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●日下公人東京財団会長のコメント
みんな忘れているマンガの恩
 人はだれでも子どものときからマンガに親しんで、好きなマンガを持ち、それから尊敬する作者を持っています。それで大人になっているにもかかわらず、高校、大学で難しい文章を覚えるとそれが自慢になって、それで偉くなったような顔をしておりまして、昔のマンガのご恩を忘れているのは実にけしからんことであると、いつもそう思っております。
 東京財団の会長になりますと、ありがたいことに、お金がたくさんありまして、このお金を使って日本のためになると思うことをやんなさいと言われるので、いろんなことをしておりますが、その中の一つが日本のマンガ界というのは世界一なんだと。こういうことにお金を使っております。
 このお金がどこから来るかというと、実は競艇です。競艇というのはばくちだそうでありまして、日本ではそれは悪いことになっているようですね。悪いなら禁止すればいいのに、3.3%の上納金を出せばやってもよいことになっているんです。その上納金は日本財団に入りまして、曽野綾子さんという方が600億円ぐらいのお金を世界のために配っています。そのなかの一つとして、日下さんにも1億円や2億円ならあげますよといって、東京財団にくれます。
 
ミャンマーで「赤銅鈴の介」
 いろんなことをやっておりますが、例えば、ミャンマーヘ日本のアニメを贈っています。ミャンマー語に翻訳しましょうかと言うと、日本語のままやってください、子どもはすぐ日本語を覚えますって。それで、「赤銅鈴の助」を去年1年間、土曜日の夜7時、ミャンマー国営テレビで流したんです。すると子どもが大変よろこんで、ヤンゴンの町の中でチャンバラをするようになったそうです。真空切りだとか言って。しかも男の子たちが、男の子は強くなければいかん、一心不乱に何かに励まなくてはいかんという気持ちになったそうです。日本のマンガには自然に日本の心が入っていますね。続いて「一休さん」がいいと。ミャンマーは仏教国ですからね。これも、もうじきに始まる予定です。
 アニメを贈るのは、たかだか何百万円かでできることなんですけど、これを東京財団がやろうとすると、あらゆる方面から反対の圧力がくるんです。これはもうあきれたもんです。あそこは軍事政権だから、日本はミャンマーと仲良くなってはいけないと。これはアメリカからかかってくるんです。アメリカは今、ミャンマーを締めてるから、日本も一緒にミャンマーを締めつけろ、援助しちゃいかんと。何言ってんだ、と言えばそれで通るんですよ。すぐ遠慮するのがいけない。
 
マンガに残る大和魂
 先週は台北へ行きました。世界中から集めてきた本を並べて安く売るブックフェアが台北でありまして、今年は日本の本の年なんです。台湾の若い人がたくさん本を買いに来ているところで、里中満智子さんに話をしてもらいました。里中さんが最初に、私の本は何千万部も売れたんですよって言ったら、台湾の人はもうあきれちゃってついていけないわけです。人口2,000万人ですから。
 どうしてそんなに一生懸命マンガを描くんですかと聞かれて、里中さんの答えは、
「それはマンガが好きだからです。描いて描いて描きまくって、読んでくれる人がいて、こんな幸せなことはありません。私がまだ少女のころ、マンガ家になろうと決心をしたと言うと、学校の先生が猛反対をした。お母さんには、マンガなんか描くのはうちの子じゃありませんと言われた。でも描くと決心した。
 マンガを描くのは自分一人で何でもできる。あらすじも、結論も、主人公も、何でも自分で勝手に作って描けばいいわけです。マンガというのは、だれに気兼ねも遠慮もなく、自分で初めからしまいまで一人でできる自由がある。最初のうちはあまり注文はこなかったけど、30ぐらいになったころは、注文が多過ぎて、連載が10本もあったりして、夜も昼も寝ずに書いていた。
 先ほどからここへ出ている台湾の人たちは、台湾ではまだ貧乏だからだめだとか、中国ではコンピューターのすごい機械が使えないとか、警察が来て取り締まられるとか、情けないことばっかり言ってるけど、マンガが好きで描かずにいられなければそんなことは問題じゃない。描いて描いて描きまくって死ねばいい。描けるなんて、こんな幸せなことはない。みんなそう思いませんか」
 私は、大和魂というのはもうどこかへ消えてなくなったかと思っていたが、いいや、女性にはある、マンガにはあると思って聞いていました。
 
