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◆北を増長させた金丸と「朝日」
 なぜ筆者がこのことにこだわるかといえば、同じ誤りを二度繰り返してはならないと思っているからだ。
 まず日本の方であるが、ごく最近まで自由民主党の副総裁をやり、同党の最高実力者として持て囃され、また、キングメーカーと騒がれた金丸信氏が日朝交渉を推進した表向きの理由は「北朝鮮をこれ以上国際社会から孤立させたならば『窮鼠ネコを噛む』という事態になるのは明らかだ。この点を悟らなければならない」(石井一著『近づいてきた遠い国』序文より)といって、自由民主党・日本社会党・朝鮮労働党の三党は「戦後四十五年間、朝鮮人民に与えた損失について、朝鮮民主主義人民共和国に公式に謝罪し、十分補償すべきであると認める」。また、北朝鮮の核開発に一言も言及せず「地球上のすべての地域において、核の脅威をなくすことが必要であると認める」などという犯罪的ともいえる共同声明を発表したことは記憶に新しいことだ。
 核問題についていえば、金丸氏は、一九九一年九月十九日「三党共同宣言の一周年を祝う会」の席上で、北朝鮮が査察協定(保障措置協定)に署名を拒否していることに関連し「国民の生命、財産を守ることが政治の原点ということを考えれば、ただ署名して査察を受けただけではとても(北朝鮮として)安心してというわけにはいかない。それなりの手立てがあると思う」と「署名拒否に一定の理解を示した」と読売新聞(同年九月二十日)が報道していたが、北朝鮮の核開発を事実上擁護してきた人物である。
 金丸氏は、北朝鮮を孤立させてはならないという考えから、右に紹介したようなとんでもない中身の三党共同宣言に署名し、これまた信じ難い理由をあげて査察協定拒否に理解を示してきたのである。金丸氏の北朝鮮接近の本当の理由は、そう遠くない将来明らかになると思われるが、金丸氏の「北朝鮮を孤立させてはならない」云々などどうせ自分の考えではないと思われるのでまともに取り上げても意味がない。
 問題なのは、北を孤立させてはならないと本気で思って日朝交渉を推進した外務省並びに圧倒的多数のマスメディアである。
 特に朝日新聞は、北朝鮮が変化などなにもしていないのに、金日成政権の片言隻句をとらえて、南北共存に移行したかのごとく誤った情報を流しつづけてきた。加えて、同政権の核開発を無視し、「日本との国交正常化交渉が停滞しており、なんらかの政治的決断が必要な時期ではないか」と昨年三月三十一日、当時の松下宗之東京本社編集局長が金日成との会談で発言し、それを大きく報道した新聞である。
 昨年十一月、日朝交渉が決裂した直後、朝日新聞は社説(十一月八日)で、北朝鮮の核疑惑の解明も重要だが、植民地支配の後始末も同じように重要だ。「日朝交渉を停滞させるな」と主張した。そもそも、北の核問題と植民地支配の後始末の問題を同列に並べて論議すること自体がナンセンスだが、要するにこの新聞は、金日成政権の核開発を一貫して軽視というより無視してきた。言葉をかえていえば、この時期に編集局長が日朝交渉の妥結を提案したことは、主観的にどうあれ、客観的には、金日成政権の核開発に手を貸したといわれても仕方がないだろう。
 NHKに至っては、北朝鮮が、核拡散防止条約を脱退した直後、解説委員が、北朝鮮に対し経済援助が必要だと「解説」をしていた。善意に解釈すれば、経済的困難に陥り体制危機に見舞われているから核兵器を開発しているのだ。経済援助し、状況がよくなれば核開発はやめるだろう、というつもりなのかも知れない。これは「孤立させてはならない」論の典型である。
 韓国の金泳三政権は、金日成政権がNPTに復帰しなければ、一切の南北交流をやらないといいつつ、韓国の商社が第三国経由で北朝鮮に食糧と石油を輸出しているのを黙認している。筆者の知人の在日朝鮮人商社の役員は「いま北の経済を支えているのは韓国ではないか」といっていたが、「孤立させてはならない」論の落ちつく先は、当然のことながら金日成政権支援ということになる。
 これは即同政権の核開発支援となるのだが、この点に関しては、韓国人の多くは実に無邪気に、「北韓は、同胞に核兵器を使う筈がない」と思っている。それはとんでもない事実誤認なのだが、NHKの解説員氏は、金日成政権は、経済援助した日本に核兵器を使う筈がないとでも思っているのだろうか。こういう人たちの話をきく度に、こんなことをいっている人たちは、自分の頭のうえで核爆弾が炸裂するまでは、その恐ろしさがわからないのではないかと思わざるをえないほど現実を取り違えている。
 
 
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