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3−3 高温超電動モーター
(高温超伝導材とは何か)
 1911年、オランダのカメリン・オンネスは水銀の電気抵抗が極低温(−269℃)に於いてゼロとなることを発見した。この発見はヘリウムが4.2゜K迄冷やされた時に発見された。当時、科学者は
絶対零度(−273℃)で全ての分子活動は止まり、全ての金属は超伝導体となると考えていたが、その後の研究で、原子価2から8の間にある金属のみが超伝導体となり、銅や金はいくら冷却しても超伝導にならないことが知られている。同年以降、科学者は水銀よりも高い温度で電気抵抗がゼロとなる物質を次々と発見し、物質の臨界温度(電気抵抗のある常伝導状態から電気抵抗ゼロの超伝導状態となる温度)が上がるたびに超伝導の実用化が進んだ。1960年、安定した伝導特性を示す最初の有機物質が合成され、1986年にはIBMで30゜Kで超伝導となる酸化物が発見された。超伝導酸化物の臨界温度の上昇は加速され、1988年、YBCO(Yttrium Barium Copper Oxide)の90゜Kに続いて、BSSCO(Bismuth Strontium Calcium Copper Oxide)の110゜K、タリューム化合物の127゜Kの他、3種の安定した材料が発見されている。これ等の超伝導材料は、実用上高温超伝導材HTS(High Temperature Super Conductor)と低温超伝導材LTS(Low Temperature Super Conductor)に分けられている。HTSの臨界温度の目安は30゜K−80゜K、LTSは10゜K以下である。HTS電線をモーターの回転子及び固定子に使用することができれば電気抵抗を減らし、或いはゼロにしてモーターの効率を上げ、エネルギー利用の効率化に役立つことは必至である。HTSモーターを船舶推進用モーターとして利用できれば、モーターは高出力、小型、軽量となり、配置の自由度が大幅に増すほか、PODシステムの抵抗が減少する等利点は計り知れないものがある。
 
(米海軍の取組)
 米国で高温超伝導モーターの開発に最も熱心なのは海軍である。米海軍の研究の大きな流れは2つあり、1つは1970年代初期の石油危機以来開発を進めてきた99%の効率を示すDC同極モーター、他はACシンクロナスモーターである。海軍は1980年には400hp、1983年には3,000hpの超伝導DC同極モーターをGEと共に試作し、海上運転を実施している。当時は液体ヘリウムの冷却装置が必要であったが、1995−99年にかけ、海軍研究局ONRは初期の出力400hpのDC同極モーターをHTSへ変更し、最新の冷却システムと組合わせる開発契約を次々と結んでいる。
 
 ACシンクロナスモーターは、前節で述べたIPSのシステムとして有力視されていたものであり、ONRは開発を主としてマサチューセッツ州 Westborough にあるASC(American Superconductor Corporation)に委託している。2000年7月、ロックウエル・オートメーションは世界最初の1,000hpHTSのACシンクロナスモーターの運転に成功した。海軍は最終的に20,000−35,000hp(公称は25MW)の大型艦艇や大型商船に搭載されるHTSのACシンクロナスモーターの開発を考えている(第3−6図)。しかしながら本格的舶用モーターの開発は船舶を知らないASC単独では無理なので、2000年11月、リットン・インダストリーとASCとの間で商船及び艦艇へのHTSモーター技術の応用に関する技術開発契約を結ばせている。
 リットンとの契約後、ASCはONRから25MWモーターの設計及びコンポーネントの組立とテスト・プロジェクトを受注している。ONRはこの25MWモーターをPODシステムに組み込むという強い意欲を示し、径2.3m、長さ2.5m以内に纏めることを要求している。しかし、この25MWモーター設計発注は、いわばコンセプト・デザインであり、実物製作の前にその技術を実証するために小型モーターを作って確認する必要がある。2002年2月、ONRは$800万でASCに出力6,500hp(公称5MW)、変速、最大230rpmの舶用超伝導モーターの設計・製造を委託した。この契約はASCがONRと結んだ4回目の契約である。この5MWのHTSモーターは舶用(低回転・高トルク型)として計画された最初のACシンクロナスモーターであり、2003年夏に納入され、年度内に海上試運転が行われる予定になっている。この5MWモーターは、長さ15ft、径15ft、重量26トンで、HTS材料としてはBSSCOを用いている。
 ASCでは当面発電用及び舶用をターゲットとして開発を進めているが、HTSモーターに関する技術的困難、例えば高磁場に曝されて長時間運転するとHTSワイヤが脆くなる等、今後解決すべき問題点が多く残っている旨公表している。現在までASCが実際に作ったのは自己資金による5,000hp、1,800rpmの産業用モーターが最大である。このモーターは2001年7月に完成、秋に工場テストが行われて大成功と報ぜられている。ASCはHTSモーターに関し250の特許を有する企業であり、今後共ONRがASCとACシンクロナスモーターの開発を進めることは確実である。
 
