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2004/06/02 読売新聞朝刊
[論点]小泉訪朝、米の視点 北の非核化、日本に重責 伊豆見元(寄稿)
 
 五月二十二日の小泉首相の再訪朝について、我が国では関心のほとんどが拉致問題に集中したが、国際社会の関心は、日朝関係全般の進展や、核・ミサイル問題の行方に向けられていた。中でも、拉致問題が進展した際の日本の核問題に対する取り組みに変化が生じるか否かが、注目の的だったといってよい。とりわけ、米国の関心はその点に集中していたものと思われる。
 そこには、ある種の懸念が存在していた。つまり、拉致問題に実質的な進展が見られると、日本では北朝鮮の核兵器保有・開発への関心が低下するのではないかという不安である。私は三月下旬から二週間ほどワシントンに滞在して国務省、国防総省、国家安全保障会議など米国政府の友人たちと意見交換を行ったが、彼らがこぞって指摘したのが以上の懸念であった。
 小泉首相訪朝後の日本の雰囲気を見ていると、米国内に存在するそのような危惧(きぐ)が、現実のものとなるのではないかとの恐れを抱かないわけでもない。いまこの瞬間にも北朝鮮の五メガ・ワットの原子炉が稼働を続け、核兵器開発が継続しているにもかかわらず、国内の関心は依然としてその大半が拉致問題に向けられているからである。
 だが、今回の首相訪朝で拉致問題が具体的な進展を見せ、金正日(キムジョンイル)総書記が「拉致問題は解決済み」との従来の姿勢を「白紙」に戻したことにより、日本はようやく北朝鮮との間で「包括的交渉」を進めることが可能になった。これからは、核問題もミサイル問題も日朝交渉の主要議題としての位置を占めることになる。われわれは、日本が北朝鮮の「完全なる核放棄」を導くうえで、きわめて重要な役割を果たしうることを、この機に改めて肝に銘ずるべきであろう。
 今回の首脳会談は、北朝鮮の具体的譲歩を得られなかった点で不満が残るものの、今後の核問題をめぐる日朝交渉に向けて意味ある基礎を作ったと評価できる。まず小泉首相は、「核の『凍結』は非核化への第一歩である」との金正日発言を引き出した。これまで北朝鮮は、核の「凍結」の用意ありとは主張しても、それが「非核化への第一歩」として位置づけられるとは明言してこなかった。今回、小泉首相は、金正日総書記にそうした従来の姿勢を翻させたのである。これからは、この金正日発言を盾に取って北朝鮮に非核化、すなわち「完全なる核放棄」を強く迫ることができるし、それを実行しなくてはならない。このたび、北朝鮮の姿勢変化を引き出した日本の責任は、重いというべきであろう。
 米国は、「完全かつ検証可能で不可逆的な核の廃絶」(CVID)を北朝鮮に迫る姿勢に揺るぎはない。北朝鮮は、それを受け入れると「体制変革」につながりかねないと懸念し、これまで頑として拒絶の態度をとってきた。
 しかし日本は、このCVIDを日朝国交正常化の前提として位置付けている。日本が求めるのは金正日体制の「変革」ではなく、北朝鮮の軍事的脅威の「除去」なのである。その点を北朝鮮に理解させれば、彼らにCVIDを受諾させることも十分に可能となろう。
 リビアのカダフィ体制は、まず大量破壊兵器廃絶に踏み切ることで、国際社会に参入する道を開いた。北朝鮮にも、同じコースをたどらせればよい。それを説得しうるのは日本だけだという事実を、われわれは忘れてはなるまい。
著者プロフィール
伊豆見 元 (いずみ はじめ)
1950年生まれ。
中央大学法学部卒業。上智大学大学院修了。
平和・安全保障研究所主任研究員、静岡県立大学助教授、米ハーバード大学客員研究員等を経て現在、静岡県立大学現代韓国朝鮮研究所センター所長。
 
 
 
 
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