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4−7 ガス流化合成燃料
(ガス液化技術GTLの必要性)
 米国は、現在1日$2,000万バレルの石油を消費し、1日$1,200万バレルを輸入している。その大部分は中東からの輸入であり、米国の安全保障が中東石油産出国に依存していると言っても過言ではない。この輸入石油価格はバレル当たり$25として、年間$1,100億の巨額に達する。一説によれば、米国の軍事費の1/3は石油の確保のために使用されているとの試算がある。中東からの石油輸入は国家の安全保障を脅かし、$1,100億もの金を払い、かつ膨大な軍事費を必要とするため割の合わない話となっている。これを解決するためブッシュ政権がエネルギーの自己調達と無駄使いの抑制をエネルギー政策の中で訴えているのは前述の通りであるが、同時に世界的に石油の生産量が近い将来ピークアウトし、天然ガスを始めとする他の燃料に依存せざるを得ないとの指摘もある。しかしながら天然ガスは液体燃料に比較して取扱いが困難であることから、ガス液化技術GTL(Gas to Liquid)に注目が集まっている。
 
 GTLの源流は、第2次世界大戦中ドイツが石炭から人工的にガソリンを合成した合成燃料技術である。石炭から液体燃料を合成する技術は新しいものではない。1913年、Fridrich Bergiusは石炭に圧力200atm,温度450℃で水素を添加する技術を開発した。この条件下で石炭中の多くの酸素は水素添加作用により水となり、窒素はアンモニア、硫黄は硫化水素となる。水素は更に化学的に石炭と反応して石油に似た液体となる。その後、I.G.Farben Iにより、石炭の水素添加反応を加速する触媒が発見された。米国は1924年以来この技術に興味を持ち1927年に研究を開始している。米国鉱山局はコバルト・銅・マンガン触媒を用いて、135−250℃の水蒸気を大気圧下で石炭に吹き付け石油化することに成功した。1950年代、米国鉱山局はミズーリー州に始めてパイロット・プラントを建設し、更に4つの新しいプロセスを開発している。その他、エクソン、シェル、モービル等の石油メジャーも積極的に開発を進めてきた。モービルが力を入れてきたのはメタノールや天然ガスをガソリンに変える技術であるが、各社とも独自の触媒を使っている。
 その後50年を経た今日、技術も進歩し、合成ガソリンのコストも急激に下がっている。天然ガスの可採埋蔵量は石油よりも多く、今後石油に取って代ることは間違いないが、可採埋蔵量については最低70年説から250年説或いは511年説、更には海底に横たわるシャーベット状のメタン・ハイドレートが上手く利用できれば殆ど無限という説まであり、石油に比べればクリーンな燃料であるので、天然ガスの利用は益々加速されている。天然ガスを改質して常温で液体のまま運び、そのまま使用できれば天然ガスの用途は大幅に拡大する。
 
(GTLの商業化)
 現在、エクソンやシェル等の石油メジャーは何れもGTLの研究を実施しており、既に各社は$50,000万程度の資金を投入して事業化を進めようとしている。例えばシェルは1993年マレーシアにテスト・プラントを稼動させ大きな成果を挙げ、その実績を基にインドネシアで工場建設を進め、更に2010年迄に世界中に商業規模のGTLプラントを建設する計画である。第4−5図にシェルが計画している各年産1,300万バレルの工場所在地を示す。
 小規模のGTL工場の建設は民間でも可能であるが、天然ガスからGTLによって製造された合成石油を使って現在の米国の全石油輸入量を賄おうとする規模のインフラ建設、即ちプラントだけで$3,000億といわれる出費は民間会社だけでは不可能であり、連邦政府の関与が不可欠である。石油メジャーのパイロット・プラントは何れも天然ガスの合成石油が経済的に見合う目途がついており、自社がGTLを商業的成功の一番手となることでしのぎを削っている。GTLはプラント償却費を含んだガソリン・コストも商業的に成り立つというところまできている。当然、連邦政府の資金が導入されればされるほど合成燃料のコストは下がることとなる。合成燃料の最大の利点は製造段階で既に大気汚染物質を取り除いてあるので、排ガスが極めてクリーンな点であり、時代の要請に合うということである。ブッシュ政権はGTL燃料の生産をグリーン・イニシアティブにクラス分けしている。グリーンと言う単語はクリーン以上に清浄であることを意味している。この大規模GTL燃料人工合成事業については、米国がやらなければ日本やドイツに先を越される恐れを指摘する米国の識者が増加している。
 
(GTLと燃料電池)
 GTLが最近話題となっているのは、上記のような輸入石油の全てを代替するというような大規模な話ではなく、燃料電池の水素供給源としての話である。天然ガスを原料とした人工合成燃料の生産については、昨年トヨタ自動車が中東での事業化を発表しており、燃料電池の燃料としてのGTLに関心が集まっている。
 米国のシントロリアム社が製造したGTL合成石油燃料を使用し、ノースウエスト・パワー・システムズの燃料電池でテストしたところ、このGTL燃料の高いエネルギー効率とクリーンな排気ガスが実証された。GTLは合成燃料であるので、合成する段階で燃料電池に適した成分を選び、水素の含有率が高くなるようにコントロールできるという利点がある。従来燃料電池の水素供給源の主流と考えられていたメタノールや天然ガスに比較しても、天然ガスを採掘地点でGTLに改質すれば、現在のように外国のガス田で採掘された天然ガスを一度液化してからLNG運搬船で運送し再ガス化するという手間が省けてコストダウンが可能であり、また、自動車用燃料電池にGTLを使えば従来のガソリンスタンドが使えることから、燃料電池用燃料供給のためのインフラストラクチャーの問題は一挙に解決されることになる。
 
 一方、1999年1月、ダイムラーの一員となったクライスラーは、ガソリン式燃料電池の開発を主流から外している。クライスラーは、ガソリンであれば従来のガソリンスタンドが燃料電池の水素供給源として使えるという理由だけでガソリン式燃料電池の開発に注力していた。ガソリン式を放棄した理由は、小型で効率よく水素を発生するガソリン改質器の開発が難しかったからである。その後、クライスラーはメタノール燃料電池に注力している。但し、メタノール燃料電池車はCO、NOx、PMは減少するが、地球温暖化の元凶であるCO2はやはり大量に放出される。クライスラーはメタノール燃料電池車に注力する理由としてメタノールが扱い易く、技術的にも良く分かっており、従来のガソリンスタンドで供給でき、メタノールの生産インフラストラクチャーが米国内にある程度整っている点等を挙げている。また、CO2の排出の問題が残ると言っても、現在の最もクリーンな内燃機関に比べて有害物質の排出量が30%も少ないと言っている。このため、メタノールを数10年間程度の燃料電池用過渡的燃料の主流と考える専門家は多い。
 
 シントロリアム社のGTLが注目を集め、ノースウエスト・パワー・システムズとフォルクス・ワーゲン、GM等がGTL燃料による燃料電池車のテストを実施したのは2000年に入ってからである。GTLが燃料電池向けの最適な水素供給源だとする報告書は未だ出されていないが、GTLは燃料電池の持つ数々の問題点を一挙に解決するポテンシャルを持っており、同時に米国の国家安全保障上の関心にも合致することから、今後、その動向を真剣に見守る必要がある。
 
第4−5図 シェルのGTL生産拠点(2010年)
出典:シェル
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