◆ブッシュ大統領の「危険な賭け」
劇的な南北和平プロセスに便乗して、クリントン大統領が米朝和平を進展させたとき、北朝鮮の対外戦略は確かに成功しかけていた。オルブライト国務長官に続いて、もしクリントン大統領自身が北朝鮮を訪問すれば、金正日のロシア訪問、江沢民の北朝鮮訪問という首脳外交の連鎖のなかで、金正日総書記は間違いなくソウルを訪問したことだろう。そうなれば、南北和平と米朝和平という「二重の衝撃」の下で、絶え難いほどの代価を支払ってでも、日本政府は北朝鮮との関係正常化を追求せざるをえなかったかもしれない。その場合、国交正常化と拉致疑惑の「並行解決」方式が堅持できたかも疑問である。
しかし、フロリダ州の旧式の開票機に助けられながら、共和党のブッシュ候補が大統領に当選した。また、そのブッシュ新大統領はクリントン時代の「検証なき平和」を批判しつつ、北朝鮮政策の全面的な再検討に着手した。それまでの事態が一変したのである。事実、ノーベル平和賞受賞の栄誉を背景に、三月にワシントンを訪問した金大中大統領に対しても、ブッシュは「私は北朝鮮の指導者に対して確かに懐疑心を持っている」と率直に表明した。米国の新しい大統領を説得し、自らの「太陽政策」に対する支持を取り付けようとした金大中大統領にとって、それは大きな打撃であった。
また、六月六日に発表されたブッシュ大統領の政策声明も、予想以上に厳しいものであった。ブッシュ声明は確かに北朝鮮に対話再開を呼びかけていたが、それは「包括的アプローチ」を背景にしていた。事実、そこでは、(1)北朝鮮の核開発活動と関連する「合意枠組み」の履行改善(IAEA査察の前倒し実施)、(2)ミサイル計画の検証可能な規制とミサイル輸出の禁止、(3)通常戦力の「脅威削減」(前進配置された兵力と長距離火砲の後退)が要求されており、北朝鮮がそれに「肯定的な反応を示し、適切な行動をとる」場合にのみ、人道支援の拡大や制裁緩和とともに、その他の政治的措置がとられるのである。
さらに、このような米国の北朝鮮政策を一層硬化させたのが、九月十一日に発生した米国中枢に対する同時多発テロであった。それ以後、「テロリズムとの戦い」と大量破壊兵器(WMD)の拡散阻止が対外政策の最大目標として急浮上したからである。北朝鮮は迅速に反応し、翌日、「きわめて遺憾で悲劇的な事件」とする外務省談話を発表して、テロリズムに反対する立場を明確にした。しかし、十月初めには、アル・カーイダ組織とタリバーン政権に対する「不朽の自由作戦」が発動され、金正日の思惑は完全に粉砕されてしまった。いうまでもなく、北朝鮮はいまだにテロ支援国家の指定を解除されていない。
一月二十九日ブッシュ大統領の一般教書演説はさらに衝撃的であった。なぜならば、それは単なる政策批判の域を超え、北朝鮮を「国民を飢えさせながら、ミサイルと大量殺傷兵器で武装する体制」であると非難し、イラク、イランと同列の「悪の枢軸」と規定したからである。カーター時代の失地回復のために、レーガン大統領がソ連を「悪の帝国」と非難し、それに対抗する「新冷戦連合」を構築したように、クリントン政権との差別化を図りながら、現在、ブッシュ大統領は国際テロリズム、すなわち「悪の枢軸」と戦うための「反テロ連合」を結成しようとしているのである。
また、レーガンと同じく、ブッシュはあらゆる選択肢を残したまま、「対話と抑止の境界」を曖昧にしつつ、北朝鮮を含む「ならず者国家」と対決しようとしている。事実、二月十三日の下院歳出委員会で、パウエル国務長官は「北朝鮮が米朝枠組み合意に基づくIAEAの核査察を受け入れない場合、軽水炉プログラム全体が中断されるだろう」と警告した。さらに、MD(ミサイル防衛)計画も積極的に推進されている。レーガン政権時代との最大の相違点は、レーガンが韓国に全斗煥大統領という盟友を持っていたのに対して、ブッシュがそれを持たないことである。
ブッシュ政権の北朝鮮政策が今後どのように推進されるかは予想し難い。新しい朝鮮政策の基本的特徴は、当面、合意のためのハードルを高く設定したまま、対話の呼びかけを継続するというものであり、単なる「放置」政策にすぎないかもしれない。しかし、いかなる方法によってであれ、イラクの事態が一段落すれば、次に北朝鮮に対する圧力が強化されるだろう。北朝鮮がそれに反発してミサイル実験を再開すれば、ブッシュ政権はそれをプレブーストの段階で破壊しようとするかもしれない。また、RMA(軍事技術の革命)の一環として、北朝鮮の地下軍事施設を破壊できる新型のバンカーバスター(戦術核兵器)の開発まで検討されている。
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