11月7日(木) 歓迎デモンストレーション 開演前 アーバンプレイス1階ロビー |
初午
(はつうま)
(富山県利賀村) |
約200年前から五箇山の利賀地方に伝わる子供達による神事。毎年1月15日に子供達がわら馬を仕立てて深い雪を踏み分けながら家々を訪ね回り、家内安全、五穀豊穣と当時は主産業だった養蚕業の繁栄を祈願して回った。神事は、子供が神主など神の使い役となって行われる。
[国選択無形民俗文化財] |
11月7日(木) 記念公演第一部 オーバードホール |
越中八幡太鼓
(えっちゅうはちまんだいこ)
(富山県砺波市) |
室町時代に伊勢の国から神楽太鼓を持ちかえり、五穀豊穣、無病息災を祈願して氏神様に奉納したのが起源とされる。祈願太鼓、感謝太鼓として打ち鳴らしたといわれる。水舞流越中八幡太鼓は庄川の流れをテーマに、水の流れや水の舞う姿を新しい感覚で取り入れている。 |
山鹿灯籠踊り
(やまがとうろうおどり)
(熊本県山鹿市) |
毎年8月15日〜17日未明に行われ、祭りの期間中は30万人もの観光客が訪れる九州を代表する伝統芸能。和紙と糊だけで作られた灯籠を頭に載せ、「よへほ節」の調べに乗って灯籠の灯りとともに優雅に舞う幻想的な踊り。また、灯籠の制作技術は室町時代から灯籠師によって守り継がれている。 |
越中城端むぎや
(えっちゅうじょうはなむぎや)
(富山県城端町) |
倶利伽羅峠の一戦に敗れた平家の残党が五箇山に逃れ住み、往時のくらしを偲んで唄い踊ったことから始まるとされる。戦後、五箇山地方の物資の集散地であった城端町でも唄い踊られるようになり、毎年9月15、16日は城端町は麦屋節の唄と踊りで町中が賑う。
[麦屋節:国選択無形民俗文化財] |
小白川神社あばれ獅子舞
(こじらかわじんじゃあばれししまい)
(山形県飯豊町) |
300年以上前から飯豊町では町内16の神社で、五穀豊穣、無病息災を祈願して、獅子舞が奉納されて来た。胴幕に数十人が入る百足獅子舞で、暴れ舞ういわゆるあばれ獅子舞。この獅子の獅子頭の制作に携わってきた五十嵐藤二氏は、昨年の地域伝統芸能大賞を受賞された。 |
曳山祭子供歌舞伎
(ひきやままつりこどもかぶき)
(滋賀県長浜市) |
長浜城主の豊臣秀吉が男子誕生の祝に町民に金を送った。それを元に町民が山車を作り、曳き回したのが「長浜曳山祭り」。後年、その曳山の舞台で子供歌舞伎が演じられるようになった。12歳くらいまでの男子が演じ、現在12台ある曳山が毎年4台ずつ交代で出場する。
[曳山行事:国指定重要無形民俗文化財] |
11月7日(木) 記念公演第二部 オーバードホール |
越中おわら
(えっちゅうおわら)
(富山県八尾町) |
江戸時代、飛騨と越中の交流拠点として栄えた八尾町に町人文化が生まれ、庶民生活を唄い踊ったのが始まりといわれる。三味線、胡弓、太鼓が醸し出す哀調おびた音色と、優美で幻想的な踊りは全国的に有名になり、毎年9月の「おわら風の盆」には、30万人を超える人が訪れる。 |
琉球舞踊
(りゅうきゅうぶよう)
及び沖縄の芸能
(おきなわのげいのう)
(沖縄県那覇市) |
東南アジア、中国、日本等との中継貿易を通して多くの文化を吸収し、調和、発展させた沖縄文化の一つが琉球舞踊である。琉球舞踊は宮廷の踊りとされる優雅な舞いが特徴の古典舞踊、庶民の踊りとされる軽快な舞いの雑踊り、地域のに溢れる民俗舞踊などに大別される。 |
韓国民俗芸能
(かんこくみんぞくげいのう)
(韓国江陵市) |
韓国の代表的な民俗芸能の一つがサムルノリ。サムルノリはクェンガリ、チン、チャンゴ、ブクという4つの打楽器による演奏のことで、各々は音によって雷、風、雨、雲を表し、演奏は雷雨の様を表現している。演奏は激しいものだが、それが息のあった一つのリズムとなって聞こえる。 |
雅楽
(ががく)
(富山県福岡町) |
1861年に地元長安寺の住職が提唱し雅楽会を作ったのが始まりとされる。 「雅楽」は、宮廷等の儀礼・祭礼に行われる正式の音楽で、千数百年の歴史がある世界で最も古い音楽の一つ。福岡町の雅楽は宮内省との交流によって技術の向上に努め、民間では数少ない「舞楽」を導入している。
[町指定無形民俗文化財] |
石見神楽
(いわみかぐら)
