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◆日米韓同盟の強化
 北朝鮮は、アメリカの新政権に対しどのような対応をするだろうか。マキアベリの指示に従えば、日米韓三国の協力関係を混乱させ、相手が驚く事態を作り対応の時間を与えないことである。実現しなかったとはいえ、クリントン大統領の訪朝という事態は日米はもとより日韓の同盟関係を大きく揺さぶった。もし訪朝が実現していたら、日本外交は国内では「乗り遅れ論」に押され、米韓両国からは北朝鮮への譲歩を求められていたであろう。そうなると、日本の国論は分裂し米韓両国に対する批判と不信の感情が高まったかもしれない。
 北朝鮮が今年もなおめざすのは、アメリカ大統領の訪朝と在韓米軍の自主撤退である。在韓米軍について北朝鮮の高官は、一九九二年にハワイでの国際会議で「統一の際には、韓国が締結した条約はすべて遵守する」と明らかにし、在韓米軍の過渡期における駐留を初めて公にした。この背景にあるのは、在韓米軍は自主的に撤退する方向に誘導できるとの戦略である。
 南北首脳会談の実現で、米国内ではすでに在韓米軍の削減・撤退の検討が始まっている事実を、この論文の最初に明らかにした。北朝鮮の目論見は、当たっているのである。韓国内で反米運動や在韓米軍撤退運動が高まれば、米議会と世論は急速に撤退に傾くであろう。朝鮮半島で戦争や軍事衝突が起きない体制が築かれず、内部対立や混乱が解消されない状態での在韓米軍撤退は、東アジアの平和と安定にとっては危険な選択である。しかし、外国の軍隊が駐留する国家は「国家の要件としての自主性に欠ける」との民族主義は、韓国では説得力のある主張である。韓国のハングル世代(六十歳以下)の間では、年齢が下がるのに比例して「反米」感情が根強くなるからである。
 韓国が抱えるもう一つの問題は、金大中大統領の人気と指導力の低下である。韓国経済は、一九九七年以来の危機に直面している。景気が悪化している。二〇〇二年末には大統領選挙が行われ、韓国に新しい政権が発足するが、保守層を基盤とする野党の指導者が大統領に選出される可能性が最も高い。そうなれば、金大中政権を支えた革新勢力と保守派の対立は、激しさを増す。金大中政権の高官や閣僚経験者の多くが、不正や汚職事件で逮捕・投獄されるであろう。金大中大統領自身も調査の対象になるかもしれない。となると、韓国は再び混乱と対立の時代を迎えることになる。
 どうして、韓国の政治と社会はなお混乱を続ける可能性が高いのか。韓国内での冷戦的対立が解消していないからである。韓国では、冷戦時代に社会主義に関する研究や運動が厳しく弾圧された。ところが、冷戦体制と独裁政権終了の時期が重なったため、韓国内では冷戦の崩壊が革新勢力の崩壊に結びつかなかったのである。国内での左右の論争や対立を経ずに冷戦体制が崩壊したために、冷戦崩壊後に左右の論争が始まり、革新勢力が主導権を握るという状態になっているのである。この韓国社会の変化と世界史的変化との乖離が、混乱と不安定の大きな原因になっているのである。
 いずれにしろ、任期の終わりに近づく金大中政権はもとより韓国の次期政権も、国内対立の激化でかなり不安定で指導力を発揮できない状態に陥る可能性は高い。一方、アメリカは新政権発足直後で、朝鮮半島問題に果敢に対応できる余裕はないだろう。
 最も重要なのは、日米韓三国の政策協調と同盟関係の強化である。日米韓三国が「コンフリクト・レゾリューション」に共に取り組みうる同盟関係の確立が、二十一世紀のアジアに安定と平和をもたらす。北朝鮮への食糧支援や経済協力を各国が個別に行うのでなく、日米韓三国の協調態勢を作りそれに北朝鮮を加えた「新四者会談」(ミサイル問題に関する新四者構想は、防衛庁防衛研究所の武貞秀士室長が提唱している)を構成することも可能である。
 また、朝鮮半島の統一のためには、北朝鮮を自由民主主義体制に混乱なく誘導することが不可欠である。そのための説得と討議を、日米韓三国と北朝鮮の「新四者会談」を通じて行うこともできるのである。北朝鮮を日米韓の海洋国家同盟の枠組みの中に取り入れることで、中国と結ぶ大陸国家から海洋国家との結びつきへの転換を促すことが可能になる。マキアベリストとしての金正日総書記と渡り合うには、日米韓三国が自由民主主義の価値を中心に団結し、「信頼関係」と「同盟関係」を構築することが必要である。
 朝鮮半島の国家の未来と発展を考えれば、歴史の評価を受けた古いシステムと価値観への復帰は、朝鮮半島に民族の滅亡と苦痛をもたらすことになる。朝鮮王朝の失敗が、世界史を先導する新しいシステムと価値観への転換に遅れたことであるとするならば、自由民主主義システムへの平和的な移行こそが、朝鮮半島の繁栄を約束するのである。ただ、これを決めるのは韓国人と朝鮮人だけであり、外国人である日本人やアメリカ人が介入できない権利であることは、理解しておかなければならない。
著者プロフィール
重村 智計 (しげむら としみつ)
1945年生まれ。
早稲田大学卒業。
毎日新聞社ソウル特派員、ワシントン特派員、論説委員を経て拓殖大学教授。現在、早稲田大学教授。
 
 
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