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5.2 技能教育の対象と方法
 ここでは、教育を実施する主体も、教育の方法も従来の企業内教育とはちがった新しいタイプの技能教育の具体的な展開方法について述べる。
 
(1)既存の教育施設
(1)職業能力開発促進センター(ポリテクセンター)
 厚生労働省所轄のものが全国各地にあって、企業の新規採用者を対象に産業界の普遍的で、かつ基本となる技能の教育訓練を行っている。造船関連の技能としては溶接があり、ここでの教育訓練を利用している企業はかなり多い。
(2)高等学校
 地方の公立工業高校のなかに、地域の企業の造船所の要望に応じて、就職者を対象に課外授業として初歩的な造船関連科目を教育訓練しているところがある。ヒアリングをした中では、一箇所だけであったが、地域の企業と学校が就職学生の定着を共通の目的とし実行している点でユニークであり評価できる。
(3)因島技術センター
 広島県の因島市に官・業による第3セクターとして因島技術センターがある。詳細は添付資料5に示すとおりである。
 ここでは造船関連企業への新入社員を対象に、造船特有の基本的な技能について、初歩的な教育訓練を行っている。他に例を見ないユニークなもので、今後の方向を指し示す絶好な例である。
 
(2)因島技術センターが教えること
 単独企業では、ともすればなおざりになりがちな新入社員教育が、以下に述べる要因により実行されやすくなっている。
(1)地域の自主性
 地域の行政と企業とが、若年労働者の定着という共通の目的をもって共同事業として始めたことが貴重である。
 費用が助成金と受講料だけでは賄いきれず、企業や行政の手弁当でカバーしているが、このことがかえって地域の関係者の熱意をかきたてている面が見受けられる。今年で4年が経過しているが、未だに希望者が殺到している状況である。
(2)助成金によるバックアップ
 新規採用者をいくら必要とはいえ3ヶ月もの期間、派遣することは、どの企業にとってもかなりの負担であるし、教育の中心となる企業の負担も大きい。十二分とはいえないまでも、これを国や県の助成金によってカバーすることは、非常に大事なことである。
(3)中心になる企業の存在
 教育には設備、カリキュラム、講師の存在が不可欠である。特に造船特有の教育訓練資料と、これを教える人材の多くは、大手企業に存在する。因島の場合は、かつての日立造船因島工場がその役割を背負っている。
 
(3)新入社員教育
 因島技術センターをモデルに、次のようなものが考えられる。なお当部会ではこれからの事業としてこれらの具体策の検討を提案している。
(1)対象
 対象者は造船所、協力会社の社員を問わない。また希望するなら、造船関連企業でなくてもかまわない。指定区域外からの受講も可能とする。
(2)地域の自主性の尊重
 同じ目的意識を共有できる官民組織の組み合わせによって、自主的に運営されることが最善である。通勤可能範囲の原則は、費用の面からだけ必要なわけではない。
(3)センター方式の採用
 高いレベルの教育を共有するため、地域ごとに中心となる企業を設定する。大手またはこれに準ずる企業で、既存設備、教育資料、講師が活用できるところを選ぶ。もし不足するものがあれば業界としてこれを援助する。
(4)費用
 国や県の助成金をフルに活用するが、費用を最小にするためにいろいろな施策も考える。
すなわち、既存の設備の活用(研修施設、工具・器具、動力設備、機械装置、宿泊施設等)、動力費教材の実費提供、通勤可能範囲の原則、講師の費用の節減(年金併用の講師の採用)などである。受益者負担も必要である。
(5)カリキュラム
・社会人教育、設計、安全、基本技能、応用技能を課目化する。
・実技と座学の組み合わせによって教育・訓練を行う。
・溶接、ガス切断、床上クレーン運転、玉掛けなどの基本技能について公的資格を取得させる。
(6)期間:1〜3ヶ月
(7)講師
 現場での高い技能の持ち主で、部下の指導力に定評があった元職長や作業長のOBを、講師に委嘱する。このことは費用の節減のみならず、死蔵されている貴重な技能教育のノウハウを世に表し、未だ元気なOBを活性化するという一石三鳥の効果を実現する。
(8)候補地域
 九州北部、九州南部、四国北部、因島地区(既設)、中国地方南部、播州地方などが考えられる。他は地域的に広がり過ぎたり、大都会に近くて目的意識のまとまりに欠けるといった難がある。このような地域では後述するように、ポリテクセンターの活用が考えられる。
 
