第3部 WTOにおける紛争処理と論点
欧州韓国造船摩擦問題について、既に紛争の場がWTOの紛争処理機関に持ち込まれ、2国間協議が始まっているが、ここでは、まず、WTOにおける補助金協定の内容について概説すると共に、紛争解決の仕組み(手続き)についても、今回の紛争処理ケースを題材にして具体的裁定の流れを考察した。またWTOの紛争処理戦略として、EUが今回の紛争の中で如何なる問題意識をもっているかは、以下に示す3つのTBR報告書に詳説されている。今回は、これら3つの報告書の本文と仮訳を添付した。
付録19A TBR第1次報告書(本文)(2001年5月)
付録19B TBR第1次報告書(仮訳)(2001年5月)
付録20A TBR第2次報告書(本文)(2001年7月)
付録20B TBR第2次報告書(仮訳)(2001年7月)
付録21A TBR第3次報告書(本文)(2002年6月)
付録21B TBR第3次報告書(仮訳)(2002年6月)
補助金規律は、GATT第6条、第16条に基本原則が規定され、補助金一般に関する実施規定として、「補助金及び相殺措置に関する協定」が存在する。同協定は、補助金を定義し、さらに禁止補助金(レッド)、相殺措置の対象となる補助金(イエロー)、相殺措置の対象とならない補助金(グリーン)の3つに分類し、それぞれの分類ごとに相殺措置や救済措置の手続き等を規定している。レッド補助金の例としては、輸出補助金や国内産品優遇補助金があり、イエロー補助金としては、補助率5%超の補助金や営業損失補助金、政府債務の直接免除などが上げられる。またグリーン補助金は、特定性(特定産業への交付など)のない一般利用可能補助金、特定性のある研究開発補助金などがある。ただし、グリーン補助金など一部の規定は1999年末までの暫定適用となっており適用延長の可否については委員会で決定することとなっていたものの、現在までコンセンサスは得られていない。補助金の色分けに当たって、重要なのは、特定性の審査であり、また、相殺措置の発動の根拠として重要なのは被害額の同定である。
3.2.1 協議
紛争解決の第1ステップは当事国間の協議である。加盟国は他の加盟国の貿易慣行によってWTO上自国が得るべき利益が侵害され,無効化されていると考える場合は協議を要請できる。GATT22条第1項及びGATT第23条第1項を参照されたい。第22条第1項は協定の運用に関する事項についての協議であり、第23
条第1項は、(1)他の締約国がこの協定にもとづく義務の履行を行った結果として、(2)他の締約国がこの協定に抵触するか否かを問わず何らかの措置を適用した結果として、または、(3)その他何らかの状態が存在する結果として、この協定に基づいて直接的もしくは間接的に自国に与えられた利益が無効化されもしくは侵害され、または、この規定の目的の達成が妨げられていると認めるときには、他の締約国に対し協議を申しいれられるとしている。
また、加盟国は、第22条第1項の協議であれば、紛争協議に第3国の参加が認められるが、第23条第1項の場合には第3国の参加は認められない。
3.2.2 パネル
協議によって紛争解決が出来なかった場合、第23条第2項にしたがって紛争解決小委員会(パネル)の設置の申し立てができる。この申し立ては、前述の協議申込の受理日から一定日数を経過しても問題の解決が出来ない場合に行うことができるとされている。パネル設置申し立てがあった場合には、その設置を判断する紛争解決機関(DSB)のメンバー全員一致の反対が無い限り設置されることとなる。パネルは、3人または5人の委員から構成されるが、人選は事務局が加盟国推薦の候補者リストから指名提案を行うこととなっている。紛争当事国は通常指名に反対できず、当事国と第3国として参加した国民はパネル委員にはなれない。
3.2.3 上級委員会
パネルの報告に不服な当事国は、上級委員会に上訴できる。上級委員会は、常に7名の委員で構成され、パネルの行った法的判断を審査し、独自の判断を下す。
しかしこの上級委員会が事実の再調査を行うことはできず、原則2ヶ月以内に(例外3ヶ月)報告を提出しなくてはならない。
3.2.4 紛争解決機関(DSB)
上級委員会の報告は紛争解決の最上層機関であるDSBで、メンバー全員一致の反対が無い限り採択される。パネル報告の一部が上級委員会で覆された場合には残り部分だけが採択され、全てが覆された場合は、上級委員会報告だけが採択される。
3.2.5 勧告
パネルまたは上級委員会の協定違反を指摘する報告がDSBで採択された場合は、WTO決定としてDSBは当事国に是正勧告を行う。
勧告は原則として直ちに実施する必要があり、これが難しい場合は上級委員会報告採択後150日以内を原則に調整が可能である。
3.2.6 対抗措置
勧告実施のための期間が経過し20日過ぎても満足すべき代償が決定できない場合には、申し立て国はDSBに対し対抗措置を申請することができる。対抗措置の承認後、対抗措置を実施し、被申し立て国が対抗措置に不満をもてば、異議申し立てが出来、仲裁が始まる。対抗措置は、協定違反として受けた損害と同程度の損害を、対抗措置として課することを限度とし、原則同分野で行われるべきとされるが、これが有効でないとする場合には他の分野での対抗措置も認められる。
以上の手続きを、今回の欧韓造船摩擦の場合に当てはめると、次図のような裁定流れが想定される。
