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要約
 
1. 「障害を持つアメリカ人法(Americans with Disabilities Act:ADA)」
 
 ADAは、身体・精神に障害を持つ人々の権利保護について包括的に定めた米国の連邦公民権法規である。この法律は、それぞれ雇用、公益事業体、交通、民間事業体、通信を内容とする5つのタイトルで構成されている。
 
 タイトルIIIは、旅客船も含めて公共性のある施設や商業施設において、障害を持つ人々を差別することを禁じている。特に公共性のある施設の要件として、タイトルIIIには次のような要求事項が規定されている。
・提供される財やサービスの性質が根本的に変わる場合を除き、障害をもつ人々が平等に利用(アクセス)できるようにするため、方針、慣行、手続きに妥当な変更を施さなければならない。
・過度の負担や財務変化をもたらす場合を除き、必要に応じて補助的な支援やサービスを利用して効果的なコミュニケーション手段を保証しなければならない。
・容易に達成可能である場合は、施設に存在する設計・構造上のコミュニケーションバリアを排除しなければならない。またバリアの排除が容易に達成可能でない場合は、代替手段を通じて財やサービスを提供しなければならない。
 
 さらに、同法は、公共性のある施設および商業施設を新たに設計・建設する場合、または既存の施設を改造する場合は、「Standards for Accessible Design」に従わなければならないと定めている。
 
2. アクセス委員会
 
 アクセス委員会は、障害をもつ人々のアクセシビリティ(利便性)を専門とする独立連邦機関である。具体的には、建築物環境に関するアクセシビリティ要件の策定・維持などを行っている。通常、アクセス委員会は次のようなプロセスで規則を策定している。
・規則の要求事項に関する勧告を策定するために諮問委員会を組織する。
・諮問委員会の勧告に基づいて規則案を策定し、規制評価書を作成する。
・行政管理予算局(OMB;Office of Management and Budget)に規則と評価書を提出し、承認を得る。
・規則案を官報で告示し、パブリックコメントを募集する。コメントを検討し、必要に応じて規則案を変更する。
・規則と最終的な規制評価書をOMBに再提出する。
・官報で最終的な規則を告示する。
 通常、アクセス委員会は「ガイドライン」を作成し、この「ガイドライン」に基づいて他の機関が「標準」を策定する。つまり、アクセス委員会のガイドラインは、強制力のある標準を策定するための最低基準といえる。
 
3. 旅客船アクセス諮問委員会(PVAAC)
 
 1998年8月、アクセス委員会は、新たに建造/改造される旅客船を対象としたアクセシビリティガイドラインの規則案を策定するにあたり、勧告の作成を目的として旅客船アクセス諮問委員会(Passenger Vessel Access Advisory Committee:PVAAC)を組織した。
 
 PVAACは、2000年11月17日に作業を完了し、『旅客船アクセシビリティガイドラインについての勧告:最終報告書(Recommendations for Accessibility Guidelines for Passenger Vessels:Final Report)』をアクセス委員会に提出した。この最終報告書には、フェリー、カジノ船、クルーズ船、観光船など、多様な旅客船の設計上の配慮に関して、詳細なアクセス基準が記載されている。これは、ADAの対象のうち、旅客船の新規建造および改造に内容を限定した勧告書である。
 
 現在、アクセス委員会はこの報告書を検討し、ガイドライン案の策定を進めている。完成したガイドラインは、アクセス委員会が交通機関について発行したアクセシビリティガイドライン(ADA Accessibility Guidelines:ADAAG)を補完するものとなる。
 
4. PVAACの『旅客船アクセシビリティガイドラインについての勧告:最終報告書(Recommendations for Accessibility Guidelines for Passenger Vessels: Final Report)』
 
 PVAACは、すでに発行されている建物および施設に関するADAAGを検討し、これを旅客船に当てはめて必要な変更を施した。
 
 PVAACの勧告のほとんどは、次の2種類の旅客船を対象としている。
・総トン数(GT)100トン以下で、乗客定員151人以上または宿泊乗客定員50人以上の小型旅客船(大型ディナークルーズ船、カジノ船、大型フェリーなど)
・総トン数が100GTを超え、乗客定員13人以上の旅客船(最大規模のカジノ船、フェリー、クルーズ船)
 
