日本財団 図書館


アニメーションのプロデュースと作業の実際
―プロデューサー、脚本家の心意気―
清水慎治(東映アニメーションプロデューサー)
「おさわがせ! スーパーベビー」「蒼き伝説 シュート!」「ゲゲゲの鬼太郎 大海獣」「金田一少年の事件簿」「ゲゲゲの鬼太郎 お化けナイター」「ゲゲゲの鬼太郎 妖怪特急!まぼろしの汽車」「銀河鉄道999 Galaxy Express エターナル・ファンタジー」「ONE PIECE ワンピース」他多数。
 
 清水―いろいろなアニメーションを手がけていますが、きょうはワンピースの話を中心にします。
 僕は、ゲゲゲの鬼太郎や金田一少年の事件簿のアニメーションを作っていましたが、それが終わってワンピースを担当することになりました。ワンピースは「少年ジャンプ」というマンガ雑誌に連載されている、大変人気のあるマンガです。ですから最初から、アニメーションも絶対にヒットさせろと言われて、とてもプレッシャーを感じましたが、少なくとも2年以上続けようと思いながらスタートしました。
 ドラゴンボールはマンガも15年ぐらい週刊誌に連載されましたが、アニメーションも11年続きました。周りはワンピースも、そのドラゴンボールと同じくらいヒットさせろとプレッシャーをかけてくるのです。
 原作者の尾田栄一郎さんは、24、5歳ぐらいです。尊敬する漫画家は鳥山明、好きなマンガはドラゴンボールだそうです。
 原作は、非常に若々しく、元気で、明るいマンガです。僕は、ご覧のようにジジイですから、僕の感性でやるとジジイのものになってしまうので、僕以外は全部若いスタッフにしました。そして、明るく、元気に、楽しくやろうと、みんなに言いました。僕たちが、元気で明るく、楽しく作っていれば、絶対にそれが画面から伝わるのではないかと思うからです。
 テレビ番組のプレゼントなどに応募してくるのは、ヒットしている作品で1万通ぐらいですが、ワンピースの場合は30万通ぐらい来ることがあります。そういうときは嬉しいですが、責任も感じます。トラブルがあっても、みんなが僕たちの番組を楽しみにしているのだから、僕たちは元気に頑張って作ろうとスタッフに言っています。
 ワンピースは、モンキー・D・ルフィという海賊が主人公で、仲間とともに自分たちの夢に向かって航海し、いろいろな島や町で冒険に遭遇しながら成長していくという物語です。今までの冒険ものと違うワンピースのおもしろさは、1つは、仲間を集めていくところでしょう。仲間は今のところ7人いて、最終的にはもっと多くなりますが、それぞれがそれぞれの夢に向かって突き進んでいきます。そして、仲間だけれど、互いにべたべた寄り掛かっているのではなく、各々が別々の夢を持ちながら、個人としてちゃんと生きているのです。
 マスコミが取材に来て、ワンピースはなぜヒットしているのか、どこがおもしろいのかと訊ねられると、僕は一言で言うなら「アナログだから」と答えます。世の中は今、人間関係も物事もデジタル的に、合理的になって、無駄をなくして生きていこうというときに、原作のワンピースは仲間や友情を信じながら、自分の夢に向かって、希望を持って生きていくという、当たり前のことを大変ピュアに描いているところが最大の魅力だと思います。
 また、敵と闘うときにワンピースでは、武器を使わない。ゾロは剣を使うけれど、ルフィは素手で闘います。「ゴムゴムの」と手を伸ばして殴るという、これも非常にアナログ。殴るということは、相手にダメージを与えたとしても、殴るほうも痛い。武器を使うと、自分は痛くないですね。
 今、日本では子供があまり喧嘩をしなくなりましたが、喧嘩の大切さは、殴れば自分の手もハートも痛いことです。それがワンピースでは、声高ではないけれど、説明されているのではないかと思います。いろいろな投書や葉書が来ますが、小中学校の先生からもたくさん来ます。自分で見て、いいアニメーションだと思うので、子供たちにも勧めていますという葉書が来ると、とても嬉しいです。
 といっても、ワンピースは別に教育的に作っているわけではなく、僕たちはあくまでも冒険活劇として作っています。毎回、ルフィたちよりも強力な敵を出して、主人公たちがやっつけるという、わくわくするようなアドベンチャーものにしたいと思っています。
 アニメーションのワンピースは3年目になります。来年(2003年)春には4本目の映画が公開されますが、今度は初めて90分の長編で1本立てになります。すごくいい映画になると思っています。
 ところで、ワンピースのテレビ放送は、ヨーロッパではすでに始まっていますが、アメリカではまだです。見た人は非常におもしろいと言いますし、多くのバイヤーが買いたいと言ってきますが、アメリカで放送するには2つの問題があります。何が問題かわかりますか。
 
