◆「拉致疑惑」の内容
日本の警察当局は現在「北朝鮮による拉致の疑いのある事件は……全体で七件十人と判断するに至った」、「また拉致が未遂であったと思われるものは一件二人である」と認めている。これは一九九七年五月一日の参議院決算委員会での吉川芳男議員の質問に対する伊達興治警備局長の答弁で明らかにされた。その内訳は、次の通りである。なお被害者の名前は国会答弁では挙げられていない。
(1)「昭和五十二年に石川県警察が外国人登録法違反で検挙した宇出津事件」。これは一九七七年九月一九日に三鷹市役所の警備員であった久米裕さんが在日朝鮮人によって能登の海岸宇出津まで連れて行かれて、北朝鮮の工作員にひき渡されたという事件である。この件では当該の在日朝鮮人が逮捕されたが、警察は刑法の国外移送拐取罪で起訴することを行わず、処分保留のまま、釈放した。
(2)「新潟における少女行方不明事案」。これは一九七七年一一月一五日に新潟の中学生横田めぐみさんが失踪した事件である。
(3)「李恩恵と呼ばれる日本人女性の事件」。これは一九八七年の大韓航空機爆破事件犯人として逮捕された金賢姫が工作員として養成されたさい、一九七八年六月に北朝鮮に来た日本人女性「李恩恵」に日本人化教育を受けたと話したところから、捜査が始まったもので、李恩恵は埼玉県に住んでいた池袋のホステス田口八重子さんであり、拉致されたものと思われると埼玉県警が一九九一年五月一五日発表した。
(4)「昭和五十三年七月から八月にかけて福井、新潟、鹿児島の海岸で連続発生した三件のアベック行方不明事件」。その第一は、一九七八年七月七日、福井の海岸から婚約者同士の地村保志、浜本貴美恵さんが失踪した事件である。
(5)その二は、一九七八年七月三一日、新潟の海岸から恋人同士の蓮池薫、奥土祐木子さんが失踪した事件である。
(6)その三は、一九七八年八月一二日、鹿児島の海岸で恋人同士市川修一、増元るみ子さんが失踪した事件である。
(7)「同年八月に富山県の海岸で発生したアベック監禁致傷、拉致未遂」。これは一九七八年八月一五日富山県の海岸でアベックが四人組の男に襲われ、しばられ、猿ぐつわをされて放置されたので、自力で脱出した事件である。手ぬぐい、猿ぐつわ、ロープなどの遺留品のうち、手ぬぐい以外は外国製のものだと発表された。
(8)「辛光洙事件」。一九八〇年六月二〇日、大阪の中華料理店員原敕晃さんが北朝鮮工作員辛光洙によって宮崎海岸から拉致されたという事件。辛光洙は原さんの名義で自分の写真をはりつけたパスポート、運転免許証をもって一九八五年に韓国で逮捕され、韓国の裁判で死刑判決をうけたが、無期に減刑され、一五年服役し、二〇〇〇年はじめ釈放された。同年九月に非転向長期囚の一人として北朝鮮に帰国した。
伊達警備局長は、これらの事件をどのようにして北朝鮮による拉致の疑いがある事件と判断したのかについては、「捜査上の秘密保持という観点」からとして明らかにしていない。
その後、日本政府は一九九九年一二月の赤十字会談で、この七件一〇人の他に有本恵子さんを「行方不明者」として挙げ、北朝鮮側に調査を求めたと言われる。彼女はロンドンに語学留学をしていたが、一九八三年一〇月コペンハーゲンからの手紙を最後に行方不明となった。のちに一九八八年札幌市出身の留学生(男性)が自宅に有本恵子さん、さらに京都外国語大学生の男性と三人で平壌で暮らしているとの手紙を送ってきたところから、彼女が北朝鮮にいることが明らかになったのである。日本政府は彼女については、拉致の疑いがあるとは断定していないが、まさに「行方不明者」として調査を求めているのである。
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