はじめに
みちのく北方漁船博物館は、北日本地域の木造漁船を収集、展示する博物館として、1999年に青森市に開館しました。当館では木造漁船の収集保存と平行して進めるべき事業として、木造船の造船技術の保存を考えています。この地域の木造漁船に見られる大きな特徴はムダマハギと称する独特の構造の漁船が用いられることですが、近年急速に失われつつあります。
今回のムダマハギ型漁船の復元建造は、日本古来の和船建造技術を記録保存し、これを展示、公開することによって、和船に関する知識の普及や造船技術の伝承を行うことを目的としています。この事業は、日本財団の助成を得て、2001年度と2002年度の2ヶ年で行われ、ムダマハギ型漁船の中でも最も基本的な構造をもつ、北海道函館市周辺で使用されてきた「イソブネ」について、無動力船時代の船型を復元し、その工程をデジタルビデオによる映像で記録したものです。
製作は、函館市の平石健悦氏(平石造船)に依頼しました。平石氏は、昭和5年生まれで、ムダマハギ型漁船の分布地域である津軽海峡沿岸地域における、現役最後の船大工です。
2001年度には、ビデオ(展示編、講習編、技術編)および建造記録報告書を刊行しています。この本は、2002年度事業としてイラストとCD-ROM(添付)により、ムダマハギ型漁船を造る技術を紹介するものです。
ムダマハギの分布と構造
ムダマハギは、東北地方の北部から、北海道にかけて見られる船です。日本海沿岸は秋田県能代付近以北、太平洋沿岸は岩手県久慈付近以北です。
船の底に、丸木船を浅くしたようなくり抜き材を使い、これに波よけの板(タナイタ、またはカイグ)を接ぎ合わせた形をしています。船底はムダマといい、カツラや、ブナ、ヒバ、スギなどで造られます。
和船の構造は、一本の木をくり抜いた丸木舟から、板を合わせた船(構造船)に発達してきました。
その過渡的段階の構造として、くり抜き材と板材を合わせた「オモキ造り」があり、これまでの研究により、準構造船と位置付けられていますが、ムダマハギは構造的に、オモキ造りに連なるものです。
みちのく北方漁船博物館には、マルキブネ、ムダマハギ型漁船、そして、ムダマハギ型漁船から発達したシマイハギ型漁船が収蔵されています。
これらは、丸木船から構造船へと発展する過程をたどる貴重な資料として、1997年に67隻が、国の重要有形民俗文化財の指定を受けています。
(拡大画面:76KB) |
|
ムダマハギの用途
今回製作したムダマハギは、「イソブネ」として、漁師の生活を支えてきた船です。イソブネとは、海岸近くの磯で行う磯漁に使われる船です。津軽海峡沿岸では、磯漁をイソマワリといいます。イソマワリでは、アワビ、ウニ、ツブ、テングサ、タコ、コンブ、ワカメなどをとります。ふつうは1人で船に乗り、トモ(船尾)の左舷から身を乗り出して、口でガラス(箱メガネ)をくわえ海底をのぞきます。右手で右舷のクルマガイ、右足のひざで左舷のクルマガイを動かして船を移動し、えものを見つけると、両手でホコを使ってとります。
地域や時代により、漁のしかたは異なり、近年では、2人で乗り、漁場までは2人でクルマガイを漕いで移動し、漁場では1人がクルマガイを操作し、もう1人が漁をすることもありました。現在はほとんどが船外機を使用しています。
ムダマハギの各部名称
一般に、船は前部、中央部、後部の3部分に分けられます。前部はオモテ(表)、中央部はドノマ(胴の間)、後部はトモ(舳)と呼ばれます。
イソブネをはじめ、漁船の場合は作業形態から、作業する側の舷をマエフネ、反対側をウシロフネともいいます。
ムダマハギは、くりぬきの船底部材(ムダマ)に、船首の水切り部分をミヨシ(水押)と、船尾の部分のトダテ(戸立)を付け、これにタナイタ(舷側板)を付けます。
イソブネの内部には、補強材としてアバラを入れます。タナイタの補強には、コベリ(小縁)を付けます。
また、トダテの後ろには、カジ(現在は船外機)を付けるトコ(床)を付けます。船を引き上げる時にロープを結んだりする横俸をカンヌキといい、船の前部にはオモテカンヌキ、後部にはトモノカンヌキを付けます。帆を使用したときには、帆柱を立てるコシアテ(腰当)も付けました。これらは総称してヨコモノ(横物)と呼ばれます。
|