 学生―タバコを吸うシーンがあるからではないでしょうか。
 
 清水―その通りです。サンジのタバコが、アメリカで放送する場合のネックになっています。全米で公開すれば全世界的なヒットにつながるし、僕としてはワンピースはドラゴンボールを越えると思っているので、原作の尾田さんにはタバコについてはなんとか考えようと話しています。
 もう1つの問題は、暴力描写です。暴力描写には気をつけているつもりですが、ワンピースが持っている「傷を負うからこそ」というか、暴力を完全に無視してアクションは成立しないので、過剰にならないようにしながら敢えて暴力描写を入れています。
 
 学生―ドラゴンボールにも暴力描写がありましたが、ワンピースはどこが違うのですか。
 
 清水―基本的には同じですが、ドラゴンボールは登場人物がみんなスーパーサイア人という超人で、人間じゃありません。ワンピースでは、血も赤いし、そのへんは気をつけているけれど、どうしても生々しくなってしまう。でも、相手に殴られて、その痛さがあるからこそ相手に向かっていくので、暴力はアクションを描く場合には絶対に切り離せない。ただし、人が、見苦しいとか、嫌らしいと思うものにはしたくないです。
 日本のアニメーションはドラマを描く、人間を描くので、暴力描写も切り離せなくて、それを入れながら、いかに作品を作っていくかが、僕たちのテーマになっています。
 
 学生―ドラゴンボールもやはり、ヨーロッパでは公開され、アメリカでは公開されなかったと思いますが、同じ理由でしょうか。
 
 清水―ドラゴンボールの場合は扱う業者の問題だと思います。ドラゴンボールやセーラームーンは、当初はそれほどヒットしませんでしたから。数年前からドラゴンボールZがヒットしていますが、僕の個人的意見では、ドラゴンボールZよりもドラゴンボールのほうがおもしろいと思います。ドラゴンボールZがヒットしたのは、アクションがゲームなどと連動できたからだと思います。
 しかし、ワンピースをヒットさせたいと思っているのは、アクションもあるけれど、基本はドラマがあるからです。
 
 学生―日本では全ての年代の人がアニメーションを見ますが、ヨーロッパはどうでしょうか。アメリカではアニメーションは、低年齢層の子供たちが見るものという感じですが、そのためにタバコと暴力描写の問題がネックになっているのでしょうか。
 
 清水―その通りです。日本では、アニメーションを家族で見られる時間帯に放送します。僕たちは、生まれたときからマンガがあり、アニメーションがあるので、大人も含めてアニメーションに対する抵抗感はあまりありません。
 ワンピースは、日曜日の夜7時半から放送され、1千万人が同時に見ています。アメリカやヨーロッパのように、早朝の子供が見る時間帯に放送するのとは、全然伝わり方が違います。アメリカやヨーロッパで、ドラゴンボールZのようにアクションがおもしろく、深くドラマを突っ込まないアニメーションが受けるのは当然だと思います。
 でも、ワンピースを見たアメリカやヨーロッパの人たちは、「大変おもしろい。ちょっと暴力が行き過ぎているけれど、ぜひ、みんなが見る時間帯に流したい」と言ってくれて、実現できるよう各々の国で頑張ってくれています。
 今までの日本のアニメーションというと、どうしても1つの形で受け取られていましたが、ワンピースを通してアニメーションのドラマを伝えたい。こういうのも日本のアニメーションだと、世界中の人たちにわかってもらいたいと考えています。
 
 学生―アメリカでは、セーラームーンもドラゴンボールもケーブルテレビでなければ見られませんでしたが、もっと大勢が普通に見られるようにしたいということと関係ありますか。
 
 清水―あります。
 
 学生―セーラームーンが海外で成功するために、ホモセクシャルの描写を変えたり、性別も変えてリリースされたそうです。ドラゴンボールでもそういうことがあったそうですが、ワンピースは先ほどの問題に関してどこまで変えるのでしょうか。
 
