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◆「並行解決」方式の展開
 日朝関係でありますが、この間の日朝交渉を概観いたしますと、当初、金丸・田辺代表団が平壌を訪問したときには、拉致問題はクローズアップされておりませんでした。お二人は日朝関係に風穴を開けると言って平壌を訪問したわけですが、意外にも先方から「国交正常化交渉」という提案を受けて、三党共同宣言が発表されたわけです。当時、日朝交渉との関係で問題化しましたのは、むしろ北朝鮮の核開発疑惑でした。拉致関連でいえば、大韓航空機爆破事件の実行犯である金賢姫の日本語教師であった李恩恵という女性の問題です。現在問題になっている横田めぐみさんのケースですとか、有本恵子さんのケースは、もっとずっと後になってからクローズアップされたのです。
 日本側はこの間、過去の清算はやぶさかではないが、同時に現在の懸案問題も解決してほしいという態度で北朝鮮との交渉に応じてまいりました。過去の問題というのは、言うまでもなく植民地統治の清算であります。日朝の間の基本関係をどうするかという問題、それに伴う補償なり経済協力なりの問題、そういったもろもろの問題です。しかし核兵器開発問題や拉致問題が次々とクローズアップされてくるわけですから、これらの問題も同時に解決しなければならないということでありました。国交正常化というのは、日本にとっては唯一最大の外交力ードですから、正常化した後で核開発問題を交渉しましょうとか、拉致問題を交渉しましょうということはできないわけであります。これらを並行して解決するというのが、これまでの日本側の態度でありました。
 他方、北朝鮮側は時間的な順序からいっても過去の清算が優先されるべきである。「過去の清算がなされれば、そのほかの問題も順調に解決するだろう」という姿勢できたわけで、そこのところに基本的な立場の違いがあったわけです。村山元総理が北朝鮮を訪問したときには「並行的な解決」という言葉が使われました。日本のマスコミも入口論とか出口論と言いました。要するに、過去の問題と現在の問題を同時に解決するわけだけれども、そこにはある程度のプロセスが存在する、入口から入って出口から出てくるまでに、こちら側が一歩譲ったら向こう側も一歩譲り、そうすればまたこちら側がそれに対応し、北朝鮮もさらに譲るというような形で、国交正常化と拉致問題が並行的に解決されればいいのではないか――こういう考え方だったと思います。森前総理は「第三国での発見」方式を念頭に置いていたようです。
 しかし、日本政府にとっては、それほど簡単なことではありませんでした。なぜかと申しますと、国際情勢というものがありまして、日本側の対応もそれに影響されざるを得なかったからです。例えば、幾ら並行解決をしようとしても、テポドンが打ち上げられたら交渉どころではなくなってしまいます。それに対する対抗措置というものがとられたわけです。しかし、いつまでも対抗措置をとり続けることは不可能でした。テポドンが打ち上げられたのは、九八年の八月末ですが、その二ヵ月後には金大中大統領が日本を訪問されました。金大中大統領は日本に北朝鮮との対話再開を要請したわけであります。
 また、その後、ペリー元国防長官も訪日されまして、日米韓の協調のプロセスが動きだしました。いわゆる「ペリー・プロセス」です。ですから、日本だけがテポドンを理由にして、われわれは軽水炉建設には協力しないというようなことは、なかなかできない情勢であったと思います。しかし、いずれにしろ、その後、村山元総理の平壌訪問によって対話が再開され、日朝交渉も再開されました。その方式というのは、先ほど来申し上げていますように、やはり並行解決というものを目指していくというものであったように思います。しかし、これが今非常に難しくなっているというのが私の見方であります。
 
 
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