1.1.1 形状の伝達
造船の工数コストダウンは、まず部品や組立の形状精度に依存する。その精度は上流工程から下流に向かって順次に悪化し、誤差を広げてゆく。
型定規を媒体で再現手段とする伝達精度は、その前工程の現尺線図の精度、形状展開の精度を引継ぐ。型定規は少なくとも現図通り正確に作成される必要がある。『線図フェアリングと構造現図』および『現図展開』については別書を参照。
形状には共通・対称・類似があり、型・定規は兼用される。
兼用が多いほど作成効率は高い。
兼用差違は「能書き」や「色分け」にて示される。「能書き」とは型定規への文字・記号による特記事項のことであり、「色分け」とは記入色を変えての区分である。
例を[図1.1.1 能書き分け兼用]に示す。
図1.1.1 能書き分け兼用
兼用範囲が広くなると、型定規の整理・保管・取出しの管理が複雑になる。そこで使用の継続・頻度・加工組立系列、保管工程・整理棚・将来の使用確率、などの使い勝手を総合的に検討し、範囲を定める。
範囲としては、全船共通、同型・類型船流用、一船共通、ブロック系列共通、ブロック内共用、同一工程内流用、などの区分がある。
ここで、「共通」とは「全く同一」、「流用」とは「部分同一」、「共用」とは「同一要領なので同一型定規に盛り込む」、など用語の意味は揃えておきたい。類似といっても一通りではない。
現図場の床の作業集中を避けるため兼用・・・といった現図工程の都合を優先するのは、よほど期間的に追い込まれた時に限る。
対称の兼用は、一般に右舷・左舷である。(特例は別途後述)
木型やボード型のように不透明な型では、裏・表に墨を回し、能書きも左:P/右:Sを指示する両面に記入する。フイルム型は透明なので、墨回し不要、能書きは片舷だけでよいが、正字面がP、ウラ読みがS・・・など約束事を明確に取り決めておく。
例を[図1.1.2 透明型での舷区分]に示す。
[正字]=[P:左舷]
[ウラ字]=[S:右舷]
図1.1.2 透明型での舷区分
定規は長さ(テープ)を人指し指、幅(定木)を親指になぞらえ、それぞれのそのどちらかの端に帯状の色マークを付して「方向」を与え、覚え易いように「左手」当てがP舷、「右手」がS舷・・・と取り決めておくとよい。
例を[図1.1.3 長×巾定規での舷区分]に示す。
天井クレーンの走る下での現場マーキン作業では、舷構成を想定するようなことは避けたい。
型にするか定規にするか・・・の検討を含め、兼用の計画は、現図工程の詳細スケジュールと合わせて立案する。
[左手当]=[P:左舷]
[右手当]=[S:右舷]
図1.1.3 長×巾定規での舷区分
短納期建造を迫られる造船において、スターターとして重要な型定規作成の日程の正確度は、このエンジニアリング抜きには保てない。
本件は、また本書の末尾で、改めてまとめて述べることにする。
主要な形状である外周と、それに沿う開孔:スロット、スキャロップは区分される。
コーナースキャロップは外周の一部ではあるが、開孔ととらえるほうがいい。型定規での表現、数値現図の形状定義において、コーナー点を与えるのが一般性であるからである。そのスキャロップ形状も、このコーナー点を押さえた円弧か“標準形”となる。
本件は、次章『2.1 切断』の項で再説する。
曲加工前の形状では、原則としてマーキン面に「中性軸/面」展開形状で与える。
「中性軸/面」とは曲加工によって伸びも縮みもしない線/層のことで、別書『造船現図展開』に詳しい。
また外周形状には、後述するように「端伸ばし」や「粗切り」の場合があるが、その指示をカッティングプランに記載し、型・定規では正規形状[予定線]だけを与える方式がある。同型船連続建造で、単に「伸ばし(辺)情報」のみが実績による改善変更となる・・・のであれば、取り扱い上は便利であろう。
もっとも、カッティングプランの担う機能は一材単位「取材情報」指示のみと割り切って、型定規の担う一品単位の「製造情報」機能とは、明確に解りやすく分けられているほうがいい。そうすれば皮板部材などの[一品=一材]では、カッティングプランは不要となるからである。
なお「取材情報」とは、一般に素材仕様寸法・取材部品位置と、NC切断ではカッターパス(切断順・火口移動経路)であるが、本書の範囲外でもあり、詳細には触れない。