 清水―変えなければ放送できないというなら、変えてでも放送できるようにしたいと思います。もちろん、大幅に変えるのではありません。例えばサンジのタバコを消すだけで作品がだめになるとは思っていません。ワンピースの素晴らしさを、できるだけ多くの人に知って欲しいのです。
 
 学生―アメリカの会社に直接権利を売るのですか、それともアメリカの1つの会社に権利を渡して、そこから広げていくのでしょうか。
 
 清水―後者です。
 
 学生―そのアメリカの会社が内容を変えるのですか。
 
 清水―変更に関するコントロールを持っているのはこちら側です。まだ具体的な話には至っていませんが、基本的には変えないで放送して欲しいと思っています。
 
 学生―ハイビジョンテレビで見るとアニメーションのキャラクターが立体的に見えるのですが、これからワンピースをハイビジョン的に制作する予定はありますか。
 
 清水―当分はありません。お金がかかるというだけではなく、先ほど言ったように1千万人以上の人が見ていますが、ハイビジョンテレビを持っている人はまだ少ないからです。しかし、将来はそうなるでしょう。
 
 学生―ワンピースはどのくらいの長さの作品になりますか。
 
 清水―わかりません。尾田さんはすでに5年近く原作を描いていますが、アニメーションは3年で原作に追い着いてしまいました。
 
 学生―マンガにアニメーションが追い着いたということですが、原作者はアニメーションにどのくらい関わっているのですか。
 
 清水―原作者の尾田さんは本当に働き者で、1日の睡眠時間が週のうち4日間は1時間、ストーリーを考える2日間は6時間、休みの1日は15時間寝ているそうですから、平均すれば1日4時間睡眠です。それで「週刊少年ジャンプ」に連載しているマンガを、絵とストーリーを尾田さんが1人で考えて、アシスタント4人を使って描いています。
 テレビのアニメーションは、「少年ジャンプ」の2週間分で1本を作ります。だから、アニメーションがマンガのストーリーに追い着いてしまったのです。ワンピースが1話完結のマンガなら、僕たちは同じキャラクターを使って原作とは別のストーリーのアニメーションを作れますが、ワンピースには大河ドラマのようなストーリーがあって、尾田さんの頭の中ではすでに最後まで話ができているのです。僕の個人的な感じですが、尾田さんの構想では、まだ全体のストーリーの半ばにも達していないのではないかと思います。これから先が今まで以上に長いのに、もう原作に追い着いてしまったわけです。
 ちなみに、皆さんに尾田さんから聞いた秘密をお話しましょう。ワンピースというのは、ひとつながりの財宝という意味です。こうしたファンタジー系では、最後になっても宝は見つからず、宝はキミの心の中にあるんだといった哲学的な結末がよくあります。でも、ワンピースという宝は必ずあるそうです。海賊王になりたいというルフィの願いはどうなるかわかりませんが、ともかく尾田さんは最後までちゃんとストーリーを考えているのです。
 僕たちはどうしても原作を追い越すわけにはいきません。僕たちのスタッフがストーリーを作るのは簡単なのですが、別のストーリーを作るとそれはワンピースではなくなるし、原作の結末に向かうストーリーは尾田さんしか作れないからです。ではどうするかというと、僕たちは、オリジナルに絡みつつ、螺旋を描くようにストーリーを作っていくしかありません。オリジナルからちょっと離れてからオリジナルに戻り、また離れて戻るというようにします。
 ワンピースのコミックスは現在、27巻まで出ていますが、第25巻は254万部という日本新記録になりました。コミックスはだいたい3人から5人が回し読みしますから、1千万人ぐらいがワンピースを支えているわけで、その人たちは尾田さんの原作が好きなのです。僕たちがいくらよかれと思って別のストーリーを作っても、ワンピースを好きな人たちにとっては、やはりそれは違うものだと思います。
 ドラゴンボールの最後のほうでも、やはり原作に追い着いてしまいましたが、そのときは原作のゲラ(校正刷り)をもらってシナリオを起こし、絵を描きました。アニメーション1本作るのに普通は5ヶ月ぐらいかかりますが、ドラゴンボールの最後のほうでは2ヶ月半から3ヶ月ぐらいで作っていました。これからワンピースはまだまだ続くのに、そういう大変な思いをするのかと思うと、尾田さんも寝ないで頑張っていますが、僕も眠れなくなります。







日本財団図書館は、日本財団が運営しています。

  • 日本財団 THE NIPPON FOUNDATION