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本調査報告書刊行にあたって
 2001年9月11日に米国で発生した同時多発テロ事件は、世界に大きな衝撃を与えるとともに、米国をはじめ各国の日常社会にも少なからぬ変革をもたらしました。
 特に米国における対策はいち早くかつ大きな変革を伴うものでした。連邦政府は即座に国土安全保障局を設置し、議会においても様々な立法措置が講じられ、現在もさらに検討が続けられています。これらの保安対策のうち、最も重要視され、また懸念されているのが運輸機関や運輸関係社会資本に係る対策です。
 同時多発テロ事件は、ハイジャックによって引き起こされたこともあり、当初は航空輸送や空港施設のセキュリティに関心が集中していました。しかしながら、航空に関する検討が一段落した後、焦点は海上輸送と港湾施設に移りました。
 事件発生後直ちに講じられた米国重要港湾の閉鎖は短時間で解除されましたが、その後も各港湾では保安区域が設定され、船舶の航行が著しく制限されました。保安区域の設定は、重要施設の周囲のみならず、テロのリスクが高いと判断される船舶の周囲や港湾外にある原子力発電所の周囲でも行われました。また、米国沿岸警備隊は、米国に寄港する船舶に対する事前通報制度を強化しました。従来、密輸や密航の取り締まり等の目的で、米国に寄港する船舶に対して課せられていた到着前24時間までの事前通報は、事件発生後に72時間前通報となり、すぐに96時間前通報に引き上げられました。事前通報制度の強化は通報のタイミングだけではなく、内容にも及んでおり、船上にある全ての人(旅客や乗組員を問わない)の情報や全貨物の積荷目録の提出が求められています。このほか、港湾旅客ターミナルの警備強化やクルーズ客船における乗下船管理の強化等も実施されました。
 米国議会においても海上輸送と港湾施設への関心が高まり、上下各院で多種多様な海事セキュリティ関係法案が提案されました。ただし、提案された法案のなかには、海上輸送や国際物流の実態を無視しているとしか思えないものも含まれています。例えば、少なからぬ数の議員が米国に入ってくるコンテナの全数検査、少なくとも一定比率での検査を主張し、税関や関係業界を慌てさせました。また、現在実施されているセキュリティ対策についても、物流への制約やコスト負担といった問題が生じています。
 一方、テロ防止には一国の取組みだけでは不十分であり、国際的な取組みが不可欠であることは論を待ちません。米国は、国内における保安対策の強化と併行して、海上の安全と海洋環境の保護に関する国連の専門機関である国際海事機関(IMO)に対して、国際的な海上保安対策の強化を働きかけました。これを受けてIMOにおいては、2002年12月に関連する国際条約を改正することを目標にして、船舶自動識別装置の導入スケジュールの前倒し、船舶や港湾施設の保安対策の強化と保安計画の作成等、国際的に講じるべき対策について審議が進められています。
 
 この調査報告書は、同時多発テロ事件以降に講じられ、又は検討が進められている米国の海事セキュリティ対策の内容とその影響、IMOにおける国際的な海事セキュリティ対策の検討内容を調査し、とりまとめたものです。
 本調査は、(財)シップ・アンド・オーシャン財団が、日本財団からの競艇公益資金による助成を受けて行っている「造船関連海外情報収集及び海外業務協力事業」の一環として実施したものです。本調査にあたっては、日本船舶輸出組合/(社)日本舶用工業会及び(社)日本中小型造船工業会がそれぞれ日本貿易振興会と共同で運営しているジャパン・シップ・センター及びジェトロ・ニューヨーク・センター船舶部の全面的なご協力を得ております。
 
 この報告書が、海上テロの防止に効果的で、かつ、円滑な海上輸送を阻害しないようなバランスの取れた海上セキュリティ対策の策定のための参考となれば幸いです。
 
2002年6月
財団法人シップ・アンド・オーシャン財団







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