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1995年6月号 『正論』
なぜ日朝交渉を急ぐのか
佐藤勝巳
北朝鮮は対日交渉窓口を社会党から自民党・加藤紘一政調会長に乗り替えた―。
“小国の恫喝”に振り回される対朝交渉の危険な側面を明かす。
◆甘すぎる北朝鮮認識
 筆者のところに「いま何のための日朝交渉か」という問い合わせの電話が相次いでいる。
 三月下旬、与党三党代表と外務省アジア局審議官が訪朝し、「日朝交渉再開」で北朝鮮と合意した。しかし永田町(政治家)や霞が関(外務省)の北朝鮮認識は、どこかで大きく間違っているのではないか――そういう危倶が幅広くあり、それが筆者などへの問い合わせとなったのだろう。
 自民党加藤紘一政調会長は、『現代コリア』(五月号)のインタビューに対し、与党三党訪朝団派遣の理由を、「わが国が北朝鮮に供与する軽水炉の資金負担をしなければならないのに、当の北朝鮮となんの外交関係ももっていないのは不自然」という趣旨を答えている。
 しかし、韓国は、軽水炉供与資金の五〇%を負担することになっているというのに、南北会談は一切ない。それどころか、周知のように、北朝鮮は、韓国型軽水炉の受け入れを頑強に拒否している。「米国があくまでも韓国型軽水炉を要求するのであれば、昨年十月結ばれた米朝合意を廃棄し、原子炉への燃料棒の装てんも辞さず」と主張している。
 わが国政府与党が言う「日朝交渉再開の理由」からすれば、韓国は一体どうすればよいのだろう。四月三日韓国を訪問した小渕恵三自民党副総裁ら与党代表団は、韓国の李洪九首相との会談で、「日米韓が一体となり緊密な連絡を取り合うことを確認した」というが、韓国型軽水炉の受け入れを拒否している北朝鮮と交渉などできるのだろうか。
 米国は別にして、日韓両政府は、北朝鮮の核開発に対する一連の態度を一体どうとらえているのか。この点が最大の問題である。注意を喚起するために、この国の核問題に対する軌跡を跡付けてみる。
 北朝鮮が核拡散防止条約(NPT)に加盟したのが一九八五年十二月だ。加盟後一年半以内に査察協定(保障措置協定)を国連の下部機関である国際原子力機関(IAEA)と締結し、規定に基づき査察を受け入れることが義務づけられている。ところが北朝鮮は、罰則規定のないことをよいことにして、言を左右にし、査察協定の調印・批准を延々と引きのばし、なんと批准したのが、六年四カ月後の一九九二年四月であったのだ。
 翌五月から査察が開始されたが、プルトニウムの生産期日とその量をめぐって、IAEAと対立、IAEA理事会は、一九九三年二月、二つの未申告施設に特別査察を決定した。北朝鮮は、それを拒否し、三月十二日核拡散防止条約からの脱退を宣言した。
 以来、北朝鮮の核査察違反問題は、国連安保理で三回(一九九三年五月十一日、九四年三月三十一日、同五月三十日)、国連総会で一回(九三年十一月一日)、計四回審議されている。このような例は、過去に一度もない異常な事態である。
 特に指摘しておかなければならないのは、核拡散防止条約脱退表明後の北朝鮮の言動である。北は、IAEAや米国との査察問題の交渉のなかで、「われわれは、NPT脱退を一時停止している特殊な地位にある。従って、保障措置協定に拘束される義務はない」といって、現在もIAEAが求める査察受け入れを十分に満たしていないのである。
 換言すれば、このように国際条約や協定に明白に違反する行為を平然と行う国を国連や関係国が抑え込むことができなかったどころか、北のぺースに引き込まれ、米、韓、日が軽水炉支援という名目で、数十億ドルを援助する、ということになってしまったのだ。NPT加盟国のなかでは、国際条約や協定に公然と違反し、相手から「支援」を引き出すのを「朝鮮方式」と呼ぶ言い方が生まれているほどだ。その延長線上にできたのが昨年十月の米朝合意なのである。
 
 
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