(4)技能のレベルアップ教育
 最も重要な課題でありながら、方法についてはいくつかの問題点が考えられ、因島技術センターのような絶好のモデルも無い。ここでは基本的な考え方のみを示し、これからの事業において、対応策の絞り込みと具体化を検討することを提案する。
(1)基本方針
a. OJTを基本として、それをアシストする。
b. 対象が現場で実働している現業員であることを配慮する。つまり長期間の集合教育などは考えない。
c. 受講者は本工、協力工を問わない。
d. 地域の連帯により自主的に運営する。新入社員教育で設立されたセンターが中心になることが望ましい。
e. 費用の一部は、助成金によってカバーする。受益者負担は必要。
f. レベルアップへのモチベーション
 新入社員と違って強制的に進めても効果は薄い。特に対象者に対して、物心両面での職場のモチベーションが不可欠である。
(2)対象とする技能
 ここでは考え方のみを示す。具体的な課目の絞り込みは、これからの検討課題である。
a. 技能の主体が造船所にないものは除外する。
 居住区艤装、電装、塗装、空調工事、管製作など
b. 技能の習得が比較的容易な技能は除外する。
 溶接、内業取付、板継ぎ、艤装品取付など
c. 技能の主体が造船所にあって、技能の習得に時間のかかるものを対象とする。
 撓鉄、歪取り、外業取り付け、ブロック位置決め、配管、仕上げなど
(3)カリキュラム
a. 実技の訓練を主とし、補助的に座学を行う
 平成12、13年度に中小型造船工業会によって作られた撓鉄の座学用の教科書やビデオが一つの好例である。これからもこの種の教育資料を整備することは有益である。
b. 実技訓練
 後述する教育方法によって大きく異なるが、技能レベルの段階に応じた指導要領を準備する必要がある。
c. 期間
 特定しないでいわゆるAクラスになるまでとする。
(4)レベルの認定
 到達した技能レベルは当部会が別途定める資格認定制度によって認定する。
(5)講師
 ここでもOBの活用を考える。
(6)教育方法
 本来OJTでしかできないと言われている技能の教育訓練を、どのようにアシストしたら効果的なのか、難しい問題ではあるが、引き続きこれからの事業の検討課題としたい。
 ここではいくつかの方法を列挙して、そのメリット、デメリットについて考え、問題点をクローズアップしてみることとする。なおここに挙げるどの方法においても、近代的な管理手法を適用して効率的な教育を行う必要がある。すなわち、生徒一人一人について、現時点での到達レベルを評価し、次のレベルを具体的に指示し、宿題を与えながらステップ・バイ・ステップに進めていくという風に、きめ細かくシステマチックに行われなければならない。
a. 巡回方式
 講師が職場(造船所)を巡回しながら、生徒が実際に仕事をしている現場において指導する。
* メリット
 受講する生徒、会社にとっては経済的な負担が少なく受講しやすい。
 現物での指導のため、実効がある。
* デメリット
 生徒のOJTを行っている現場組織の指導方針との調和を必要とする。
 商品の製作現場では公的な助成金は受けにくい。
b. センター方式
 地域ごとにつくられた訓練センターに生徒が通って指導を受ける。
* メリット
 生徒が職場から切り離されて心構えができやすい。
 助成金の対象にはなりやすい。
* デメリット
 生徒が現業員であるため、受講が企業の経済的な負担となる。
 実物に近い環境が作りにくい
c. 専任指導者はり付け方式
 造船所が選ぶ専任の指導者を現場にはり付ける。
* メリット
 生徒や職場が受け入れやすく目的意識を共有しやすい。
* デメリット
 生徒、指導者、職場が馴れ合いになりやすい。
 適切な指導者が全ての造船所にいるとは限らない。
d. 指導者集団による巡回指導
 ある時期、熟練技能者集団が造船所から仕事を請け負う。そのなかへ受講者を入れて実際の仕事をしながら彼等の指導を受ける。
* メリット、デメリット
 a、cの良いところをとり、欠点を補った案ではあるが、費用負担増や現場での心情的な問題などの難点は残る。将来の技能別集団再編成の布石にはなる。
e. 上記の組み合わせ
 それぞれの良い点を生かすように上記のa,b,cを組み合わせて実行する。
 