(HTSモーターの特徴)
 前述の通り、ONRがHTSの開発を開始したのは1980年と古い。これまでにHTSシンクロナスモーター、LTS DC同極モーター、永久磁石モーター等が開発されている。HTSワイヤは銅ワイヤに比して格段に大きな電流を流すことができるので、一定のスペース当たりの磁場強度は大きくなる。コイル設計が進歩することにより、常電動モーターに比較して重量及びスペースが1/3のモーターが可能となっている。即ち、モーターサイズが小さくなり、通常のシンクロナスモーターに比して出力密度が上昇し、低速・低負荷における効率が向上するという利点がある。
 DC同極モーターに超伝導磁石を使用すると、通常のDCモーターに比して磁場の強度が高くなるので、出力密度が上昇する。DCシステムの不利な点はブラシが必要であり、またDC同極モーターは低電圧域で高電流を必要とするが、DC同極モーターの技術は海軍艦艇をより静かで敵から発見されにくくする可能性を有しており、海軍艦艇の静粛化を考える場合これ以外の選択肢は考えずらい。
 
 いずれにせよ、エネルギーの効率化を指向する産業界がHTSモーターの実用化に期待する所は大きい。数年前にHTSモーターの効率限界について研究を行っていたロックウエル・オートメーションは、HTSモーターの効率ロスはエネルギー効率の良いAC誘導モーターの半分であるとの研究結果を発表している。過去15年間、米国では多くの超伝導関連要素技術の研究開発プロジェクトが実施され、HTSモーターの性能向上に寄与してきた。それらの分野としては、HTSワイヤの巻き方やHTS回転子・アセンブリ、液体窒素、液体ヘリウム、ガス・ヘリウムによる冷却装置等である。
 HTSモーターの最大の欠点は、HTS部材を冷却し続けなければならないことである。ASCのHTSシンクロナスモーターでは、回転子の部分にのみHTS材を使用し、固定子には通常の銅線を使っている。ASCの主張によれば、HTSモーターは回転子を冷却する不利はあるが、それを相殺する利益もあるという。即ち回転子はモーターのメンテナンスの中心であるが、冷却することによって回転子の持ちが良くなり、コストが節約されるという。ASCの設計では、回転子の冷却には市販のガス・ヘリウム冷却装置を使っている。ガス・ヘリウムは液体ヘリウムよりも安全性が高く、コストも安い。モーターを常温から使用温度に下げるには一週間程度の時間がかかり、更にモーターを常時低温に保つためには何台かの冷却装置が必要となる。ちなみに冷却装置が全て駄目になっても直ちにHTSモーターの出力が急激に減ることはない。冷蔵庫の電源が切れた時と同じで、仮に冷却装置が全て駄目になってもHTSモーターは直ぐには暖まらないので、1/2出力で5日間ぐらい航海できるだろうとの見解を示している。この辺りは今後リットンとの共同研究で解明されていくものと思われ、場合によってはバックアップ・システムが必要となるかもしれない。
 
 現在ONR/ASC/リットンが開発中の25MWのHTS舶用POD推進システムが商船用として採用されるためには、初期コストも含め未だ多くのハードルを越えねばならないが、エネルギーコストを減らすことは確実であり、産業用モーターを手始めに、HTSモーターが受入れられる日がそう遠くないことも確実である。
 
第3−6図 ASC社の舶用高温超伝導モーター
出典:ASC
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