 PVAACの報告書は13の章で構成されており、これらの章のほとんどはそれぞれ異なる領域について書かれている。PVAACの報告書で取り扱われている主な内容は次のとおりである。
 
 PVAACの報告書は13の章で構成されており、これらの章のほとんどはそれぞれ異なる領域について書かれている。PVAACの報告書で取り扱われている主な内容は次のとおりである。
 PVAACの報告書は13の章で構成されており、これらの章のほとんどはそれぞれ異なる領域について書かれている。PVAACの報告書で取り扱われている主な内容は次のとおりである。
・船舶内のバリアフリールート
・乗船/下船時のバリアフリールート
・出口
・非常警報器
・トイレおよびバスルーム
・吹き上げ式水飲み器およびウォータークーラー
・宿泊設備
・駐車
・構成部分
・乗員エリア
・改造
 
5. バリアフリー化推進のための旅客船事業者の取り組み
 
 旅客船の設計者および事業者は、新たに建造する船舶については、可能な限りアクセス委員会の勧告に従ってバリアフリー度を高めている。
 
 既存の船舶については、アクセシビリティの基準を達成すべきかどうか、そして達成すべきとすれば、いつどのように達成するか判断するために、民間建築物所有者が既存の建物に対して実施してきた方法を採用している。つまり、新しい建造物にアクセシビリティの機能が必要であるかどうかを検討し、必要であれば、いつ改善するかを判断している。その際、次の事項を判断基準とする場合が多い。
・作業範囲、つまりバリアフリー化のために必要な改造の範囲
・不適合な機能のバリアフリー化がどの程度「容易に達成可能」であるか
・従業員数が15人以上であるか(15人未満の小規模企業はADAのアクセシビリティ要求を免除される)
 
 大手の旅客船事業者を代表する2協会(International Council of Cruise LinesおよびPassenger Vessel Association)の代表者も、障害を持つ旅行者を代表する組織(Society for the Advancement of Travel for the Handicappedなど)の代表者も、米国市場で航行している大型クルーズ船の事業者が障害を持つ人々の要求に積極的に対応してきたことを認めている。
 
 これらの代表者によると、大手クルーズ船事業者はたいてい規制に関係なく、バリアフリー化に取り組んできたという。つまり、ADAとは関係なく、大型クルーズ船事業者の多くはバリアフリー化を求める顧客の需要を認識していたのである。実際、一部の大型クルーズ船事業者は、アクセス委員会やその他の組織が旅客船規制を策定するのを待たずに、陸上の建築物に対する仕様を旅客船に適用し始めている。
 
 大型クルーズ船事業者はどこもこの問題に取り組んできたが、その取り組みが最も積極的かつ顕著な事業者は次の3社である。
・Holland America
・Royal Caribbean
・Princess Cruises
 
 上記の事業者は、障害をもつ人々のアクセシビリティに関して会社の方針を確立し、その方針を運用し、確実に守ることを職務とするスタッフを雇用している。
 
 これらの大型クルーズ船事業者は、既存の船舶の広範囲な改造や、新しい船舶の設計・建造を通じて、船舶のバリアフリー化を進めてきた。
 
6. 訴訟
 
 旅客船事業者が障害を持つ乗客のアクセシビリティに取り組んできた動機は、訴訟の回避ではなく、市場要因(障害を持つ乗客という成長市場のニーズを満たすため)である場合が多い。事実、旅客船事業者のADA遵守に関する訴訟はほとんど提起されていない。旅客船業界がバリアフリー化を迅速に進めてきたからである。
 
 当初、旅客船事業者は、旅客船がADA要求の対象範囲に含まれるかどうか疑問視したが、米国司法省(DOJ; Department of Justice)はADAの対象であるとの見解を示した。クルーズ船は公共性のある施設なので、外国籍であろうと米国籍であろうと、ADAの対象であるとDOJは述べている。
 
 訴訟の事例としては、フロリダ州マイアミを本拠地とするAccess, Now Inc. という権利擁護団体が提訴したケースがある。Access, Now Inc. は、障害を持つ乗客のアクセシビリティを高めるために船舶をバリアフリー化する取り組みに関してCarnival Cruise Linesとその他数社のクルーズライン事業者を訴えた。結局、2001年6月に、ADAに従って既存の船舶を改造すること(今後建造する船舶はさらにバリアフリー度を高めること)にCarnivalが同意し、和解が成立した。







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