◆レーム・ダックの盧大統領
ところで、三月二十四日に実施された韓国の国会総選挙は、財閥「現代」の創始者鄭周永氏の率いる国民党が一挙に三十一議席を押さえ、同じく大量当選した無所属組二十二議席と合せ、与党民自党を過半数割れの百四十九議席にまで激減させることになった。無所属当選者のさっそくの入党で、過半数百五十議席を上回る議会勢力維持に漕ぎつけたものの、任期が来年二月までの盧泰愚大統領の文字通りのレーム・ダック入りは不可避となってきた。
何もできない盧泰愚大統領に対し、金日成主席の期待は皆無となってきた。南北首相会談を通じて、韓国マスコミが書き立てた南北首脳会談も、盧泰愚大統領が金日成主席にとって話し合うに価いしない存在に転落してしまった今日、すべては十二月の韓国大統領選待ちである。『朝日新聞』との会見で韓国の総選挙結果に言及した金日成主席は「民自党が敗北していろいろ噂もあるが、それも時がたてば静かになるでしょう。それほど大きな難局にはなると思わない」と大局的判断を下している。北朝鮮の安定ぶりを内外に誇示するためにも、与党大敗による政局混乱・混迷を期待していたふしを言外に感じさせる発言ではあるが、選挙敗北をめぐる与党民自党の内紛も、北側から見れば所詮コップの中の嵐、「選挙が終ったあと責任を追及しても仕方がない」と映るものだった。
一月六日訪韓したブッシュ大統領と盧泰愚大統領の首脳会談で「金日成は信用していない」とする米側と、「追い込むよりも、変化を起すため交渉した方がいい」と反応した韓国側の間で、金日成政府へのアプローチをめぐり微妙な対立をのぞかせたことがあったが、レーム・ダック入りした盧泰愚大統領としては、万事対米協調のほかはなく北朝鮮の核査察問題が南北対話のすべてに優先するとの立場に立ち返っている。
その面からも南北対話の膠着化は必至であり、南北対話に歩調を合わせて日朝国交交渉の進展をはかる、とした日本政府の公約をいよいよ牽制するものである。
建国いらい最大の国家的慶事、金日成主席八十歳の誕生日も、これを北朝鮮の対外政策の果敢な展開のハズミとするには至らなかった。それのみか、かつての兄弟国旧ソ連からの“造られた”金日成主席の革命神話への挑戦は急を告げており、八十歳の誕生日を機に、金日成父子体制は決して一枚岩でなく、守旧イデオロギー派と、経済改革派の対立は父子体制に亀裂を招きかねない状況にあることが、外部にも半ば公然と伝わり始めたのである。
金正日書記はいよいよ父親金日成主席の庇護を必要とし、金日成主席も子息金正日書記なしには終りを全うできない。そんな父子もたれ合いの二人三脚体制が、北朝鮮の権力世襲体制の実体であったことがはっきり見えてきた、偉大な首領金日成主席の八十歳誕生日であったのである。
著者プロフィール
林 建彦(はやし たけひこ)
1928年生まれ。
名古屋大学経済学部卒業。
産経新聞政治部次長、編集委員を経て、東海大学教授。現在、東海大学名誉教授。
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