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◆北朝鮮の狙いは現体制の維持
 筆者が経済制裁に反対する理由は次のとおりである。
 第一に、たとえ安保理決議による集団安全保障の発動でも、過去の経済制裁で成功した例はない。制裁される方が意地になって耐え、政策変更には結びつかないのだ。
 リビア、イラク、新ユーゴスラビア、ハイチ……制裁の対象となっている国ぐに、みな然りである。儲かるのは闇屋と密輸入業者ばかり、気の毒なのは社会の底辺の人民だ。人道的理由から、庶民を苦しめる経済制裁は不合理である。
 また経済制裁を実効あらしめようとすれば、海上封鎖、さらに武力行使、戦争へとエスカレートするのが通例である。湾岸戦争の際も、多国籍軍によるバクダッド空爆開始に先立って半年間の対イラク経済制裁があった。
 北朝鮮制裁の眼目は、日本からの送金の停止と中国からの輸入の停止だが、第三国経由の送金は阻止できないし、中国が国境地帯の朝鮮族の貿易を禁止することはあり得ない。
 しかも、北朝鮮は「制裁は宣戦布告とみなす」と威嚇しているのだ。海上封鎖などすれば、シルクワーム・ミサイルを打ち込んでくるのは必至であろう。乾坤一擲、とっておきのノドン一号を日本に打ち込んでくるかもしれない。金日成主席に対する過度の忠誠心から軍部が独走し、過剰反撃を加えてくる事態もあり得なくはない。
 石油の不足、装備の劣悪化などを考えれば、軍事行動に出るはずがないと分析する専門家もいるが、「それは北朝鮮の指導者のメンタリテイーを知らない者の発想だ」と北朝鮮出身の評論家は指摘する。そこには家父長制の儒教精神に支えられた閉鎖社会、専制政治の国家に特有の精神構造を過小評価してはならないというのだ。
 現在の北朝鮮指導層、特に軍部は、太平洋戦争末期の日本軍に酷似しており、四囲の状況を的確に把握していない狂信的集団だという指摘もある。だが、筆者の知るかぎり、状況は必ずしも同じではない。北朝鮮は国連加盟国であり、ニューヨーク、ジュネーヴ、ウイーンには大物の大使がいる。優秀な外交官が配置され、本国に刻々と状況を報告している。
 ウイーンには、北朝鮮がIAEAに加盟した二〇年前から、原子力問題専門の外交官や科学者が駐在している。IAEAには北朝鮮出身の査察官も勤務している。一時は三人の査察官がIAEA事務局職員として勤務していたが、現在は一人になり、あとの二人は帰国し、IAEA相手の交渉当事者となっている。
 北朝鮮がIAEAの査察がこれほど厳しいものだとは知らず、甘く見ていたのではないかという見方もあるが、これは正しくない。北朝鮮の技術者のレベルはきわめて高く、査察の実態は十分熟知している。筆者のIAEA在勤当時、親交のあった北朝鮮出身の査察官は英語とロシア語に堪能な原子力工学専攻のエンジニアだった。
 要するに今後の展開は、金日成主席に対決回避を可能にする情報が確実に届いているかどうか、そして主席が大局を冷静に判断し、決断の選択肢を誤らないかどうかにかかっているといえようが、金主席の狙いはただひとつ、現体制の維持であり、そのための米朝国交正常化である。米国が北朝鮮を承認し、平和条約締結に同意すれば、日朝交渉も、南北の話し合いもおのずから進展し、日韓両国からの援助を期待できるのである。
 
 
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