1.1.2 情報の表示
現図型に表示する情報の種類や意味内容は、全く同じであっても、企業伝承/地域方言、言葉/符丁、工程区分、詳細標準、強調など・・・で、各造船所の間には、特に大手を中心として、かなりの差異がある。
これらの差異は、由来・根拠などでの、それなりの理由付けはできるものの、そう必然的・絶対的なものはなく、ほとんどが慣習と見做してよい。
実例をあげれば、かつて呉NBCが呉造船所に吸収されたとき統合したものを、佐伯の臼杵鉄工所に「一部変えて移転」したが、その表示が、やがては大分・福岡地区の中小造船所に伝搬して広がっているし、また地域・伝統の異なる4社が合併した石川島播磨の船舶事業部では「既存のどれにもとらわれない、ゼロベースの見直しによる新規約」を検討して、統一している。
そういうこともあって、本書での具体例では、筆者が制定に参画し使い慣れた石川島播磨:IHI標準にて表示し、説明することにする。ただし、すでに数値現図に切り替わって長く、手作業の標準のないものは、適当にモディファイして例示する。
これからの造船業において、加工・組み立て専門(横請)外注:アウトソーシングの推進や熟練技能者の流動を効率化するには、日本すべての造船工業界において、この情報表示の標準化:JIS−F制定に向けての整理統合が必要であろう。
1.2 作画現図と数値現図
在来の現図場:モールドロフトにて手作業にておこなうアナログ現図を「作画現図」とよび、NC化によって始まったデジタル現図を「数値現図」と区別する。作画現図が現図床の上に実寸で描かれるのに対し、数値現図はコンピュータ装置の中に原数値:実寸対応・・・で作りだされる。本書の標題の「原寸」とは、前者の「実寸」と後者の「原数値」を意味する。
最近までは「縮尺現図」と呼ばれて、透明フイルムに型を縮尺(1/10)で描き、光学的に拡大(10倍)投影してマーキンする方法があった。EPM:電子写真方式は、その代表的なものである。縮尺型は、手書きでもNC作画でも、いずれでもよかった。現在はすでに廃止されており、本書では触れない。顧みれば、かつては縮尺図形(型)線を自動トレースして拡大切断する現行のアイトレーサに似た方式の装置(モノポールの輸入、リモートグラフなどの開発)があり、短い期間ではあったが実用に供されている。いずれにしても「縮尺」は「原寸」でないため、どこかで誤差も伝達拡大することになり、形状精度が致命的に劣った。
さて、同じ「原寸」といっても作画現図と数値現図では、技能者の教育・熟練、作業の環境・姿勢・体力、同時/分散処理・・・などの運用条件、延尺処理、現図床の温度変動・型定規の時効変形・・・などの精度条件に基本的な差異がある。
また統一すべきと先述した情報表示においても、“墨差し”や、フエルトペンによる手記入と、プロッターやドラフターによる自動作画では、合わせるわけにはゆかない。
本書では、まだ多くの小型造船所に残っている手作業:作画現図を主体に、コンピュータ処理:数値現図を添えて説明してゆく。
数値現図では「原寸」を、平面/空間の直角座標系で表現する。その座標系には、船体、部材(單品)、素材(ネスティング)、定盤(加工/組立)・・・といった区分があり、必要に応じ相互に座標変換される。
基本は船体座標系で、船底ベースライン面上の船体中心線、それに直交する船尾垂線を座標軸とする「右手系」で定義する。その他はすべて、この船体座標を絶対座標系とする相対座標系である。
「原寸」表示に関わる:−
1)部材座標系と船体座標系の対応関係
2)部材座標系と素材座標系の対応関係
を、[図1.2.1 座標系の対応]に示す。
「右手系」とは、右の手の親指・人指指・中指の3本を、それぞれ直角に立てたときの関係に、3座標軸がなることを言う。船体座標系で、幅方向座標値は、左舷が正(+)、右舷が負(−)となる。
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図1.2.1 座標系の対応
演習題:−
数値現図での船体座標は、なぜ右手系になったのだろうか?
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