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(3)「船員教育から見る日本海運」
講師 東京商船大学教授 矢吹英雄氏
司会 本日は、船の科学館の「海・船セミナー2002」、本年度前半のタイトルが「SOS!危機に瀕する日本商船隊」、夏にお休みをいただいて皆さんともご無沙汰だったのですが、第3回目です。本日は東京商船大学の矢吹英雄先生をお迎えして、「船員教育から見る日本海運」というお話をいただきたいと思います。
 矢吹先生は神戸商船大学の航海科を卒業されて、航海訓練所の教授、そして練習船の“大成丸”、“北斗丸”、“青雲丸”の船長を経て、現在、東京商船大学の教授をお務めという、まさに船員教育一筋で務められている先生でございます。来年にはいよいよ東京商船大学と水産大学が統合されるというお話もあります。本日はそういったお話も伺えるかと思います。それでは、矢吹先生をご紹介いたします。拍手でお願いいたします。(拍手)
矢吹 今日は「船員教育から見る日本海運」という題で、副題として「船員教育の現状と将来」という話をさせていただきます。皆さんすでに外航海運と船員の現状につきましては、前々回の土井先生の「日本海運の現状と将来展望」、それから菊地先生の「変わり行く日本海運の姿」という話をお聞きになっておられるかと思います。両先生のお話を通して、すでに概要はご存じと思います。今日の話では、わが国の海運、商船隊、船員の現状といったことを語らずには教育の将来についてお話ができませんので、重複することもあろうかと思いますが、少し話をさせていただきます。
 まず今日の話の順序ですが、外航海運と船員、外航商船隊の現状、外航船員の現状、それから船員教育の現状、この4つの事柄の話をさせていただきます。これを踏まえて、船員教育の将来といったことを説明させていただけたらと思っています。
 これは言わずもがなのことですけれども、海運というのは港から港に物や旅客を運びまして、それで運賃収入を得るということで成り立っています。運ぶのは船、その船を運航するのは船員です。この船と船員が動く場というのは海で、平たく申しますと海運というものを説明する1つの言葉を言えば、グローバル、全世界同じ土俵で商売をしている。こういった言葉がいちばん適切かと思います。
 船舶とその運航に関するある程度のノウハウ、知識があって、そこそこの技術を持った船員を確保することができれば、わが国のような先進国のみならず、発展途上国といった国においても比較的参入が容易な産業と言えます。とういうことで、世界の海を場に各国が海運に参入して、しのぎを削っている。すなわち厳しい国際競争のもとで運営されている産業と言えるかと思います。
 もう1つ海運の特徴としまして、船は大きなものでたくさんの荷物を運びます。たとえば油を運ぶタンカーといったものを考えていただければいいのですが、ひとたび事故が起こりますと、貨物が失われる、人命が失われるといったことのみならず、流れた油によって大規模な海洋汚染、海洋環境の破壊といったものが発生します。この海運、それから船とか船員については、国際的な取り決めがいろいろできております。この取り決めをやっているところが国連の専門機関であります国際海事機関、IMOです。
 このIMOの詳細につきましては、今日お配りしています資料のいちばん最後に、関連する用語集として簡単にまとめていますから、それを見ていただけたらと思います。
 今日、映していますスライドにつきましては、全部6枚ずつ集めて印刷してお配りしてありますので、これも見ていただけたらと思います。
 このIMOで船員や船について国際的な取り決めをやって、国際条約を国内法に反映させて各国がいろいろなスタンダード、標準をつくっています。したがいまして、こういったルールの面からも世界標準のもとで運営されている産業だということがおわかりになろうかと思います。
 IMOがつくっています国際条約には、主として船舶の安全に関連するもの、船員の質に関連するもの、海洋環境の保護に関連するものと、3つのカテゴリーに分けることができます。いちばん上にありますSOLAS条約というのは海上人命安全条約と申しますが、皆さんご承知のタイタニック号の事故のときに、救命設備が旅客の人数に対して足りないといった問題がありまして、こういった大きな事故を契機にいろいろな船の安全についてルールがつくられているものです。
