開後に直線となるべき曲面上の曲線である。一般に船体曲面は厳密には平面に展開することが出来ない。曲面の一部をなす外板を実用上支障のない精度で展開する場合には、フレームラインに交差し、外板の中央付近をとおる測地線を精度良く求めることにより、これを展開面で直線となるものとして展開形状を求める(測地線展開法)。
3. 日本財団助成事業として撓鉄作業の研究を開始
(1)撓鉄技能者の後継者育成
当会は先ず、競艇公益資金による日本財団の助成金の交付を受け、「撓鉄作業の技能伝承マニュアル作成」事業を平成12年度から2ヶ年計画で独立行政法人海上技術安全研究所と共同で実施し、これまで技能者の勘に頼っていた撓鉄作業を理論的に解説した教育用ビデオマニュアル*4を制作した。これは「なぜ曲がるのか」、「いかに曲げるのか」に重点を置き、撓鉄技能者の後継者育成を主眼としたものであるが、この制作過程で次のことが判明した。
(1)撓鉄作業は外板展開の逆工程である。
(2)上記により撓鉄の巧拙には作業と現図展開とのマッチングによる部分がある。
(3)撓鉄作業と逆との認識を中心に据えた汎用的な現図展開法は存在しない。
*4 教育用ビデオマニュアル
「未来につなぐ技術〜撓鉄・基礎編〜」(約50分)
「未来につなぐ技術〜撓鉄・応用編〜」(約50分)
(本ビデオの試写会を予定しています。お問い合わせ等は事務局技術部(TEL:03−3502−2962)まで。)
(2)撓鉄作業の高度化
現在一般的に採用されている測地線展開法では、複雑な曲面形状を有する中小型船の場合、撓鉄作業に支障を来す場合がある。撓鉄作業の技能伝承を容易にし、かつ、加工精度の向上、加工工数の低減を図るためには上述の「撓鉄作業は外板展開の逆工程」との考えに基づいた新しい展開法を開発する必要があった。そこで当会は、2年にわたるビデオマニュアルの制作を通じて得られた成果を基に、新たな外板展開プログラムと曲げ方案*5の開発を目的とした「技能伝承のための撓鉄作業の高度化」事業を同じく日本財団助成事業として平成14年度に開始した(海上技術安全研究所共同研究)。
*5 曲げ方案
撓鉄作業のための曲げ方案とは、(1)見通し線位置、(2)プレス線の位置及びプレスする順番、(3)加熱線の位置及び加熱する順番と加熱速度(絞りの場合はその位置、順番を含む)を示したもの。
4. 新展開法の開発
当会が上記事業の実施過程で考案した外板展開法の概要は次のとおりである。この展開法は目下、海上技術安全研究所と共同で特許出願中である。
(1)曲面外板上に直交曲線格子を作り、直交性を保持したまま展開する。
(2)格子は最大及び最小曲率方向の接続線である。第一接続線を曲率の絶対値の大きい方にする。
(3)二つの接続線の内、測地線に近い方を第一接続線とする。
(4)第一接続線を実長直線展開する。第二接続線を第一接続線に直交する曲線として展開する。
(5)格子の一つの第一接続線に代表される帯状の領域で展開を行う。
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(6)接する可展面(錐面、筒型、平面等)に展開する。錐面が一般的で、第一接続線上の接点における接円錐の第二接続線((3)により等高線状になっている)と目的曲面の第二接続線が二回微分まで一致するように接円錐を定める。第一接続線は接円錐の直線線素に第二接続線は接円錐の等高線として目的曲面を扇型に展開する。
(7)第一接続線のどの点で接円錐展開するかにより扇型が異なるが、(5)で定めた帯状領域の第二接続線の伸ばしあるいは縮みの総和が最小となる接点を選択する。
(8)隣り合う帯状領域の接続には第二接続線の咬合のギャップを最小自乗法等で最小化する。
(9)最大、最小曲率の絶対値が等しい場合の取り扱い。
(10)(1)から(9)の曲げ方案への適用。
円環の展開法による現図伸ばし、施工時絞り量の違い
(a)対象曲面
(b)接錐面展開
(c)現図伸ばし率
II. 新展開法による撓鉄作業の実証実験
前述の「技能伝承のための撓鉄作業の高度化」事業の一環として、去る8月27日から31日までの5日間、新展開法を用いた撓鉄作業の実証実験を(株)サノヤス・ヒシノ明昌水島製造所の協力を得て実施した(見学者18社、30名)。