(島根県益田市) |
神楽の起源は天の岩戸でのアメノウズメノミコトの舞いとされるが、石見地方には出雲神楽の流れが伝わり、島根県西部地方では今でも盛んに行われている伝統芸能。江戸時代までは神職による神事だったが、明治以降は庶民に受け継がれ、娯楽性の趣をもった民俗芸能となった。 |
11月7日(木) 出演者交歓の夕べ パーティ会場 |
こきりこ
(富山県平村) |
筑子(こきりこ)は田楽から生まれ、田楽は大化改新の頃に田舞として起こり平安時代に田楽になったといわれる。その後、放下僧や吉野朝武士が五箇山地方に伝え、後醍醐天皇の慰霊祭によって伝承されてきた。ささらと狩衣衣裳、綾笠の格好や演奏の楽器は往時のままを伝えている。
[国選択無形民俗文化財] |
チンドン
(富山県富山市) |
作芸人磨心は富山市に本拠をおく大道芸人の集団で、パフォーマンスを通じて「元気を創造する」をモットーに全国のまちおこしや地域活性化の公演に活躍。20年以上にわたる実績をもとに海外での公演経験もある。様々な大道芸の一つとしてチンドンマンのパフォーマンスを披露。 |
11月8日(金) 地域伝統芸能公演 オーバードホール |
小倉祇園太鼓
(こくらぎおんだいこ)
(福岡県北九州市) |
小倉城を築城した細川忠興が京都の祇園祭りを小倉の地にとり入れたのが始まりといわれ、明治時代以降に太鼓中心の構成となった。太鼓は全国的にも珍しい両面打ちで、山車の前後に載せた太鼓を、打ち手4人が鉦にあわせて両面から打ち鳴らす。太鼓の響きは一つに聞えるのが特徴。
[県指定無形民俗文化財] |
御陣乗太鼓
(ごじんじょうだいこ)
(石川県輪島市) |
奥能登に攻め入った上杉謙信に対し、武器を持たない村人が樹の皮の仮面と海藻を頭髪にした出で立ちで太鼓を打ち鳴らし戦いに勝利したといわれる。この勝利は舳倉島の奥津姫神の神威によるものとされ、毎年、奥津姫神社の大祭に御神輿渡御の先駆を務め感謝の奉納がされる。
[県指定無形民俗文化財] |
氷見網起し木遣り(ひみあみおこしきやり)
(富山県氷見市) |
江戸時代、大漁に沸く氷見海岸で、あまりの重さに従来の網曳き唄では綱を起すことができず、棟あげに唄われる木遣りを試して見事に網を起すことができた。以来200年近く唄われてきたが、近年途絶えてしまい、十数年前に探し当てられて、現在、保存会によって守り継がれている。 |
吉久獅子舞
(よしひさししまい)
(富山県高岡市) |
高岡市周辺の獅子舞は、胴幕に多くの人が入るいわゆる百足獅子の流れを組む。吉久の獅子舞は武具を持って獅子に立ち向い、最後は獅子を打つという豪快な所作の荒獅子といえる。この獅子舞は戦後一旦消滅するが、昭和55年に保存会が結成され現在にいたっている。 |
願念坊踊り
(がんねんぼうおどり)
(富山県小矢部市) |
1580年、信長と本願寺の戦いが終結したとき、僧や門信徒が喜びのあまり法衣のまま乱舞したといい、その踊りが帰国して伝えられたのが始まりとされる。さらに、江戸中期以降に願人坊主と呼ばれる僧が伊勢音頭などを題材に遊芸人化し広めて行ったのも、願念坊踊りの流れといえる。
[市指定無形民俗文化財] |
岩瀬まだら
(いわせまだら)
(富山県富山市) |
九州の佐賀県で生まれた漁師唄の「まだら」が、当時盛んだった北前船によって北陸地方に伝わったといわれる。岩瀬まだらもその一つで、漁師の安全と大漁を祈願し、毎年2月11日の起船祭で唄われる他、おめでたい唄として様々な祝宴等で披露され継承されている。 |
鬼太鼓
(おにだいこ)
(新潟県両津市) |
佐渡の鬼太鼓は約500年前に伝わったものといわれ、能の舞に各地の洗練された太鼓と振り付けがされて、現在、佐渡島内で120組余りが各々独特の舞や衣裳をもって継承している。島内各地での神社の祭礼において悪魔払い、商売繁盛、五穀豊穣を祈って奉納される。 |
能舞
(のうまい)
(青森県東通村) |
能舞は修験能の典型といわれ、修験能は修験道を基に猿楽、田楽、曲舞などを取り入れ、14世紀頃にできたものとされる。以後、東通村には15世紀末に下北地方の修験者によって伝えられ、現在村内14の集落で継承されており、正月、小正月には各集落で披露されている。
[国指定重要無形民俗文化財] |