 その次のLL条約も用語集にありますけれども、これは満載喫水線、どれだけ荷物を積んだらいいか。これも船の安全を確保するための1つの条約です。
 海洋環境の保護に関連したMARPOL条約、ダンピング条約、これについても名前等を入れてありますけれども、海洋の保護、汚染の防止をするために廃棄物の投棄やいろいろな規制が決められています。日本の国内法はすべてこの条約をべ一スに整備されていることになります。したがいまして繰り返しになりますが、すべての船はこういった世界的な標準のもとで動いているということを少し知っておいていただけたらと思います。
 船員の質に関連した条約にSTCW条約というものがあります。この条約の概要につきましては用語集に書いておきましたけれども、1967年、ご存じかとも思いますが、英仏海峡で“トリーキャニオン”というタンカーが座礁しまして、損害が非常に大きかったという事故があります。このときに事故の原因はやはり船員の質にあるのではなかろうかという話が持ち上がりまして、IMOの場で討議されました。船員が持つべき技能、知識を国際的に統一しようということです。
 それからもう1つは、船員が持つこういった知識をベースに試験を受けて免状をもらうわけですが、この免状の発給、管理にも国際的な統一をやろう。さらには赤で囲ってありますが、受験資格に該当する話ですけれども、教育や訓練の内容、それから使う設備、機材といったことも細かく決められています。たとえば皆さん、名前はよく聞かれたと思いますが、レーダーについてもシミュレータをつくりまして、これによって訓練をやらなければいけないとか、非常に細かく決まっています。
 さらにはいちばん下に当直の指針とあります。実際に船を運航することを当直と呼んでいるのですが、海の上で船を運航する話です。これのやり方についても、こういうこととこういうことをやらなければいけないと非常に細かく決まっています。要するに船を運航する船員の質を国際的に統一しようといった条約です。日本の法律、免状に関しては船舶職員法という法律があります。それから船員法、その他、このSTCW条約、すべて取り込まれていまして、この条約をベースに船員の教育が行われているということです。
 次に2番目の話としまして外航商船隊の現状です。これは最近の数字を国土交通省が出しております海事レポートから引っ張ってきたものです。現在、日本商船隊というのは日本籍船と、それから支配外国用船と言っていますが、俗に言う仕組船です。仕組船とは何かというのは用語集に書いてあります。要するに仕組船というのは、日本の船会社が実質、保有するわけですけれども、海外につくった子会社を通じて船をつくって、それに外国人の船員を乗せて、日本の船会社が定期用船するといった形態で運航されている船です。
 それから単純外国用船は船員付きで借りて、日本の船会社が運航しています。この3つの種類の船、すべてを含めて日本の商船隊と称しています。この内訳は、トータルで2,100隻あるわけですけれども、日本籍船は117です。
 では外国用船の船籍、船が所属する国籍はどういうところかというのを整理しますと、いちばん多いのはパナマ、リベリア、それから最近、シンガポールが増えていて、あとフィリピンといった国です。ほとんどがFOC船と書いてありますが、FOCというのはフラッグ・オブ・コンビニエンス、いわゆる便宜置籍船という船です。便宜置籍船についても用語のところに解説してありますので、ご覧ください。船に対する規制とか、特に税制面でほかの国に比べて優遇している国に船の籍を移しておく、でも実質的なオーナーは別の国にいるといった船です。
 
図1 日本商船隊の構成の変化
これは日本の商船隊の構成の変化です。ここにも書いてありますけれども、昭和47年、1972年の日本籍船は1,580隻あったのですが、これをピークにどんどん減少しています。赤い四角が日本籍船です。
 でも先ほどお話ししました定義で言う日本商船隊というところで見ますと、約2,000隻ちょっとで、ほとんど変化はありません。やはりそれだけの海運に対する日本の需要があるということかと思います。この日本籍船と円ドルの換算レート、先ほどグローバルとお話ししましたけれども、すべてドルベースで比較されますから、為替の変動と日本籍船の数の変化は定性的にきれいに一致しているというところです。
