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◆北朝鮮外交の再構築を
 激しい非難合戦にもかかわらず、米朝関係はいまだに後戻りできないところまで悪化したわけではない。しかし、米朝対話が再開されないまま十二月韓国大統領選挙で保守派の李会昌候補が当選すれば、米朝関係も南北関係も相当に緊張しそうである。他方、よど号赤軍の元妻の法廷証言によって、ロンドンから誘拐された有本恵子さんのケースがクローズアップされ、日本国内では、北朝鮮に対する「毅然たる対応」の必要性が叫ばれている。しかし、危機の高潮を警戒しなければならないにしろ、外交的には、そのプロセスこそが最大のチャンスである。
 ここで、日本の過去の北朝鮮外交を振り返ってみれば、米韓両国の事前了解がなかったという意味で、金丸・田辺イニシアチブは相当に独自外交型のものであった。このときに日朝両国は国交正常化に最も接近したのである。これに比べれば、村山イニシアチブは拉致疑惑の並行解決に相当の比重を置いていた。南北和平や米朝和平と合流したという意味で、それはむしろ国際協調型であった。また、ブッシュ政権の「テロリズムとの戦い」を背景にするという意味で、今後に予想される北朝鮮外交も国際協調型にならざるをえない。事実、一部には、ブッシュ政権に同調して、拉致疑惑を優先的に解決するべきだとの強硬な主張も存在する。
 しかし、拉致疑惑の「優先解決」が日朝交渉との切り離しを意味するのであれば、論理的にいって、それは北朝鮮との対決を想定せざるをえない。なぜならば、それは外交交渉の否定になるからである。また、すでに指摘したような北朝鮮の態度から判断して、軍事力の行使、すなわち前面戦争の危険を犯すことなしに、拉致疑惑の被害者を救出することも不可能である。さらに、その場合でも、被害者の安全は必ずしも確保されない。そもそも、われわれは被害者の所在地すら確認していない。国内犯罪とは異なり、真相の解明は必ずしも事件の解決や被害者の救済を意味しないのである。北朝鮮は実に「手強い相手」である。
 現在の北朝鮮外交に要求されるのは、第一に、このような冷厳な事実を直視して、安易な解決策が存在するかのような「幻想」を捨てることである。「毅然たる対応」が重要な構成要素であるにしても、コメ支援の停止や小手先の制裁措置だけで拉致疑惑が解決できると考えるべきではない。また、第二に、被害者救出の「妙案」がないのだから、原点に立ち戻って、長期的かつ広範な視野で、日本の北朝鮮政策を再構築するべきである。これまでの経験を慎重に再検討し、どのような政策が最も効果的かを見極める必要がある。本稿の検討の範囲内からも明らかなように、そのときの情勢に乗った国際協調型の外交では、和平型であれ対決型であれ、国交正常化はともかく、被害者の救済は難しい。
 したがって、第三に、われわれが必要としているのは、国際協調型イニシアチブと独自外交型イニシアチブの間の巧みなブレンドであるということになる。米韓両国との緊密な協調を背景にしながらも、独自のイニシアチブを発揮しない限り、北朝鮮側も拉致疑惑の棚上げを画策し続けるだろうう。第四に、私が構想しているのは、解決が困難で、「迷宮入り」が予想されるような事件のために警察がとっている手法、すなわち専従の「外交特捜班」の設置である。事件を熟知する者の粘り強い努力と高度の判断力だけでなく、それは機会を逃さないだけの機動力や秘匿性を確保し、高いレベルの政策決定者と直結していなければならない。
 これらの政策が成果を挙げるとすれば、結果的には、国交正常化と拉致疑惑の「並行解決」以上のもの、すなわち「同時一括解決」以外には想定しがたい。もしそのようなダイナミックな独自外交が結実すれば、国民的な支持も得られるだろう。さらに、それはブッシュ外交の成功の一部でもある。
著者プロフィール
小此木 政夫 (おこのぎ まさお)
1945年生まれ。
慶應義塾大学大学院博士課程修了。
韓国・延世大学校留学、米国・ハワイ大学、ジョージワシントン大学客員研究員などを経て、現在、慶應義塾大学教授。
 
 
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