議長総括
栗林忠男
このたびの国際会議は、海洋の総合管理にかかわる政策提言を設立の主要な目的とする、シップ・アンド・オーシャン財団海洋政策研究所の意欲的な試みとして企画された。開会のあいさつの中で寺島所長が指摘したように、冷戦の終結、国連海洋法条約の発効、トランスナショナルな犯罪の多発など、海洋を取り巻く環境は大きく変化し、旧来の安全保障概念にとらわれずに、新しく生じている海洋の情勢をさまざまな角度からとらえて、安全保障を広く考えることが必要となっている。この国際会議はそのような観点から開催された。
基調講演の中で秋山会長が述べたように、海洋は生命の根源ではあるが、人類からの作用がそれを吸収する海洋の許容限界を超え、生態系破壊や気候変動などの形で人類の生存を脅かす事態が危惧されるようになっている。しかし開発を後退させることはできない。南北問題など、開発の促進なくして解決できない問題が山積されている。人類の側にだけ立つのではなく、海洋の側に立って海洋の持続可能な開発に努力を傾注すべきだろう。そこにおいて、海洋環境の保護と平和の維持によって、“海を護る”という安全保障の概念の意義が理解できるであろう。
基調講演に続き、2日間の日程で実施された会議では、国際社会の大きな変化の中でどのようにして海の安全を確保していくかについて、非常に広範多岐にわたる建設的な意見が提起された。
海上テロ、不審船などの新たな脅威への対応について討議したセッション1では、海上テロは中核的な脅威であり、艦艇や商船の防衛、港湾のセキュリティ強化と、そのための国内各省庁の横の連携の重要性が認識された。他方、港湾に入るコンテナ貨物の量は膨大で、すべての貨物を検査することはできないところから、出航時検査が必要であること、また、マラッカ海峡でのインド海軍とアメリカ海軍の共同エスコートのように、国際的協力体制が必須であるということも共通の認識となった。
不審船については拉致、麻薬、密輸、工作員の潜搬入を企てるものであって、国の安全への直接的な脅威であるとの言及があった。その上で、陸上の法制度を海上に当てはめるのではなく、海上に適合する法制度の構築が必要であるとの意見も示された。また北東アジアの海域では複数の沿岸国の領海や排他的経済水域が重なり合っており、国際協力が必要であることが強調される一方で、海域に対する沿岸国の過度の主張は安全保障のための国際協力を損ねることになるという考えも示された。領海内の艦艇の通航を無害通航と認めないとする考えや、排他的経済水域での軍事演習の規制は、海洋を人類の共通財として活用することを阻害し、国際社会の経済発展を損なうことになるという意見も出された。
現職 東洋英和女学院大学教授、慶應義塾大学名誉教授
学歴 慶應義塾大学法学部卒、同大学院法学研究科修了(法学修士)オーストラリア国立大学大学院法学研究科修了(法学博士)
慶應義塾大学教授、同学生部長、同法学部長、常任理事を歴任し、2002年退職。1985年ケンブリッジ大学ダウニング校フェロー。日本学術会議会員、防衛庁自衛隊員審査会会長、文部科学省総合科学技術審議会海洋開発分科会委員、文部科学省宇宙開発委員会・安全部会特別委員、世界法学会監事などとして活躍中。「国連海洋法条約」「現代国際法」など著書多数。
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2001年12月の東シナ海における不審船に対する日本の措置によって、武器を使う対応が多発することになるのではないかという懸念の声があった。行動の確たる法的根拠を示し、国際的な納得を得ることが必要であろう。さまざまな意見や国益を整合して、国際間の合意を得るための英知がいま求められていると言える。
海洋環境の保護に関するセッション2では、最も大きな海洋汚染の原因となっている陸上起因の汚染について、揚子江河口域や東シナ海を事例とした具体的な状況が定量的に示された。海洋汚染によって、海の生態系に不可逆的な変化が起きていることが理解された。多くの努力にもかかわらず、海洋汚染はむしろ増大している。産業構造の改革や経済活動の規制などが求められている。
船舶の運航や事故、投棄などによる海洋汚染については、国際海峡の利用国と沿岸国の間の協力を促す国連海洋法条約第43条の前向きな履行が提言された。
海洋汚染は自然災害ではなく人災であって、抑えることかできるはずである。環境破壊を平和への脅威としてとらえて、集団安全保障上の措置を取ってはいかがかとの提言もあった。武器の使用は必要最小限にとどめるべきであるという意見とともに、コソボ空爆の際と同じように、環境破壊を人類に対する犯罪と考えた対応のルール作りが必要であるという考えも示された。
利用者負担については、日本が援助するマラッカ海峡の例が取り上げられた。日本の援助は主として日本財団によるものだが、これは長く続けられるものではなく、関係国間での話し合いの機会がぜひとも必要であるという提言もあった。海洋環境の保護は地域的、さらには地球規模の国際協力が必要不可欠であることが確認された。
国際会議2日目のセッション3では、海洋の平和の維持と環境の保全のための法的・政策的枠組みに関して討議された。尖閣諸島やスプラトリー諸島の領有権、東シナ海や黄海の大陸棚境界画定を巡る紛争、さらには排他的経済水域における軍事的行動にかかわる国家間の主張の相違など、さまざまな問題があり、これらが“海を護る”ための法的・政策的枠組み作りの障害となっている面があることは確かである。
この地域で国連海洋法条約を履行するための新たな協議のラウンドを設けて、境界画定や航行の自由の原則などについて合意を得るということが提案された。国連海洋法条約も基本的には旗国主義に基づいているが、ポート・ステート・コントロールなど、沿岸国による執行ルールも定められてきた。今後は国連海洋法条約の解釈の相違を、どのように解釈していくかが課題だろう。沿岸国の妥当な権利を保護するとともに、creeping jurisdictionを抑制することが必要になるかも知れない。
