◆日韓と東アジアの未来像
日韓がただちにFTAを締結しなくてもよいのです。できるだけ早い機会に日韓はFTAに合意するという、五年後でも七年後でもいいですけれども、FTAを締結するという宣言をすればいいのであります。そうしますと意識の変化が起きると思います。これはワールドカップ以上に大きなインパクトがあると思います。つまり、やがて市場が単一化されるのだということをはっきりと両国の国民が認識するわけであります。それまでは「よき友人」でなければいけないと必死に考えていたのが、「婚約者」になってしまうわけでありますから、考えを変えざるを得なくなると思います。
最後に、市場の単一化の政治的な意味合いについて述べてみたいと思いますが、それは非常に大きなものであります。国民意識の変化を促進するだけではありません。日韓の市場が単一化されていけば、日韓の国際的な発言力が飛躍的に増大し、中国やアメリカとの関係にも大きな影響を与えるだろうというふうに思います。アメリカに対しても中国に対しても、もっと明確に対等に近い立場で物が言えるようになってくるわけであります。
それから、それは「中国との差別化」という点からも重要であります。韓国がFTAに最近大きな関心を示し始めた理由は、やはり中国との関係にあります。今は、韓国は中国という経済的なパートナーを得て非常に喜んでいるわけですが、貿易や投資が増えていくにしたがって、一方で警戒心も生まれているわけです。このままいったら中国に飲み込まれてしまうのではないか。こういう不安感が韓国の経営者の中にははっきりと出ています。どうやったらそうならずに独自の立場を維持することができるか。つまり、中国より一歩先に進んで差別化を維持することができるだろうか。技術的な水準においても、情報産業においても、常に一歩進んでいなければいけないわけですが、それには日本との経済連携が最もいい方法だという、こういう意識です。これは、今後強くなっていくだろうというふうに私は見ております。
また、そのことは、日韓と中国との関係に決してマイナスではないと考えております。一部には日韓が経済的な提携を進めていけば、中国が反発するのではないかという懸念をお持ちの方はいらっしゃいますが、私は中国の友人と話しながら、必ずしもそうではないという印象を持っているのであります。
名前を申し上げるのは差し控えさせていただきますが、先般も中国の友人が訪ねて参りまして、「日韓のFTAはどうなっているのか」という質問をしてくるのです。「あなたがた、そんなに関心があるのか」と言いますと、「これは大変重要な話だ」と申します。そこで、「中国はそれに反対なのではないか」と聞きますと、そんなことはないと言うのです。なぜかというと、日中の経済関係に関して言えば、ある程度天井が見えていて、これを突破するのはなかなか難しい。中韓も伸びているけれども、やはり限界がある。しかし、日韓が経済連携を行ってより大きな市場が出現すれば、その市場と中国との問の経済関係はもっと大きなものに拡大する可能性がある。こういうことを言っておりました。「それは随分自信がありますね」と私は申し上げたのですが、必ずしも中国もこれに反対ではないのではないかという印象を持ちました。
そのほかにも、包括経済連携が、やがてASEAN諸国につながり、中国の沿海部に拡大していくというような将来像というものが描けるわけです。さらには、私は北朝鮮の将来というのを考えた場合にも、これは重要ではないかという気がしております。北朝鮮が段階的に体制移行するにしろ、どこかの段階で崩壊するにしろ、そういう事態に備えるということは、韓国単独では到底不可能であります。これは、自分たちの十倍のGNPを持っている日本との連携、あるいは東アジアの経済連携というものの中で解決されなければいけない問題ではないかと考えます。市場原理というものを利用していくということが重要なのです。この辺で終わらせていただきたいと思います。ご清聴どうもありがとうございました。
(本稿は二〇〇二年四月二十六日の定例午餐会における講演の記録である。文責 編集部)
著者プロフィール
小此木 政夫 (おこのぎ まさお)
1945年生まれ。
慶應義塾大学大学院博士課程修了。
韓国・延世大学校留学、米国・ハワイ大学、ジョージワシントン大学客員研究員などを経て、現在、慶應義塾大学教授。
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