しかし第107番船の工事は大幅に遅れ、竣工予定日も過ぎた昭和13年(1937)2月16日になって、ようやく進水式を迎えることとなりました。発注元のソ連通商代表部の関係者も集まり、船には、薬玉(くすだま)と日・ソ両国の国旗が掲げられ、さらに満船飾(まんせんしょく)も施されて進水式を待つばかりとなりました。式は、まず船名である“ボロチャエベツ”の名が読み上げられ、続いて船を繋ぎ(つなぎ)とめている支綱(しこう)が切断されると、薬玉が割れ五色のテープが舞い、船は船台を静かに滑り出し、初めて海上に浮かびました。進水式は無事終了したのです。
海上に浮かんだ“ボロチャエベツ”がマストなど仕上げの艤装(ぎそう)工事を始めたのもつかの間、さまざまな事情により工事はさらに遅れをきたし、海軍からの要請もあって、川南社長はついにこれら3隻の耐氷型貨物船をソ連に引渡さないことを決断します。
このころ、前年7月の「盧溝橋(ろこうきょう)事件」に端を発した「日中戦争」は泥沼化、長期戦の様相(ようそう)となって、鉄材は高騰し入手難となり、5月には「国家総動員法(こっかそうどういんほう)」も発令されて物資の統制が始まり、世の中の空気が一変してきたのです。
こうして、3隻の耐氷型貨物船はソ連への引渡しを行わないまま、第106番船は“天領(てんりょう)丸”として昭和13年(1938)4月に竣工、第108番船は“民領(みんりょう)丸”として5月に竣工、後に“宗谷”となる第107番船が一番遅れて“地領(ちりょう)丸”と名前を変えて6月10日に竣工しました。
引渡し先のない3姉妹船は、やむなく神戸の辰馬(たつま)汽船と川南工業が協同で出資し設立した資本金150万円の新会社辰南(たつなみ)商船の持ち船として、とりあえず運航を開始することになりました。
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建造が進む、第107番船。すでに“ボロチャエベツ”の船名がロシア語で書かれている |
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昭和12年11月、完成間近の“ボルシェビキ”。後に“天領丸”の名で竣工した |
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進水直前の第107番船、船名の下に「ペドロパブロフスクーカムチャツキー」と船籍港も書かれている |
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昭和13年2月、“ボロチャエベツ”と命名され無事進水を終えた第107番船 |
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ソ連向け耐氷型貨物船の三連成蒸気機関とスクリュープロペラ |
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第106番船“ボルシェビキ”船内の食堂 |
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昭和13年3月、ドックにて艤装工事が進む“コムソモーレツ”。左上に竣工近い“ボルシェビキ”、右上には進水後の“ボロチャエベツ”の船首部も写っている |
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船名を“ボロチャエベツ”から“地領丸”に改め、昭和13年7月に試運転中の姿 |
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日清汽船のチャーターが解け、昭和14年3月に8ヶ月ぶりに整備のため香焼島造船所に戻った“地領丸” |
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