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平成14年度
ホスピスナース養成研究事業助成報告書
社会福祉法人 聖嬰会
イエズスの聖心病院
 
7.1 はじめに
 今年度から、日本看護協会との共催ということで、研修生受け入れの形態が変ったが、わたしたち受け入れ側にとっての思いにも変化があった。昨年までは、新入生を迎える思いであったのが、今年度は逆に、卒業生を迎える思いであった。それは、研修生が専門的な講義を受講した方々であり、終末期ケアの学問的知識を備えた方々であるということから、わたしたちに緊張感があったためのものと思われる。また一方では、それだけに関わりがいがあったということも出来る。そういう意味で、今年度は、より効果的実習ということに意を用いたということが言える。そして、研修生からも多くのことを学ぶことが出来た。そのことを土台にして、今年度の報告をしたい。
 
7.2 事業の目的・方法
1. 目的
 今回の研修生は、講義を受講済みの人たち、即ち知識としてのホスピスケアは知っている人々である。その知識を現場で共に体験し、納得し、評価することだと考えた。そこで、当院のホスピス観が、(1)人生の終末期を迎えた人たちが、(2)その人らしい生を完成するための援助プログラムである、(3)身体と心と魂の安らぎを目指します、(4)患者・家族が主役です、であることから、目的を「その人らしい生を完成するための援助のあり方を体験し学ぶ」とした。そして、具体的には以下の項目を設定することにした。
・終末期を迎えた人々の心の動きを知る。(聴く)
・チームケアとしての看護師の役割を体験する。
・家族ケアの実際を体験する。
・コミュニケーションの実際を体験する。
・全人的ケアとしてのスピリチュアルケアの大きさを体験する。
・ホスピスケアについて、体験を通して自分の言葉で表現出来るようになる。
2. 方法
 担当の看護師が、3週間のプログラムを予め作成し、研修生に提示する。その中味は、常にスタッフと共にということである。ボランティアと共に、ケアワーカーと共に、看護師と共にということであり、個々の役割を共に体験するということである。そのときの講師は同伴者であり、ボランティア、ケアワーカー、看護師である。各週の週末には反省会を開いて、看護師長、担当者と、その週の実習を評価し、課題を明確にして次週に備えた。また、いろいろ体験するという意味から、朝礼、カンファレンス、面談、動物介在活動、イベント等、全ての病棟業務に参加してもらった。
 
7.3 内容・実施経過
1. 病棟研修
第1週
・第1日目にオリエンテーションを行い、研修の目的・目標を明らかにする。
・施設の特徴とその理念を理解するため、ビデオを観、その説明をする。
・ボランティア・ケアワーカーと共に行動する。
第2週
・チームケアとしての看護師の役割を、共に体験する。
・担当看護師と共に患者を受け持ち、主な症状とその理解、マネジメントの実際を体験する。
第3週
・入院の相談、家族面談、遺族ケアまでの流れを体験する。
・必要に応じ、在宅ホスピスケアの実際を体験する。
2. 講義
 原則として講義は行わないが、次の2点についてだけ例外として行った。
・パストラルケアについては、連日行った。その理由は、ホスピスにおける即ち治る見込のない人々の心の痛み、その表現、関わりには、専門的知識が必要であり、大切な役割を果たすものであることを、共に学ぶためである。
・各スタッフのミニ講義を、実際の研修場面において疑問が生じたとき、短時間で行った。
 以上2点の時間を合計すると、一人平均9.8時間になっている。
 
7.4 成果
 今回の研修は、体験することであり、体験を通しての「驚き」が大切だと考えている。今日までの研修生自身の考え、体験と、当院でのケアに差が生じたとき、良い驚き、悪い驚きがあると考える。成果については、良い驚きに目を向けて報告したい。
1. ボランティア、ケアワーカーの体験
 この実習は、ボランティア、ケアワーカーが、チームケアを主軸とするホスピスで、どんな役割を担い、実務を果たしているのかを体験し、その大切さを知るためである。
 15日間の研修中、5日間をとることに抵抗を感じるときもあったが、研修生の多くが、ボランティアもケアワーカーもいない病棟勤務者であったことから、この研修の成果は大きかった。看護師の働きは、こういった人達に支えられており、ホスピスケアはそれぞれの役割分担から成り、チームケアであるということを実感されたと思う。研修生からは、「ボランティア、ケアワーカーの働きがあってこそ、看護師のあの静かな患者さんとの関わりが出来るのですね」「ボランティア、ケアワーカーとし、看護師を観ることが出来た」「この実習を通して、看護師の姿が明確に客観的に見える」等の声を聞き、プラスの評価と考えられる。
 
