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◆意図的な“疑惑捏造”
 核保有を公言し、相手に譲歩を迫るには、核拡散をあくまでも阻止しようとする米国の核攻撃をかわせるだけの第二撃(反撃)能力を備えていなければならないが、北朝鮮の核開発状況は、実際ははるかに未熟な段階にあったようだ。
 北朝鮮当局の選択は周知の通り、秘密開発だった。しかも、ご丁寧にIAEAの査察官が寧辺地区の疑惑の再処理施設周辺を通る時は深夜を選び、車も猛スピードで駆け抜け、さらに目隠しまでしてひた隠しにしたり、九四年五月、五メガ・ワットの黒鉛減速型実験用原子炉の燃料棒八千三百本を、明らかにプルトニウム分離のために原子炉本体から抜き取った時は、わざわざ査察官の目前で燃料棒の束をばらばらにして、どの燃料棒がどの位置にあったかをわからなくする小手先のかく乱戦術まで弄したのだった。これらのサボタージュは何を意味しているか。意図的に疑惑を捏造し、いかにも核開発をしているように見せかける以外の何物でもなかろう。
 それと、大体の日本人が混同しているのは、プルトニウムの分離抽出を核開発の第一段階と決めつけていることだ。プルトニウム分離と核弾頭保有までの間には、月とスッポンほどの距離がある。プルトニウムは燃料にもなる。高速増殖炉もんじゅの燃料などとして、実に長崎型原爆五百発分以上に相当する四千三百キロ・グラムものプルトニウムを保有している日本は、真っ先に「核保有国」とみなされることになる。
 要するに北朝鮮の核疑惑は、米朝合作(米国の主役はCIA、国防総省、タカ派議員)のフィクションである。ただクリントン政権が最終的にこの「作り話」に乗ったのは、NPT体制ゆさぶりとしてタイミングもよく、効果的だったからだ。疑惑を巡る駆け引きがエスカレートして、北朝鮮がいったんはNPT脱退を宣言、その後これを保留して米国の出方をうかがったあたりは実に巧妙だ。脱退すれば安保理決議による制裁の対象となりかねないが、保留していれば法的根拠が失われて米国は何らかの譲歩を迫られる。脱退保留などというステータスを考え出したのは、北朝鮮が初めてだ。ポスト冷戦時代の最大の懸案として核拡散防止を最重要視する米国としては、九五年のNPT無期限延長実現のために、イラクに続く北朝鮮の核開発だけは絶対に阻止したかったというのが本音だろう。
 他方、北朝鮮はそこを突いたのだ。制裁発動寸前に北朝鮮が対抗措置として発表したIAEA脱退(現在も脱退中)は事実上、何の意味もないものだった。NPTにとどまっている限り、IAEA加盟国であろうとなかろうと、IAEAの査察を受け、核の軍事転用をしていないことを証明しなければならない仕組みになっている。北朝鮮は、その辺を十分読み込んで行動しているのだ。日本外交より、はるかに狡猾である。
 同時に米国も狡猾だ。米朝「枠組み」合意で朝鮮半島エネルギー開発機構(KEDO)が発足、核開発計画凍結の代償として北朝鮮に軽水炉二基を提供することになったが、建設費用は日韓両国が負担する羽目になっている。韓国は、将来的に朝鮮半島全体を韓国電力の市場とみなし、いわゆる「韓国型」軽水炉で統一するための布石として世論説得にあたっている。しかるに、わが国の場合は何のための拠出か。私は「北東アジアの平和と安定のためのコスト」と受け止めているが、国民的コンセンサスは存在しない。すでに北朝鮮中部の新浦を一基目の建設地とすることが決まり、整地と測量が始まっている。ほぼ四年間国交正常化交渉が中断したままの状態で、わが国はKEDOに対する総額十億ドル以上の支出を迫られている。
 
 
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