 次にお話ししますのは船員の現状、特に外航船員です。国内の港の間だけの海運をやっています内航船といったカテゴリーがありますが、今日は外航に限って話をさせていただきます。まず1つ前段として知っておいていただきたいのは、船員の定義と言いますか、呼び方です。船員法から引っ張ってきたのですが、船長という言葉、それから海員です。これは船内で雇用されている船長以外の者で、労働の対価としてお金をもらう人です。その海員は職員と部員に分かれます。
 
図2 外航船員数の推移
 職員というのは、先ほど申しました海技免状を持って船の運航に当たる人で、これを職員と呼んでいます。それから部員というのは、職員の指示のもと、船内の運航に関する実務を行う人と言えるかと思います。予備船員というのは船会社に雇用されているのですが、休暇とか陸上での仕事で実際に船に乗っていない船員を、総称して予備船員と言います。これからの話の中にこういった言葉が少し出てきますから、お話しさせていただきました。
 これが日本人の外航船員、在籍船員数の推移をまとめたものです。1974年、昭和49年には5万6,833人いたのですが、現在は2,750人です。610年前の4割といった水準に低下しています。黒いメッシュを入れてあるのが職員です。それから白抜きが部員といった数になります。先ほど日本籍船の減少の割合と為替レートの話をしましたけれども、もちろん船員の数についても、船が減れば船員も減りますから、定性的には連動していると言えようかと思います。
 特に見ていただければわかるのですけれども、職員に比べて、部員の数が非常に減っているように思います。これは日本人の部員といった仕事はごく限られた職場でしか必要性がなくなった。これものちほどお話をしますが、外国人船員との混乗と言いますか、日本人職員が外国人の職員と部員を指揮して船を運航するといった形態が常態となっている。これの裏写しかと思います。
 
図3 年齢・階層別の船員数
 日本人の外航船員は数の減少もさることながら、もう1つの問題は年齢構成にあります。これは2001年の状況ですが、55歳以上、50歳以上、45歳というふうにずっと階層別に整理してみますと、45歳以上の職員がだいたい65%です。どういうことが問題なのかと言いますと、船の運航の責任者である船長とか機関長といった職種はいくら免状を持っていてもすぐには育ちません。やはり三等航海士、三等機関士といった初級の職員からスタートして、会社での研修、現場での研修、すなわちOJT、オン・ザ・ジョブ・トレーニングを受けながら、いろいろな技術を勉強して、船長、機関長といった仕事ができるようになるのです。
 40歳以上が6割もいて、あと若いところがいない。大きな段差があるということは、将来の職員の中核となる船長、機関長、一等航海士、一等機関士といった人たちの数が減るわけでございまして、将来の船長、機関長クラスの不足が懸念されます。
 どうしてこんなことになったかというのを時間を追って話をしてみます。タイトルとしては船員制度の近代化と日本籍船への混乗の導入といったことで整理してみました。1979年に船員制度近代化委員会がつくられまして、船員制度の近代化の実験が行われました。これはどういうことをやったかというと、その下にありますが、運航士、船舶技師といった職種をつくったのです。要するに船の設備をしっかりしたものにして、そこで働く人の数を減らそうということが行われました。単に数を減らすのではなくて、その船員に、たとえば航海士の免状を持っている者に、機関室での当直だけできる免状を与えるといった研修、試験を行って資格を取らせる。船が定常状態で運航しているときには、当直をやるだけですから、そういった人でも当直は行えるだろうという実験が始まったわけです。この実験に合わせて、船員法、船舶職員法等の関連法規が82年に改正されて、運航士、船舶技師といった資格が新しくつくられました。