韓国の日本文化パクり学科
 そんなようなことで、マンガをもっと見直そうと思って、牧野先生にお願いして、もう2年間ぐらいですか、マンガ関係の人たちに集まってもらっていろいろ議論をしていただいて、これを関係新聞に載せたりというようなことをしてきました。
 しかし、偉いのは韓国の金大中大統領でありまして、あの人は日本のマンガを勉強せよ、日本のアニメを勉強せよ、日本の連続テレビドラマを勉強せよと、文化予算の1%はそれに使う。それが日本の文化を、よく言えば学ぶ、悪く言えばパクることに使われたんですね。先ほど牧野さんもおっしゃったように、韓国では20の大学に日本文化パクり学科というのができまして、たくさんの若者が一生懸命にパクって、これを中国へ持っていった。そうすると中国の人が、3年前までは日本にあこがれていたのに、みんな韓国にあこがれるようになった。連続テレビドラマに何度も出てくるのは韓国の男女ですから。
 台湾の人に、あれはみんな日本のまねですよと言ったら、台湾の若者が「知ってます。だけど日本のものはわかりにくい。韓国のはわかりやすい。韓国のは善玉と悪玉がはっきりしていて、善玉は見るからに美男子、美少女で、安心していられるが、日本のものはひねくれていて、主人公の善玉の男が結構悩んだりするから具合が悪い。日本のものはひだがあり過ぎて、我々にはまだついていけない」と言うんです。
 
アジアの若者は日本を見ている
 シンガポール大学の呉偉明教授は、彼の日本学のコースは1人も休む人がいないと言っていました。みんな必ず出席して、1日でも早く、少しでも余計に日本のことを勉強しようとしている。それは、日本の連続テレビドラマやアニメを見て、もうすっかり日本にあこがれているからです。学生に、来世は何国人に生まれかわりたいかというアンケートをしたら、1番はもちろんシンガポール人なんですが、2番は日本人に生まれかわりたいというのが25%もあって、アメリカ人、イギリス人、イタリア人を合計して10%という結果が出た。これでシンガポールの偉い人たちがびっくりしたんですね。特に華僑の新聞は、朝から晩まで日本の悪口を書いているのに、若者は日本が好きになっていると驚いたそうです。
 日本の若い男女のまねもします。ナンパもする。漢字では「追女」と書くそうですね。あそこは儒教の国ですから、親の許しもなく女性に声をかけてはいけないんだけれども、追女ならいいだろう、日本のまねだと思ってやっている、という話をしておりました。
 「ロンドンエコノミスト」という雑誌にそういうことが書いてありました。呉教授が教えたのかわかりませんが、ソローさんのヘッジファンドにやられて以降、アジアのビジネスマンはすべてアメリカの方を見るようになったが、アジアの若者は日本を見ていると。心はもう半分以上日本人になっている。日本は外交の上でも防衛の上でも大変な得をするだろうと。オールアジアに半分日本人の若者ができている、と書いてあるんです。
 私が、その記者に会ったら言ってやろうと思ったのは、何もそんなのはアジアだけじゃなく、イギリスもそう、ヨーロッパもそう、アメリカにだってもう半分日本人になったような子どもはいっぱいいるということです。それが日本のマンガ、アニメの力なんですね。
 
ピカチュウが変える世界のスタンダード
 特にアメリカですごいのはポケモンのピカチュウです。アメリカの子どもの心をつかまえてしまったわけです。ピカチュウは、「ピカチュウ」とか「ピカピカ」としか言いませんが、これはアメリカの文化の根本を揺さぶるんですね。
 向こうでは、インテリというのは言葉が使える人のことなんです。だから、アメリカのお母さんは子どもに、おなかがすいたか、朝飯を作ってほしいか、卵はボイルドエッグ、フライドエッグ、スクランブルエッグ、何がいいか言わせる。ボイルドエッグと言ったら、3分か4分か5分かまで言わせる。それが子どもが生きていくために必要な教育だというのがアメリカの社会です。
 ですから、日本のビジネスマンが、「どうぞよろしく、お任せします」と言うと、むちゃくちゃされるわけです。それで怒って抗議すると、お任せすると言ったじゃないかと言われて、裁判で負けてしまうんですね。アメリカと取引するときは、ちゃんと5分間とか6分間とか言わなければいけないんです。「適当に」「ほどほどに」「お任せ」なんて、絶対言ってはいけないんです。よっぽど仲良くなれば別ですけどね。
 ところが、ピカチュウは「ピカチュウ」としか言わないのに、それでもちゃんとわかる。黙っていても通じる、察し合うことができるというので、アメリカの子どもは自信を持ったわけです。ですから、あのマンガがもっと広まって今から20年もたつと、アメリカの裁判も日本の裁判にだんだん似てきて、「だいたいこのへんでいいんじゃないですか」「そうですね、では懲役3年」とかなるかもしれない。日本の裁判は、実はそうなんですよ。そうでないという人がいたらいつでもお相手いたします。日本というのはそういう国なんです。
 
 アメリカもだんだんそういうふうに変わるんじゃないかと思っておりますが、日本のマンガ、アニメはそういう目に見えない影響を世界に与えております。世界中の子どもが日本人の子どもに似てくるというのは悪いことじゃない。世界が平和になって、今のようなぎすぎすした戦争だらけではなくなるんじゃないかと期待しております。
 日本人の心のこもった日本のマンガ、アニメを何とかして世界に広げるのは世界平和のためであると、たいへん大げさですけれどそう思ってこんなことをしておりましすし、土曜日の午前中からこうやって集まって聞いてくださる皆様に期待しております。世界がよくなる我々の活動にどうかご賛成くださるようお願いして、私のコメントといたします。
 どうもありがとうございました。







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