東アジアにはインドネシアとフィリピンの二つの群島国家、群島水域がある。インドネシアは内水、群島水域、領海の三つの海域を明確に区分して法令等を定めているのに対して、フィリピンは群島水域を内水としてくくっており、両国の現状はかなり異なるものがある。群島水域には不法操業や武装強盗などの犯罪行為、あるいは海洋汚染の問題が存在している。経済財政問題などあって、一国での解決が難しい面もある。いずれの群島水域も船舶通航の要衝であって、ここでも国際協力が必要である。
総合検討会としてのセッション4では、今日の海洋においては平和と環境の破壊が相互に関連し合っており、統合的なアプローチが必要であるという問題意識が提起された。海洋には島嶼の領有権や排他的経済水域、大陸棚の境界画定などの管轄権に絡む紛争や、シーレーンの安全を損なう海賊、海上テロの問題等がある。海洋環境汚染も重大な問題である。しかし、この地域の相互依存性の高まりがナショナリズムの高まりを抑え、国際協力へのよい方向に向かわせるのではないかという考えが示された。国際協力の推進には海洋の自由と沿岸国の利益との整合を図っていく必要があり、条約に規定されている「妥当な考慮」(due regard)の意味の再検討をしてはどうかという提言もあった。国連海洋法条約の解釈と履行については解決を急ぐのではなく、あいまい性を残したままでも、できるものから着手していくことが必要であるという考えもあった。
「法と力」という観点から見た場合、残念ながら海の秩序を律しているものは、いまだ力のほうであるかも知れない。国連海洋法条約に力を与えていくことが必要である。国連海洋法条約に力を与えるということは、すなわち共通の認識を持つということである。それでも各国とも国内において海洋問題の重要性の認識がそれほど高いとは言えない。そのため法整備も遅れているのが現状である。国際協力を促進する一方で、各国国内において海洋問題解決に取り組む意識の高揚を図っていくことが必要だろう。それが翻って海賊問題など、取り組みを難しくしている問題の解決にもつながるのではないだろうか。
以上、少し時問が長くなったが、私がこの2日間の議論をまとめた内容である。まだまだいろいろ出された貴重なご意見をこの中に取り上げることはできなかったかも知れないが、お許しいただきたい。
Magallona 議長、大変素晴らしいまとめをしてくださり感謝申し上げる。今おっしゃったことが終わりではなく、新しい始まりであってほしいと思う。この会議は制約もあったが、いろいろな意味で大変重要な会議であったと私は考えている。本当に素晴らしいイニシアチブが取られた。取り上げた問題の性質のみならず、ものの見方、観点が様々で、我々の討議か豊かになったと思う。
また非常に傑出していたのは、この会議の組織のやり方である。この問題は大変重要である。その重要な問題を、参加者が皆さんで取り上げてくれた。また学者や政策施行の人たちにとっても重要であり、参加者の人たちが非常に深い洞察力を持って、多くの観点を出してくれた。秋山さんが基調講演の中で言ってくださったことが、海上の安全と海上の環境についての理解を深めてくれた。非常に集中的な討議をこの2日間で行なった。
しかしまだまだ、いろいろな大きな問題の表面をなぞったに過ぎないと思っている。私たちの知的な食欲を刺激してくださったし、いろいろな懸念についても私たちを刺激してくださった。そして海にかかわるいろいろな問題について取り上げてくださった。例えば海は生命を維持する系であると言われている。これが終わりだろうか。そうであれば大変残念だと思う。それともまた、私たちはモメンタムを他の場でさらに加速させていくことができるのだろうか。そして私たちの懸念を、他の会議でさらに討議することができるのだろうか。
私は強い形でこの会議の組織をしてくださった方たち、特にシップ・アンド・オーシャン財団に対しても、もう一つ適切な形でのフォローアップの会議をしてくださるようお願いしたい。“海を護る”ということを、一回限りの会議でできるものだろうか。ぜひこれからの継続をお願いしたい。感謝申し上げる。
議長 私もMagallonaさんと同じ考えを持っているが、これは私が答えられる内容のものではないので、むしろ秋山さんのほうから一言述べていただきたい。
秋山 時間も押し迫っているのでほんの一言になるが、Magallona先生、本当に素晴らしいご発言感謝申し上げる。私も同じようなことを考えている。予算の問題があるが、できれば予算の確保に成功してもう1回あるいは2回、「海を護る」という会を開きたいと思う。そのときはぜひまた皆様お集まりいただきたいし、今日議論したことをさらに深めていただきたい。同じ議論はしない。環境と平和と開発をどうやってインテグレイトするか。そして最終的には各国の利益から少し離れて、国際社会のために何ができるかということがもし提言できれば、私の夢も叶うので私も努力する。
議長 我々はそれを期待している。それでは最後に、ほんの短い言葉でお礼を申し上げたい。短期間ではあったが、参加者の皆さんから有益なたくさんの論文を提出して頂いたし、貴重なご意見を頂き、私は議長として交通整理するのが精一杯であった。これは議長として非常にうれしい悲鳴である。そしてそういうものを通じて、相互の尊敬と友情というものを深めたように思う。
こういう会合が、今後我々が世界の海洋問題を考えていく際の、非常に貴重な財産となることは間違いないと私は確信している。関係者ならびにスピーカーの方々、ならびに傍聴の方々のご協力に対して、ただただ感謝するばかりである。それでは外国から来られた方々のご尽力、ご努力に感謝すると同時に、ご帰国に際して「ボン・ボヤージュ」ということを申し上げて、会議を終了したいと思う。
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