EUのTBR/WTO手続きの想定スケジュールと日本の関与のタイミング
2002年11月
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青字:相殺措置の対象となる補助金、赤字:禁止される補助金、黒字:共通、緑字:補助金協定根拠条文(DSU=紛争解決了解)
(注)妥当な期間の設定について(紛争解決に係る規則及び手続きに関する了解 第21条3)
(a)関係加盟国が提案する期間
(b)勧告及び裁定の採択の日の後45日以内に紛争当事国が合意した期間
(c)勧告及び裁定の採択の日の後90日以内に拘束力のある仲裁によって決定される期間(15ヶ月超えるべきではない)
3.3.1 EUの問題意識
これまでに提出されたTBR報告書及びOECD造船部会等でのEUサイドの発言から、EUが問題視している韓国の措置としては、以下の(1)と(2)の2点が中心になると思われる。欧、韓それぞれの想定される主張もあわせて示す。
(1) |
韓国輸出入銀行を通じた輸出金融制度の中に、船舶建造中に資機材調達資金を低利で融資する「輸出前融資」や引渡し前に船主が支払った建造資金について引渡し不履行時に返還を保証する「前受金返還保証」が存在する。 |
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EU側: |
WTO補助金協定内に存在する禁止例外規定の適用を受ける輸出信用には該当しない。輸出を条件に供与され、製造コストの引き下げ効果があり、また、経営破綻した企業の信用リスクを反映しない料率で運用されている |
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韓国側: |
WTO補助金協定上の禁止例外規定の適用を受ける輸出信用に該当する。韓国輸出入銀行の資金調達コスト、保証経費をカバーする利率・料率で供与されており、WTO補助金協定上認められる措置。(なお、前受金返還保証の行使実績はなし) |
(2) |
政府系金融機関等を通じた経営破綻企業(大宇重工等)へのリストラ助成として、債務免除・債権の株式転換や優遇税制等を行った。 |
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EU側: |
輸出を中心に営業する企業に選択的に供与するか、もしくは造船会社に特定的に供与され、船価の低下、欧州造船業の市場シェアの低下等欧州造船業に悪影響を与えた。 |
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韓国側: |
業種横断的な措置であり特定性はない。 船価低下は韓国国内の資機材価格等の低下が原因であり、韓国造船業の市場シェア拡大は為替や生産性の向上等の競争の結果である。 |
3.3.2 パネル裁定の効果
2国間協議が整わない場合、最終的にパネルによって違反補助金かどうかの審査がなされることとなる。韓国の公的助成措置が違法でないと認定された場合、これは将来の再発の可能性が出てくるだけでなく、当然、韓国の経営破綻企業の供給力が市場に温存し、供給力過剰状態を助長するとともに救済された企業の競争力が高まる結果となる。
また、パネル裁定で違反と認められた場合でも、加盟国は、制度の廃止等、基本的に将来に向かっての是正措置は要求されるが、過去に支給された補助金の返還は求められないと思われ、パネル裁定の結果の如何に拘わり無く、経営破綻から救済されてしまった韓国の造船企業の供給力は市場に残存し供給力過剰状態を助長するとともに同企業の相対的競争力は高まる。さらに、韓国が是正措置を講じない場合にも、対抗措置を造船分野でとることは便宜置籍の関係から困難であり、ここにWTOの補助金協定交渉の限界が存在する。
3.3.3 公正な競争条件を求めて
日本の立場は、(1)市場での公正な競争条件を確立し、(2)マーケットメカニズムを通じた自律的な需給均衡を図るために、造船市場で有効に機能する市場規律を早期に策定し、実施に移すことである。
日本は、96年に、現行造船協定を批准し、米国に早期批准への圧力を掛けてきたが、当面米国の批准は困難との判断から、99年以降、新協定の策定交渉の開始へ向けて主導的な活動を展開してきている。
一方、韓国の公的助成について、日本はOECD造船部会、日韓造船課長会議、日韓ハイレベル協議等の場で、市場の歪曲影響を指摘し、透明性の確保と是正を求めてきているが、今回のWTO提訴に先立ち、韓国に対して再度是正を求めることが重要である。
具体的には、救済された造船会社の金融負担が大幅に軽減され、その価格競争力が不当に向上することは大きな問題であって、市場原理による自律的需給均衡化を阻害し、船価低迷を深刻化することとなる。
日本は、従来から韓国の助成措置に問題意識は持っており、WTO提訴とリンクしたEUの暫定助成規則も問題と捉えている。WTO補助金協定は、上で述べた適用上の限界もあるため、造船の特性を踏まえた新協定の策定を急ぎ、韓国の公的助成措置再発を新協定で防止していくよう、WTOパネルには第三国参加し、上記意見の提出が肝要である。
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