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◆日本の援助は何に使われるか
 ところで、日本政府及び自民党は、このような金日成政権と国交樹立の話を進めているのだが、この交渉が妥結すると日本から請求権資金や経済援助が当然ながら北朝鮮に行くことになる。するとどういうことになるのだろう。金日成政権は、このカネを使って、韓国を北朝鮮の支配下に組み込むために当然使用する。そうすると日本政府は、金日成政権のこの政策を手助けすることになろう。
 一方、海部首相はじめ中山外務大臣も機会ある度に、日韓友好に支障をきたす日朝交渉はありえないという趣旨の発言をしている。
 中平大使(日朝交渉の日本代表)は、第二回日朝交渉(三月十一〜十二日)の席上「日本の朝鮮半島政策の基本は日韓関係の強化にある。日朝国交正常化が日韓関係を損なわないようにしたい」と本会談で日本政府の立場を表明している。
 金日成政権主導による統一が「日韓友好関係の強化」につながることなどありえないことだ。だとすれば日朝交渉は進めてはならないということにならないのだろうか。しかし、政府自民党のどこからも交渉打ち切りという声はでていない。
 それどころか、むしろ逆な言動が目立っている。たとえば自民党金丸元副総理は、二月下旬朝鮮労働党金容淳国際事業部長(中央委員・書記)を日本に迎えたとき「日本に帰ってきて(戦後の償い問題を)あれこれ言われ、苦労した。私も寿命だから体を張ってやっている。大事なことだから命懸けでやる」と発言した(二月二十一日)。
 金丸氏は、この言葉通り、金容淳氏に毎日会って意見や情報交換を行っていた。それだけではなく二月二十六日などは、韓国大使館、米国大使館を訪問、その夜金容淳氏に会っている。金丸氏は、二月二十二日の京都での「日朝友好親善・歓迎の集い」の講演のなかで、「核査察問題を解決するのには、朝米高位級会談が必要であると思う。必要とあらば、私がこのためにアメリカと朝鮮の仲介を行う」と発言しているところをみると、韓米大使館訪問は「仲介」のつもりだったのかも知れないが、しかし、みようによっては、自民党「最高実力者」が韓米両大使館の反応を探って、朝鮮労働党国際事業部長に報告していると、みてみられないこともない。
 そのいずれであってもナンセンスな行動といわざるをえない。前者の北朝鮮の核査察問題については、本誌本年二月号「北朝鮮はなぜ核査察を拒むのか」のなかで筆者が詳しくふれているように、北朝鮮が「核兵器不拡散に関する条約」を批准した(一九八五年十二月)以上、条約に規定されている義務を履行するかどうかの問題で、それ以外のなにものでもないのである。
 そこでこの問題に対する北朝鮮の態度であるが、(1)査察を受け入れるためには米国の北朝鮮に対する核不使用の約束が必要。(2)韓国にある米軍の核兵器基地の同時査察が必要だ。(3)これは日朝問題より朝米間で話し合い、解決すべきものだ、というものだ。
 この金日成政権の主張を読んだ人は、次のことを思い起こすのではなかろうか。サダム・フセインが、クウェートを侵略し、国際的に非難の声があがると、パレスチナ問題とクウェート撤退をリンクさせてきたことを。金日成政権の主張は、サダム・フセインのそれと変わるところがないものだ。
 金丸氏が、核査察問題で米朝間の仲介を行うといっているが、これは、サダム・フセインとブッシュとの仲介をしようといっているのと同じことで、あのとき、こんなことをいう政治家がいたら、全世界の物笑いとなっただろう。ナンセンスとはそういう意味である。
 金丸氏の言動が韓米の反応を探って金容淳氏に報告し、しかもそのことが、日韓・日米友好と矛盾しない行動と考えているのだとすれば、社会党の田辺誠副委員長らが、大韓機空中爆破事件は北朝鮮の仕業ではない(韓国がやったということ)といって、一方、韓国と友好関係をもちたいという欺瞞的な態度と同じことだ。金丸氏は、二月二十五日夜、社会党主催の朝鮮労働党代表団歓迎レセプションに出席し「(私)をほめてくれるのは社会党だけだ」とあいさつし、会場をわかせたと毎日新聞(二月二十六日)は報道していたが、日本にとって、これは笑っておられるような性質のものなのだろうか。何かが狂っている。
 金丸・石井一氏らの言動を見て、自分のこれまでの自民党認識を根本的に変えなければならないと思うようになった。自由民主党の国会議員のなかから韓国・朝鮮問題で、社会党議員と同じことをやる人物が出てくるなどいままで考えてもみなかった。本当に驚きである。
 自由民主主義の旗を掲げる自民党の「最高実力者」が、自由などとはおよそ無縁な独裁者に会って矛盾を感じないどころか、偉大な政治家だなどといって独裁者を称えて感激の涙を、流した。実に奇怪な話ではないか。どういうことなのか、さっぱり理解できなかった。
 最近出版された石井一自民党議員著『近づいてきた遠い国』を読んでその間の事情がややわかってきた。
 同書によれば、昨年九月十三日石井(自民党)、久保(社会党)両氏が先発隊として北朝鮮を訪問、帰国した。その後、金丸氏が訪朝すべきかどうかの会議が次の人たちによってもたれた。自民党から金丸、石井、武村の三議員、社会党から田辺、久保、山花の三議員。政府から有馬外政審議室長、谷野アジア局長、今井北東アジア課長、遅れて小沢自民党幹事長が参加した。会議の結論は外務省と小沢氏の反対で金丸氏の訪朝は延期と決まった。
 小沢氏と外務省側は、結論がでたので退席、自社両党六名の議員が残った。その後記者会見に臨んだ金丸氏が突然「いま、二十四日に出発することに決めた」と発言した。この一言で会議の結論がひっくり返ってしまったという。
 この部分を読んで筆者は、自民党内には民主主義がないという事実を知った。また、金丸氏は自民党の代表として訪朝したわけだが、これが党内の公的機関で論議され、決定されたという形跡はまったくみられなかった。新聞などは、金丸氏が自民党の「最高実力者」だと書いているが、その中身は、なんのことはない「独裁者」ということではないか。
 金丸氏が金日成を偉大な人だといって感激、涙を流したのは、独裁という点で相通じ、共鳴するところがあったからかも知れない。だが、自民党は朝鮮労働党などと違って民主主義を標榜する政党だ。日本には、北朝鮮と違って批判の自由がある。そのような状況のなかで金丸氏の独裁が行われ、党内からもマスコミからも批判の声があがらないでいる。この点、個人独裁が制度化している北朝鮮とは別な意味(なれあいと保身)でわが国は、深刻な事態に陥っているといえる。
 
 
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