1. 実験の目的
(1)新外板展開法の実証
(1)展開可否の試行と確認
(2)優位性の実証
(2)新曲げ方案作成手法の実証
(1)最大曲率を粗曲げで、二次曲げを絞りで形成する手法の確認
(2)加工線の指示方法の確認
(3)加熱条件と絞り量の関係の確認
(4)加熱条件の指示方法の確認
(3)熱絞りの限界の把握
2. 実験の概要
(1)熱曲げ形状 トーラス(円環)の下半分
(2)展開法・曲げ方案(従来方式1、新展開法2)
(1)測地線展開
展開法:従来方式(造船所の一般的方法)
曲げ方案:撓鉄職による
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(2)接円筒展開
展開法:新展開法
曲げ方案:トーチ速度、焼き位置及び焼き順指定
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(3)接円錐展開
展開法:新展開法
曲げ方案:トーチ速度、焼き位置及び焼き順指定(略)
(3)作業指示方法
(1)測地線展開:撓鉄職による
(2)接円筒展開:絞り線をマーキングして指示
(3)接円錐展開:同上
(4)実験計測方法
トーチ速度をVTR記録し、入熱時間を計測
接円錐展開の計測結果
番号 |
(0) |
(1) |
(2−1) |
(2−2) |
(4−1) |
位置 |
Y |
1/2 |
0 |
1/4 |
3/4 |
7/8 |
X |
250→450 |
250→-250←-450 |
250→450 |
250→-250←-450 |
250→450 |
250→-250←-450 |
250→-250←-450 |
250→-250←-450 |
計画 |
67.40 |
298.53 |
36.61 |
256.08 |
18.02 |
212.21 |
162.98 |
98.10 |
実行 |
平均 |
56.92 |
163.92 |
31.79 |
120.00 |
18.69 |
98.38 |
76.38 |
61.60 |
標準偏差 |
4.84 |
11.66 |
4.81 |
7.60 |
3.30 |
8.81 |
4.50 |
3.31 |
変動係数 |
0.0850 |
0.0711 |
0.1512 |
0.0633 |
0.1766 |
0.0895 |
0.0589 |
0.0538 |
実行平均/計画 |
0.8445 |
0.5491 |
0.8683 |
0.4686 |
1.0371 |
0.4636 |
0.4687 |
0.6279 |
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(5)実験評価方法
(1)評価方法:ビデオ撮影、時間の記録、事前事後の聞き取り調査
(2)評価項目:形状精度、熱加工の線形性、実作業時間と段取りの時間、作業指示の有効性
(6)実験結果(新展開法のみ)
(1)接円筒展開
・接円筒展開では絞りきれない。
・30%以上の絞りが必要であるが、20%位が冶金学的に限界。
・焼鈍すればさらに絞ることもできる。
(2)接円錐展開
・絞り時間の推定は良好。
・作業者への指示にはマーキングが必要。
・指示がうまくいくと加工時間は短縮される。
・途中で想像もつかない変形(未熟だと混乱)(プレスした時、絞ることができないため、ローラーしたのと同じような形を少しねじったようになる。絞りが少ないと横曲がりが変化する。)
・外板展開時に撓鉄時間を把握できる。
・臨時工(パートタイム)が活用できる。
(7)新展開法の今後の課題
(1)マーキング方法の改善
(2)一定速度でトーチを動かす訓練方法
(3)又は簡易機械化
以上が実証実験の概要である。実験結果の解析は現在も継続中であるが、接円錐展開法ではほぼ所期の目的を達成することができた。今回の実験にご協力頂いた(株)サノヤス・ヒシノ明昌の関係者の皆様に本誌を借りて厚くお礼申し上げます。
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