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人生の転機・・・?
滝村剛(山梨大学医学部5年)
 本フェローシップに参加させていただいたことを、心から感謝しております。思うところは多々ありますが、あまり個人的なことを書くと照れてしまうので、ここでは私がこのフェローシップで最も印象的だったことを3点ほど記したいと思います。
 
光栄なる義務
 私にとって、国際保健は以前からの興味の対象でしたが、さてその理由は?と尋ねられるとなかなか答え難いものがありました。
 そんな折り、国内研修において紀伊國先生より「それは我々現代の日本人にとっての光栄なる義務である」と大きな声で宣告され、目からウロコが落ちました。これで今後は安心して自らの関心のある分野を宣言できます。
 
NGOの視点
 フィリピン2日目、スモーキーマウンテンで暮らす子供たちの支援をしている現地NGOを訪問しました。このような子供たちに教育と健康を与えることがどれほど大事かということに思いを馳せました。行政とは一味違うNGOの活動の意義を改めて認識しました。
 
行政の視点
 その翌日は一転して、緑の芝生とキンキンのエアコンのWHOを訪ねました。世界各国の人々が世界各国の諸問題を解決するために頭を揃える光景は、何にしても良いものでしたが、WHOの先生方はやはりとても強力な方々でした。相当パワーアップせねばここには来られないと実感。しかし、いつかは・・・
 
 そろそろ進路を考えていた時期でしたが、このフェローで得たものは、私の人生に大きな影響を及ぼすことと思います。
 最後になりましたが、このような機会を与えていただいた、笹川記念保健協力財団、八谷先生、泉洋子さん、そして13名のメンバーのみなさん!本当にありがとうございました。
 この経験をいつか結実させて恩返しができればと思っています。いつのことかは分りませんが。
 
出会いと思い
長崎 忠雄(岡山大学医学部5年)
 フェローシップに参加できて良かったことは、いろいろな人に出会えたことである。国内やフィリピンにおける研修を通してさまざまな人と接することができた。そして、そのふれあいを通して、マナー・論の進め方・真摯に自分と対面することを、自分がこれから学ぶべきだと感じた。
 相手に失礼のないように、また、相手に好意をもってもらえるように、マナーは大切である。物事を分析的に解釈し、論理的に物事を構成できる人は尊敬できる。「なんとなく」・「雰囲気」、で他人に同意を求めていた私である。論の進め方を身に付けたい。自分に続く歴史となる両親・祖父母がどのように育ってきたか、どれほどの苦労をして私を育ててきたか、といった縦の視点、友人がどのように私に影響を与えてくれているのか?といった横の視点を通して自分に向き合いたい。そうして、少しでも自分を成熟させ、自分に対する誇りを持ち続けていたい。
 さて、研修中にフィリピンの子供と接することができ、日本の子供と比較をしてみた。日本の子供は、確かにいい服装はしているが、とげとげしい目つきをしていた。そこで、『日本の子供たちは、自分の好きなことをして遊んでいるのであろうか?』という疑問がふとわいた。さらに、『命じられたとおりに遊んでいる?−自分の本当にしたいことをせずに親の期待に応えようとしている』、『遊ぶときに何か役に立つことを覚えようとしている?』、と考えた。しかし、遊ぶときに何か役に立つことを覚えようとすると夢中になれなくなる・夢をみることを忘れる。遊びに「効率」を考えるとつまらない。
 また、私は、研修に行く前から時間というものを考えていた。研修に行く前、時間を有効に使おうとすればするほど面白くなくなると感じており、もやもやしていた。ただ、研修に行く前はそんなにはっきりと認識していたわけではなく、漠然とした感覚だけがあった。それが、研修を通してはっきりとしてきた。子供と接することにより「効率」を考えたことは既に示したが、この考え方が時間に対する悩みを解いてくれたのだ。私は、『余暇の時間でさえも無駄なく使わなくては』という考えをもっていた。その時間のうちにできるだけたくさんの娯楽を詰め込もうと、やたらとせわしなく遊ぼうとしていたのだ。しかし、時間を節約しようとすればするほど生活がやせ細っていった。とても不思議なことであった。だが、本当の時間ははかりきれるものではない。わずか一時間でも永遠の長さに感じられることもあれば、逆にほんの一瞬と思えることもある。目的に直結する手段を必要とするのではなく、もっと大きなものを求める、「楽しむ」ことが私には足りなかったのだ。
 日本においては、あらゆる設備が至れり尽くせりだ。ところが日本人には悩みと深い不安感もある。悩むだけの余裕があると言えるかもしれない。しかし、起こっている困難に対してわき目もふらずに対処している他国の人々に対して、未だ発生していないことを考えて心配を見つけてくるということはぜいたくである。
 以上のようなことを考えた。
 
