◆日朝国交再開を強く望む理由
現在、国連が緊急援助を要請しているのは人道的な支援だが、これに対して、「非人道的な拉致事件を起こしている北朝鮮に対して人道的な支援など必要ない」という強い意見がある。
しかし、この論理が正しいとすると、非人道的な独裁政権の下にある国民に対しては人道援助ができないということになってしまう。
「人道」という概念はそうではなく、政府が独裁的で非人道的であればあるほど、その下で苦しんでいる国民をなんとか助けなければ、というものだと思う。本来、非政治的な概念なのだ。もちろん、食糧援助のすべてを人道的援助として考える必要はない。
一昨年のように、何十万トンという規模で食糧援助をするのであれば、それは当然外交カードとして使ってもかまわない。が、人道的援助をしっかりとやったうえで、しかし、政策的援助はこれこれの問題にケジメをつけてくれなければ絶対に行いません、というのが、メリハリの利いた外交だと思う。
これは日本の外交姿勢について述べたわけだが、北朝鮮の外交はそうではない。金丸・田辺訪朝団の時には、抑留されていた第十八富士山丸の二人の船員の釈放問題をたくみに使い、国交正常化交渉の開始と結びつけた。人道問題をたくみに外交の手段にするのが、北朝鮮の外交の特徴の一つだ、として知っておく必要はある。
今回の日本人妻の里帰りは、日本側が食糧援助と結びつける態度を示したので、合意が成り立った。その意味では、両国とも人道問題を外交手段として使用したことになる。その是非については留保しておきたい。
しかし、日本人妻の里帰りは人道問題として実現すると、北朝鮮は言っているが、本当の目的は、日朝国交正常化交渉の再開だ。それに、日本からの食糧の獲得。
第一陣の里帰りが実現した後に、国交正常化交渉を再開しないと、第二陣はストップしてしまうことになろう。
もう一つの拉致事件のほうだが、これは自分たちがスパイ工作や破壊工作をやっていたことを認めることになってしまうから、そう簡単に交渉が進展することはないだろう。ある程度、国交正常化交渉が煮詰まった段階になって、「この問題が解決されないかぎり国交は樹立できない」という、こちらの態度をどこまで貫けるかだ。
北朝鮮が日朝国交再開を強く望んでいるのは、三〇年前に韓国がそうだったように、日本からの「賠償」資金を利用して経済再建のきっかけにしよう、という緊急の必要性のためだ。もちろん日本にとっても、植民地支配の清算という問題もあるわけで、交渉を妥結させる責任はある。
しかし、そればかりでなく、次のような深刻な事態が、この交渉に関連して考えられる。
かりに、金正日氏が総書記就任に失敗し、対米関係を打開できずに、日朝交渉もうまくいかなかったとなれば、経済的な破綻はますます深刻になる。そうなると、北朝鮮の開放改革はますます難しくなり、戦争のシナリオか内部崩壊のシナリオしかなくなってしまう。日本が国交正常化をしない、アメリカや韓国も北朝鮮との経済交流はしない、ということになれば、北朝鮮は比較的早い時期に崩壊するだろう。
これは実は、われわれにとって歓迎すべきことではない。なぜなら、北朝鮮の体制が突然崩壊すれば、戦争を伴わない場合であっても、まず韓国経済がもたなくなり、その影響が連鎖反応的に日本に波及するからだ。
ドイツと比べるとわかりやすいが、東西ドイツは二〇年近い共存期間をもち、互いに政府を承認し合い、交流もあって、その後ベルリンの壁が崩壊して統一した。それでも西ドイツはたいへんな困難に直面することになった。西と東では、人口比でみると四対一だから、四人で一人を救済しているという話になる。
朝鮮半島の場合は、北と南の人口比が一対二、韓国人二人で北朝鮮人一人を救済しなくてはならない。GNPで比べたら一対一〇以上のギャップになる。インフラも整備されていない。しかも、北朝鮮の人たちは、資本主義も市場経済も経験したことがない。外部の世界も知らない。この二三〇〇万人の人たちを突然どうやって救済するのか。それを韓国が単独で解決できるわけがない。
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