2. スタッフと共にする研修
 研修者を受け入れるに当たっては、常に「共に」の研修を行った。今回の研修生は、講義即ち座学を終えた方々であって、講義と実際の違いも感じられたことと思う。そういう時、今回は講義の時間をとっていなかっただけに、現場で行うミニ講義はとても効果的だったと、研修生の多くが語ってくれた。
 一方、スタッフにあっては、講義を受け専門的知識を持った研修生であるが故に、それが緊張をもたらすことにもなっていると考える。今回初めて、スタッフに対して、研修についての意識調査を試みた。その結果は、次の通りであった。
回答率11/12名(92%)
(1)研修者がいつも共にいることは?
・いやである ・仕方がない ・好きである。
 仕方がない、が100%であった。しかし、研修生が看護師長や主任の場合で自分の心身が疲れている時は、いやであると考えている。
(2)研修生を受け入れるについての利点・難点についてどう思うか
<利点>
・自分自身のケアを振り返り、裏付けができる
・情報交換ができる
・緊張感が維持できる
・新しい学びがある
<難点>
・ぺースが崩れ、ケアのゆとりが失われやすい
・教えることがなくて申し訳ない
・疲労が大きい
・患者への気づかい
 以上の結果は、研修の成果を考えるとき、多くの示唆を与えているように思える。利点・難点を見たときに、利点については更に深め、難点については改善しなければならないが、それが分かったことは受け入れ側にとっても成果であった。
3. パストラルケアの講義
 毎日30分の講義を行った。この目的は、スピリチュアルケアを理解するため、及び研修生自身のスピリチュアルケアのためと考えている。スピリチュアルケアの理解とは、「一人ひとりを大切に」という当院の創立当初からの理念と、ホスピスケアとしての全人的ケア、中でもスピリチュアルな患者さんの“叫び”である「何故、この病気になったのか」「治らないのであれば、早く逝きたい、逝かせて下さい」等のことばを、どのように受け止め、支えることが出来るのかを学ぶことである。
 今日まで、対象者の霊的な痛み、叫びを、看護の対象としていなかったとの思いがあるだけに、大切な「ケアの核」として伝えていきたい。
 患者さんのことばを中心に分かち合っているうちに、研修生も「新鮮な思いがする」「この時間は心の憩いのとき」と言った人もあり、これは研修生自身の心のケアとも通じていると考える。
4. 研修生自身の記録から
(1)評価表から
 研修生自身の評価として既に提出されている。評価はa、b、cの3段階であるが、例えその評価がb、cの評価で低いものであったとしても、その理由を自分のことばできちんと表現できていることは、真剣に研修に取り組んだからこそ表現できるものであると考える。理由の中には、ホスピスをよく理解した上での表現もあり、そういう意味では、ホスピスとは何か、身体的・心理的・杜会的・霊的なケアを自分のことばで表現できるようになる、というこの研修の一つの目的については、一定程度達成できたものと考える。
(2)研修生の記録から
 研修生が良い意味での驚き、或いは強い印象を記録に残していることは、成果として評価できると考える。その中に、次のような記録があった。
・「実習をしていて、患者さんの反応がとても新鮮に感じられる。まるで看護学生の時のような体験を思い起こさせる」
・「普段、自分は自分のニードだけを満たし、患者さんのやって欲しいことを見落としていないだろうか。○○看護師のことばをもらい振り返った。そのことばが心に染みた」
 これらの記録から、研修生が実習の中で、新鮮さを感じている。今日までのケアの態度を振り返っている。看護師のことばが心に染みている。これらは、当院での研修の成果ととらえたい。
(3)研修生のことばから
 これには多くのことばがあるが、印象に残っていることばに、次のようなものがある。
・「申し送りの中味から、ホスピスケアが何に重きを置いているのかが窺えた。それは、排便、食事の申し送りに現れている」
 当院のホスピスケアの中味は、「五つの快」と言える。それは、快食、快便、快眠、保清、疼痛コントロールということになる。そのことが、最初の申し送りの中で、一つのカルチャーショックとして感じられたようである。
・「静かである。看護師の関わり方が非常に印象的」
 静かということについては、スタッフはあまり、いや全く意識していない。しかし、静かな環境ということは、自然な家庭的ということにもつながり、この静けさを感じとっていただきたいと考える。
 関わり方については、患者さんの話や望みをまず良く聞く、そして良く説明するというやり方である。急性期病棟に勤務する研修生にとっては、これも驚きであったようである。
・「医師の説明の仕方が印象的であった」
 このことは、インフォームドコンセントの体験ができたものと評価したい。
・「お別れの集いが印象的だった」
 お別れの集いは、一つの死別ということの確認、スタッフと患者との関わりや学びを分かち合う、死者家族への感謝、の三つの目的で行っている。これを通して、遺族ケアにつないでいくことになるが、遺族の方々の「あのお別れの集いはとても良かった。あれで葬式が終わったとさえ思った」とのことばを時々いただくが、研修生が印象的と感じ取ってくれたことは、成果と考えたい。同じ目的で、個々の形で、各施設で行っていただければと願う。
 
7.5 おわりに
 研修生を迎えることは、受け入れ側にも緊張が生じることであるのは確かである。そのことは、スタッフのアンケートからも明らかになった。同時にスタッフは、その緊張こそが学びであり、自分を成長させるものである、とも言っている。
 受け入れの難点として記した、ぺースが乱れる、疲れる、患者への気づかいについて、今後のスタッフ養成へのヒントが与えられていると受け止めたい。
 どこまで、スタッフの声を受け止め、それを緩和できるのか、当院の力量が問われているとも考えられる。
 以上、研修生を通して、多くのことを知らされ、刺激を受け、前向きにさせていただいたことに感謝をし、報告としたい。







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