(5)ポリテクセンターの活用
 (3)、(4)いずれの教育においても、カリキュラム、教育資料・教材の準備や講師の任命、教育の実務は、業界が主体的に行い、設備や事務作業を既設のポリテクセンターから提供を受けるというやり方が考えられる。
 運休中の造船施設など適当な設備が地域内に見つからない場合や、地域主体のグループ化ができない場合などには有効な手段である。また、公的な助成金を受ける教育ではかなり大きな事務作業が必要であることから、場合によっては事務作業だけをポリテクセンターに依頼することも考えられる。省庁間の連携によって実現できれば、費用の節減には非常に効果的な仕組みである。
 
(6)新しいOJTのあり方
 ここまで、技能のレベルアップ教育は、あくまでも企業内のOJTによって行われることを前提に、それを企業の外からどのようにアシストしたらよいのかについて考えてきた。将来の造船の現場の様態がどのように変化していくかについては、別の論議を待つにしても、雇用の流動化は、これからも進行していくであろう。
 また、これからの技能を支える若年層の価値観も、時代の流れとともに変化が激しい。それに加えて、企業は、人材育成に対して将来の長期見通しに立脚した明確な方針を打ち出せず、戸惑いが感じられるとともに、熱意も十分とはいいがたい。このような環境の変化の中で、従来、技能の伝承、人材の育成の手段とされてきたOJTのありかたも見直すべきときが来ている。
 従来のOJTは、0n The Job Training(仕事を通じての養成)とはいいながら、実態は現場組織のグループもしくは高度技能者に、具体的で明確な教育方針なしで一任し、まかされたグループや高度技能者も、実作業の忙しさにかまけて実作業を指示するだけで、教育の具体的な計画もなく、昔ながらの「仕事は見て盗むもの」、「自分で覚えろ」的な旧態依然の形で、教育に対する細やかな配慮はなされていない。つまり目標とする技能の到達レベルは、具体的に明示されず、それをフォローアップする仕組みも無い。OJTを指示するほうも、される方もOJTという名前だけで、実施されているような錯覚を覚えているというのが実態であろう。
 殆ど技能者任せにしているOJTの実態を検討し、「仕事を通じての養成」を単に仕事を覚えることだけでなく、技能伝承の面からもあらためて見直し、新しいOJTのあり方を模索すべきである。
 技能は過去の先輩たちからの貴重な遺産であるが、考えてみると、その遺産は先輩たちの数多くの失敗の経験の蓄積から生まれたものといえよう。
 技能評価の基準は、その品質と作業効率である。「いい仕事を速くやること」を体得することである。そのためには手順よく、失敗をしないことである。例えば、タガネによるハツリ作業を考えてみると、ハンマーで自分の手を叩いて、痛い目を幾度となく体験して、「叩くタガネの頭を見るのではなく、タガネの刃先を見てハンマーを打つ」と、自分の手を叩かないことを体得する。はじめからタガネの先を見て、ハンマーを打ち下ろせと教えられても、どうしてもタガネの頭を見てハンマーを振る。本能として自分の手を叩かないよう、手の真中にあるタガネの頭を見てしまう。「タガネの刃先を見てハンマーを振る」ことを見出したのは、自分の手を叩いて、痛い目をした挙句の発見であろう。失敗の挙句到達した技能のコツである。
 「失敗は成功の母である」といわれるように、洗練された技能の裏には貴重な失敗の過去がある。その失敗の原因を探求し、対策を考案して、二度と失敗しないような技能を確立する。その意味で「技能の真髄は、失敗を学ぶことである」といえる。つまり、技能を修得することは、失敗の原因を自分がはっきりと認識し、失敗しないような方法を自分の体で学ぶことである。
 このようにOJTは、主体的な問題解決体験を活用した育成方法だから、効果が極めて高いのである。このOJT の基本に立ち返って
・自分のキャリヤは、自分で開拓するという若者の個人主義的な傾向
・技能の向上を物心両面で支えるモチベーション
・技能の到達レベルをきめ細かくフォローアップするシステム
・企業内教育をバックアップする社会的な教育の仕組み
などを組み入れて、時代のニーズにマッチした新しいOJTのあり方について、業界共通の問題として取り組んでいくことが必要である。
 将来、今以上に外注依存率が高くなり、外国人労働者の採用も増え雇用流動化が激しくなっていっても、また仮に自動車産業のように海外へ工場が進出していくような事態になったとしても、日本の造船業が存続するかぎり、人材の育成や技能の伝承は受け継がれていかなければならない問題である。
 技能者のみならず、工場の技術者・管理監督者についても、望ましい人材像の明確化と共有化を行いながら進める、新しいOJTのあり方を創り出していくことは、上に述べたような将来を見据えた上でも有意義なことであろう。







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