第2章 高齢社会における福祉サービス
−連合総研『検証:介護保険制度1年』(2001)より
2000(平成12)年4月に介護保険制度が導入されてから、家族介護者の負担は軽減されただろうか。2001(平成13)年に連合総研により実施された調査では、家族介護者の負担は減っていないという結果が報告されている。
連合総研が1994年に実施した家族介護者に対する調査では、「在宅で介護する家族の3人に1人が介護しているお年寄りに対して憎しみの感情を抱いている」ということ、「家族介護者の約半数に虐待の経験がある」という調査報告が出されて注目された。この調査結果はその後、厚生白書に取り上げられるなど、介護保険制度の創設を推進していく上での足がかりともなった。
介護保険制度が開始して1年、前回の調査から7年を経った。この7年間に、サービスの利用はどのように変わってきたのか、家族介護者の負担はどう変わったのか、などを明らかにすることを目的とし、再度の調査を実施することとなった。今回の調査では、前回調査と同じ状況の調査対象者に対して、前回使用した質問も加えた。
調査の結果では、「家族の負担感はほとんど減っていない」という結果であった。介護保険制度が開始してわずか1年後の調査のため、この結果で介護保険制度の効果を評価することはできない。介護保険制度が始まってから、各サービスの利用が伸びていることは、自治体や関係団体が実施している調査で報告されている。しかし、家族の負担感は減っていないことに着目する必要があるだろう。
連合総研の調査結果から、以下5点をまとめる。
第一に、特別養護老人ホームの希望者が増加している。実際にも、特別養護老人ホームの待機者が非常に増加している。
第二に、在宅サービスの中でも、デイサービスやショートステイという通所型サービスの人気が高い。これはヨーロッパの国々とは少し違う。特にスウェーデンでは、子供の家族と同居することはほとんどないが、デイサービスよりもホームヘルプの充実を求める声が強い。この違いは家族との「同居」という特殊性が与えていると思われる。24時間一緒に生活している家族としては、介護を必要とする高齢者と離れて過ごす時間を望んでいる。ホームヘルプ等の訪問系のサービスよりも、高齢者と離れていることができるショートステイやデイサービスに対するニーズが非常に高いのは同居が要因だと思われる。
第三に、ホームヘルプの仕事に関する議論がある。調査では、ホームヘルパーの仕事に「話し相手」を望む声が多くなっている。ホームヘルパーは、「話し相手」ではなく、介護の専門家である。ヨーロッパの国々では、「話し相手」については別のコミュニティサービスやボランティア団体が担っている。日本の中では、ホームヘルプの仕事について、非常にあいまいな部分がある。
また、ホームヘルパーは在宅での医療行為を法的に認められていないにもかかわらず、現実には痰の吸引や褥瘡の手当てなどの簡単な医療行為を要望する家族も多い。実際にもホームヘルパーが在宅で医療行為を行っているという結果も出てきている。
第四に、施設入所が、家族介護者の都合や体調で決まっている。施設入所を希望する中では、「本人が希望している」という回答はほとんどなく、「介護者が疲れ果てた」、「仕事で介護者がいない」等、家族介護者の体調や都合で施設入所が決まっていることが明らかになった。
第五に、家族介護者の負担感が減っていないということである。1994年の調査と同様に、家族介護者のストレスをはかる指標として「憎しみ」という言葉を使い、「あなたは要介護者(お年寄り)に対して、「憎しみ」を感じることがありますか」という問いを設定した。家族介護者に3人に1人は、要介護者(お年寄り)に「憎しみ」を感じているという状況は、7年前とほとんど同じ状態であった。
どのようなタイプの家族介護者に憎しみの感情が生まれているのか。
性別でみると、女性が憎しみを感じているケースが多くなっている。「妻、嫁、娘として介護をせざるをえなかった」人に、憎しみを感じている人が多い。一方で、「自分で(介護を)希望した」人には憎しみを感じていない人が多い。
本人の希望ではなく、家族の事情で自分がやらざるを得なかったという家族介護者に介護の負担感が高いようである。
介護者の健康状態の影響も大きく、健康な人には憎しみを感じていない比率が高い。病気がちで通院している人に、憎しみを感じている人が多いという相関関係がみられる。
介護者との関係では、自分の母を介護している人には憎しみが比較的少なく、配偶者の父母を介護している人には憎しみを感じている人の割合が高い。
痴呆の状態でみると、痴呆の状態がある人を介護する人に憎しみを感じている人が多い。
介護期間では、介護期間が1年を超えると憎しみを感じている人の割合が増えている。逆に、介護期間が1年未満の人には、憎しみを感じていない人が多い。1年程度が家族介護の限界といえそうである。
要介護度では、一般に、介護度が重い人を介護する人ほど負担感が大きいようにみえる。しかし現実には、「要介護2」の人を介護する人に憎しみを感じている割合が高い。寝たきり状態になっている人より、軽い痴呆が始まったぐらいの人の方が介護の負担感が大きいといえる。
現在困っていることの中で「精神的な負担が大きい」、「いつまで要介護が続くかわからない」、「介護保険対象の施設に入れない」と答えている家族介護者に、憎しみを感じている人の割合が高い。
利用しているサービスをみると、ショートステイを利用している人に憎しみを感じている人が多い。
今後利用したいサービスをみると、グループホームや特養の利用希望者に憎しみを感じている人が多い。
日本で在宅介護サービスを一層充実させていくためには、「同居」をどうとらえるか、家族介護者と要介護高齢者との人間関係をどう築くかという一点が重要である。ホームヘルプを増やそうとしても、独居世帯や老夫婦世帯で生活するスウェーデンやデンマークとは異なり、日本の持つ「同居」という特徴を考えないと、特にホームヘルパーの伸びというのは限界があるのではないだろうか。
要介護になったら同居するという日本の現状では、デイサービス、託老所などの通所型サービスのニーズが高く、要介護高齢者と家族介護者の距離を持たせるための施策を柔軟に考えていく必要がある。
在宅福祉の充実は、介護保険制度の目標の一つである。しかし残念ながら、現状では施設ニーズが高まっている。施設入所希望は、要介護高齢者ではなく同居家族からの要望が多いといわれる。この施設ニーズの高まりをある程度おさえていくためには、日本人の住まい方を考え、上手なサービスの組合せを提示していく必要がある。
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