◆消えた「政治局常務委員」の肩書
筆者は、朝鮮労働党政治局内に、金正日の後継者問題などをめぐり意見の対立が存在し、同時に金正日自身の健康問題がからんで、金正日はトップに就任できないで今日に至っている、と見ている。
まず政治局内に、金正日のトップ就任をめぐって意見の対立があるという根拠は、一九九四年七月十九日の告別式の幹部の序列、特に金聖愛(金日成未亡人)の序列が、百四位から十四位に九十位上ってきたことである。この事実は、金正日と金聖愛の党内の力関係に質的な変化が起きたことを意味する。もっといえば、金正日が序列決定権を失っている具体的な証拠だ。
このような筆者の分析に対し、韓国や日本人の一部「専門家」たちから、単に「未亡人」だから序列が上っただけで特別の意味はない、との「反論」が伝わってきていた。それへの筆者の考えは、後述する。
今一つは、七月二十日の追悼式と十月十六日の追慕会ともに、朝鮮中央テレビはひな壇に並んでいた金聖愛を映さなかった。しかし、労働新聞と民主朝鮮は、ひな壇の全景写真を掲載、金聖愛を消すようなことはしなかった。金日成存命中、テレビと新聞が右にみたように、特定幹部の扱いを違えることなど皆無であった。つまり、「唯一領導」でない二つの指導が、改善されないまま続いているということだ。
もう一つ、九四年八月二十一日の朝鮮中央放送(ラジオ)は、後継者問題に関する論説で「首領(金日成)の革命偉業を代を継いで継承する後継者問題を正しく解決できなければ、野心家、陰謀家たちの背信行為で党と革命が危険な結果に陥るのが歴史的な経験だ」といったあと、金正日の「唯一領導」の徹底化を強調する放送を行った。これは、金正日がトップに就任することに反対している「野心家、陰謀家」が党内に存在していることを北朝鮮の公的メディアが認めたことだ。
テレビ、ラジオの電波部門は、一貫して金聖愛を無視し、金正日支持を露骨に表明している。これに対し活字メディアは比較的客観的な報道をしている。これは、政治局内に対立があることを物語っている。が、もっとも注目すべきことは、金正日の「唯一領導」がまったく機能していない点である。
もう一つ気になるのが、金正日の肩書の問題である。一九九三年四月九日の最高人民会議で国防委員会委員長に就任したときの彼の肩書には、政治局常務委員・書記と党のそれがついていた。ところが、同年十二月、九四年四月のそれぞれの最高人民会議での金正日の肩書は、国家国防委員長と最高司令官のみで、党のそれは付いていない。
金日成死亡後の公式行事での彼の肩書に党の役職名は一度も付されていない。なぜこのような変化が起きたのだろう。ただ、誤解のないように付言しておくが、たとえば、一九九三年九月三日付労働新聞に、金正日が「祖国解放戦争勝利四〇周年」に送られてきた各国元首などからの祝電に答電を打ったとの報道には、党の肩書はついている。
さらに一九九四年五月七日付労働新聞の朝鮮総聯李珍桂第一副議長と面会した報道にも党の肩書がついている。一九九四年に入って労働新聞に、金正日に党の肩書が付いて報道されたのは、これのみである。
さらにわけのわからないことは、一九九四年九月、金正日が、訪朝した猪木参議院議員に贈物をしたときの肩書は「朝鮮労働党中央委員会金正日」というものである。
まず、一九九三年四月の最高人民会議を最後に、金正日が公的の場で党の肩書が付かなくなった理由である。
(1)公的の場には必ず他の幹部、特に呉振宇が隣に並ぶことが多い。その場合、金正日と呉振宇の党の肩書は「政治局常務委員」(この肩書をもつのは金日成と三人のみ。現在は、二人)と同じである。
従って、国防委員長になった後は、呉振宇より上位(呉振宇は、国家国防委員会の副委員長)の肩書のみを使用しているとみることができる。だから比較すべき人物がいない私的な場では、党のそれを使用する場合があるとみてみられないこともない。
(2)これとは別に九三年四月以後、十二月の党中央委員会総会に至る数ヵ月の間に、金日成の金正日に対する評価が大幅に変化し、金日成が金正日に対し、未発表の何らかの措置をとったのではないか、ということである。
なぜ、このような推論が成り立つかといえば、金日成の実弟、かつて金正日のライバルであった金英柱が、九三年七月、十八年振りに公の場に姿をみせ、同年十二月には、政治局員になると同時に、国家副主席に就任したことである。
さらに、金正日のライバルであったもう一人、金日成の夫人(当時)金聖愛も、九四年六月の金日成・力ーター会談に同席、重大な政治的発言までしている。
筆者が得ている情報では、金日成は、金英柱らを復活させるに当って「わが国の現状は、朝鮮戦争以来、最大の困難に直面している。この困難打開のため一族の一致団結が必要である」と九三年六月に説明したといわれている。
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