Sabanaにて
 
果たすべき役割
江崎 歩(筑波大学医学部5年)
 私が開発途上国の保健医療に関わりたいと思うようになったのは、高校生の頃だった。飽食の時代を謳歌する日本に生まれ、溢れかえる物に囲まれて育った私は、心のどこかで同じ地球上に今日の食べ物さえ満足に得られない人たちがいるという状況を、そのまま見過ごしてはいけないような気がしていた。しかし、何かがしたいと思っても自分で経験したことも無い貧困や飢えに実感を持つことはとても難しく、何をすればいいのかもわからなかった。将来の職業として医者を選んだのは、特別な知識や技能を身につけることができ、開発途上国と呼ばれる地域で必要とされるのではないかと思ったからだった。このフィールドワークフェローシップはこれまで訪れてきた国々での経験とともに、そんな私に医者というバックグラウンドを持って世界が置かれている状況に立ち向かうことの意味を考え直す機会を与えてくれた。
 大学生活中、アジア、中東の国々を訪れて多くの人と出会い、広い地球の非常にせまい一部分だけを見て、世界の全てを知っているかのように錯覚して生きてきた自分に気づいた。出会った人たちの中には神様の存在が生活の中心にある人たちもいた。自分の国を持っている、という私にとっては当たり前のことが、当たり前ではない人たちもいた。今夜の食事にありつけるかどうかわからなくても、母親と一緒に暮らせるというだけで幸せそうに笑う子どもたちもいたし、年老いた母親の治療費がどんなに家計を苦しくしていても、できる限りの治療を受けさせようと団結する家族もあった。
 大きく分けて二つのことを学んだ。一つは、健康が経済、政治、人間関係やあらゆる意味での社会的背景と深く結びついているということである。もう一つは、私にできることは、人々から学びながら外部者でなければ気づきにくい視点からお手伝いすることであって、何かの「ない」場所、例えば医者のいない場所に「ある」場所から与えることではないのだということである。このフェローシップに参加して、これらのことを改めて確認することができた。例えば、私たちが見学させていただいたBotika Binhiは、病気になったときに薬が手に入りにくくて困っている人たちに薬を「与える」のではなく、自分たちで手に入れられるような工夫を「一緒に考えた」成果である。こんな風に、人々が何を望んでいてそのために彼ら自身に何ができるのか、そして、私にはどんなお手伝いができるのか、どんなに広い地域を見渡す活動であっても、それらのことを人々に尋ねることが出発点なのだと思う。将来もそれを肝に銘じて仕事がしたい。
 一方で健康は政治や経済と深く結びついているので、地域内の活動だけでは改善できない部分が多々ある。このフェローシップを通じて、WHO、NGO、JICAと様々な立場から国境を越えた取り組みに携わる方々とお会いすることができた。立場によって活動の手段や範囲は違っていて、それぞれに強みも限界もあることがよくわかった。
 様々な立場の方にお会いして私が学んだことは、どんな個人も、そしてどんな組織も、社会をよりよくするという大きな目標を考えたときには、欠くことのできない部分のひとつであるということだ。自分だけですべて成し遂げられると思ってはいけないし、自分が何もしなくて誰かがやるだろうなどと思ってもいけない。周りと協力しながら、自分にできることは何かと問い続け実践していくことこそが、個人にとっても組織にとっても果たすべき責任なのだと思う。このフェローシップは私に将来の選択肢をいくつも与えてくれたと同時に、どんな場所に身を置いたとしても自分の責任を果たすことの大切さを教えてくれた。
 医者の役割を一言でいうなら、「人々と一緒に考え、健康に暮らすためのお手伝いをすること」だと思う。それは病院で働くときにも、地域で働くときにも、国際機関で働くときにも当てはまる。「医者になれば何か特別な知識や技能を人に与えられるのではないか」という高校生の頃の考えは間違っていたけれど、これから与えられるであろう役割のことを本当に幸せに思う。そして、きちんと役割を果たしていきたいと思う。
 「責任」の他にも大切なことを学んだ。それは、私たちはどんな社会を望んでいるのかということを真剣に考える姿勢である。これは多くの人が当然わかっているつもりでいて、実はあまりよくわかっていないし、真剣に考えた機会も少ないのではないかと思う。しかし、この問いの答えがわからなければ、どんな活動も目指すべき方角を見失い彷徨ってしまう。逆に方角さえしっかりわかっていればそこへたどりつく手段などいくらでもあり、ひとつの道において失敗に見えたことは、別の道をゆくときには心強い経験として私たちを支えてくれるだろうと思う。
 フェローシップの仲間と、毎日のミーティングや明け方まで続いた語らいの場において、この大切な問いについて話し合うことができたのはとても幸運だった。人間にとって本当の幸せとは何なのか、どんな社会だったらいいのか・・・。繰り返し話すことで、自分の頭でじっくり考える姿勢と多様な意見に耳を傾ける姿勢が身についた。これからもみんなと一緒に考え続けていきたい。
 フィリピン大学の学生たちともEメールを通じて交流を続けている。現地での短時間の交流ではあまり込み入った話はできなかったけれど、ともに時代を作り上げていく仲間として、もっともっといろいろなことを話したいと思う。
 最後に、私にこのような機会を与えてくださった全ての方々、お世話になった全ての方々に心から感謝の気持ちを伝え、いつか私も誰かのために、みなさんが私にしてくださったことをしてあげるとお約束したい。







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