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5. 個別問題の解決方策と総合管理に向けての課題
5.1 沿岸域総合管理研究会の原因分析と対処すべき施策
 これまでの整理を前提に、海洋の水質汚染に関する個別問題発生の原因分析と、その解決に向けて現在考えられている施策を、註3で紹介した国土交通省沿岸域総合管理研究会報告書の議論によって紹介し、そこから沿岸域総合管理への課題を抽出しておこう。
 沿岸域の水質汚濁の原因は、(ア)生活排水処理及び産業排水対策が十分ではない、(イ)雨天時において合流式下水道から未処理下水が放流されている、(ウ)農用地などからの排水に対する対策が十分ではない、(エ)汚濁物質が蓄積されている河川・海域が存在することだとされる。
 これらの問題に対して当面対処すべき具体的な施策としてあげられるのは、a)国、都道府県、市町村は総量規制の着実な実施を図る、b)国及び河川管理者、港湾管理者等水域管理者は、河川・海域における汚泥浚渫や覆砂などの直接浄化対策を推進する、c)国、都道府県、市町村は、下水道の整備等生活排水対策を推進する、d)国、都道府県、市町村は合流式下水道の改善を緊急に実施する、e)国が主体となって地方公共団体を含む関係者間の連携を強化し、効果的な水質汚濁防止対策を図る、f)国、港湾管理者等による水質データの取得を引き続き行うとともに、国は、環境に関する情報の発信及び共有化の場を設置する、g)国、都道府県、市町村は、下水道の高度処理をいっそう推進するといったことである。
 
5.2 現行制度の限界と総合管理に向けての課題
 この研究会報告書の原因分析と対処すべき施策の間にあるずれが、今日の沿岸域管理の限界をある意味で示しているといってよい。今日の体制の下では当然のことで、やむをえないことではあるのだが、この研究会は国土交通省の設置した研究会であり、原因分析においては象徴の管轄にさほどこだわらない(とはいっても、他省庁の管轄事項を水質汚濁の原因として取り上げることには、相当の遠慮があることも否定し得ない)が、対策に関しては、絶対的に他省庁の管轄には踏み込めないということである。原因分析では農用地からの排水に言及しているが、具体的施策としてはそこに踏み込めないことが典型例である。具体的施策は国土交通省の管轄にかかわることに限定されている。
 省庁改革によって建設省と運輸省が一体化し、港湾と河川という海に関連する大きな部分が一つの省の管轄下に入ったことで、以前よりは、個別解決での幅が広がったとは言える。しかし、図1で示した要因分析の中で、農用地からの排水、漁港における公有水面埋立、水質汚濁防止法、養殖漁業による汚染、魚網防腐剤等の問題は個別省庁による沿岸域管理の検討においては正面から取り上げることができない。農水省、環境省で同種の研究会が開催されても同じ結果が生ずることは明らかである。
 水質汚濁はまさに沿岸域の総合管理の必要性を象徴的にあらわしている。海に注ぎ込む水は行政的管理権限がどこにあるかとは関係なく、全体として沿岸域の水質を規定する。沿岸域管理という視点で、個別の水質規制を行う制度を改めなければならない。
 総量規制はその意味では個別管理を統合する形になっている。研究会報告でも触れられているように、総量規制の着実な実施が今後の総合官吏に向けても重要な意味を持つといえる。そのプロセスで新たな総合管理へのさまざまな工夫が現実的に試みられるべきだと考える。
 個別問題処理の権限を行使主体の一覧表を見て直ちに気づくことは、都道府県知事の権限の大きさ、幅の広さである。すべての問題に知事は何らかの形でかかわっている。沿岸域の総合管理を考えるときに、その主体が都道府県となるべきであるという議論の根拠はここにあるといえる。図1では、一例として神奈川県の環境基本計画において、公共用水域の環境基準達成、東京湾のCOD負荷量の減少、窒素、燐排出量削減、相模湾の窒素、燐排出量の削減、生活排水処理の向上が上げられていることを示している。水質問題に限定して少しでも総合管理に近づけることを考えるなら、このような基本計画を策定するプロセス、その実施のプロセスでの知事の有する各権限の実質的なすりあわせがどのように行われるかが重要になるといえる。神奈川県には海業推進計画もあるのである。
 沿岸域の総合管理の難しさは、環境と利用の調整をどのような原理に基づいて行うかという点にある。今年度の分析はもっぱら環境に特化した問題の分析にとどまっている。総合管理に向けての本格的な分析は本年度の研究だけでは十分に行い得ない。残りのさまざまな問題の同様の分析の総合が必要となることを述べて、本年度の研究のまとめに代えたい。







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