 さらに近代化船とはどうあるべきか、船の設備面での基準がつくられました。これに合わせて私どもの船員教育機関では、従来は航海士なら航海士、将来の船長になる職種、それから機関士であれば機関士、将来の機関長といったコース別に教育をやっていたのですが、私どもは航機両用教育と言っておりますが、両方の学生に両方の資格を取らせるといった教育を始めました。これは学生には負担になることが多かったのですが、そういったことも行いつつ、日本籍船の競争力を高めようといった努力がなされてきました。
 1983年には近代化船、これはA段階と書いてありますが、第1種近代化船という、18名で運航される船が実用化されています。86年には16名船といった、船の人数を減らしていけば、当然、船員も減っていくわけでして、船員の失業といった問題が出てきまして緊急雇用対策が実施されています。これは2年間を限ってこの間に退職すれば優遇するというふうな特別退職制度が導入され、さらには職を失った、失職した船員の雇用開発をやる機構もつくりました。退職した船員の再就職について便宜を図るという施策が行われたのです。
 さらに第3種近代化船、C段階といった14名船が1988年には出ています。実際にはこの頃でもすでに、これでも外国籍船に太刀打ちできないという状況が少しあったわけでして、1989年にはマルシップヘの混乗を開始しています。マルシップというのも用語集に書いてあります。日本籍船を外国の船会社に貸し渡して、これに安い外国人の船員を乗せて、再度、定期用船するといった船です。これを俗にマルシップと呼んでいます。このマルシップヘの混乗、日本人と外国船員、その両方で運航していくことが始まりました。
 これはフラッギング・アウトの防止、要するに日本籍船がどんどん外国籍になりますと、いろいろなことから困ったことが起こるわけでして、それを防止するための1つの手段としてマルシップヘの混乗を開始したということです。日本人9名、これは船長、機関長以下、幹部の職員、それからそのハンズとしての外国人船員という構成になります。これで混乗ということが始まったのです。
 同じころ、1992年、近代化船の目標とする最終の姿ですが、パイオニアシップと呼んでいたのですけれども、11名もしくは12名で運航する近代化船が実用化されています。さらに1994年には今度は混乗船に近代化を持ち込もうということで、混乗近代化船といった船も運航されています。日本人が8〜9名、外国人が13〜14名です。さらに日本人の数を減らして、95年の混乗近代化では日本人が6〜7名、外国人が15〜16名といった船が運航されています。
 ちょうどこのころ外航海運船員問題懇談会といった諮問機関がつくられまして、このときに国際船舶制度といった制度を創設しようという提言がなされています。この国際船舶制度はこれも用語集のいちばん最後に簡単に書いておきましたけれども、日本船舶であって、輸送の能力であるとか航海の態様、それから運航体制の効率性、運航に必要とされる技術の水準といったいろいろな点から見まして、国際海上運送の確保をする上で重要な船を国際船舶というふうに定義づけまして、これに対して、前から諸外国がやっているのと同じような税制上の優遇措置を与える、それからこの国際船舶に乗るための船員の養成のために必要な補助金を出すといったことを行う、諸外国において行われているのと同じような優遇措置によって、競争力を高めようといった制度です。現在はほとんどの日本籍船が国際船舶制度のもとで運航されていることになります。
 それから次に97年になりまして国際船舶制度が始まったころ、ちょうど先ほど申しました船員制度近代化委員会によって、船員制度近代化の成果と今後の方向という報告がなされた。実質的には運航士教育の終了ということです。要するにこういった運航士、近代化といった手法は、今後は各企業の努力でやって行き、新人教育としては、近代化船に乗るための運航士の教育はやらないことになりました。したがいまして商船大学で言えば、昨年度の卒業生が最後の航海士、機関士、両方の教育を受けた卒業生ということになります。
 2000年には国際船舶の中に日本人2名、その他外国人19名、外国人というのは主にフィリピンが多いのですが、外国人の職員と部員です。日本人2名は船長、機関長です。これで運航される船が誕生しまして、これがだんだん増えています。国際船舶の将来の姿というのはこういった形にしておこうという動きがあるのです。







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