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1997年11月号 『潮』
「管理された飢餓」金正日・北朝鮮とのつき合い方
小此木政夫
◆今まで党総書記になぜ就任しなかったか
 金正日書記の最高指導者への正式就任が注目されている。十月十日の労働党創建記念日ないし、秋の収穫が終わる十月末か十一月初めには党代表者会議を開催して、労働党総書記に就任するのではないか。過去の例をみても、第六回党大会は十月十日に、第五回党大会は十一月初めに開かれている。
 そして、来年は建国五〇周年をむかえ、九月九日の建国記念日に国家主席にも就任する、という二段構えになるはずだ。
 もともと、金日成が亡くなって、一〇〇日の喪が明けた時に就任してもよかった。しかし、金日成に対する国民の追悼の感情がかなり強いのをみて、その感情をうまく後継作業に結びつけることに利用した。さまざまなキャンペーンをはり、「金日成イコール金正日」ということで、七月八日の一周忌を迎えるところまでは順調に経過した。
 ところが、一周忌を過ぎた七月から八月にかけて、集中豪雨が三回あり食糧問題が深刻化した。それまでに九三年に冷害、九四年にヒョウ害を被っていたから、三年続きの被害ということになる。そのため「就任」をとりやめたのだが、まさか「食糧がないから」とは言えず、「喪」という言葉が使われ、それが翌年には「三年の喪」ということになったのだと思う。
 「三年の喪」というのは普通は満二年なので、三回忌明けに就任するのかと思ったが、洪水が二年連続し、かえって食糧危機が深刻化してしまった。それで「満三年」になった。
 現在はその「三年喪」が明けたので、もう「喪」という口実は使えない。そのため喪明けの宣言をして、今は「苦難の行軍」の「最後の仕上げの段階である」と言っている。今年の収穫は、トウモロコシはかなりの被害に遭っているようだが、コメはそれほどでもなかった。送られてくる映像に青々とした水田が見られることでもわかる。だからといって食糧危機が解決したわけではなく、来年以後も、事態が好転するという保証はない。
 また、経済を立て直すためには、結局国際関係を打開して、外部から資本と技術を導入しなくてはならない。アメリカ、日本、韓国との関係を打開しなければ、食糧支援も順調に得られないし、経済も好転しない。
 しかし、国家関係を正常化するためには、形式的にしろ、指導者不在の現状は不都合だ。「国家元首が空席になっている国と国交正常化交渉ができるか」という批判にさらされることになってしまうからだ。事実、中国首脳もいまだに北朝鮮を訪問できずにいる。
 それに加えて、韓国で十二月に大統領選挙があり、来年の二月には新政権が誕生する。その前に自分たちのほうで新政権を発足させておかなければプライドが許さない。先に正式就任し、南に対して外交的な攻勢をかけたいところだろう。
 ここで、北朝鮮が現在抱えている問題は、政治体制の危機ではなく、経済体制の危機だということをはっきりさせておきたいと思う。
 黄長Y氏や在エジプト大使の亡命は、新しい金正日体制が形成される過程で、そこから排除されたというだけの事件であり、指導部内での権力闘争などといったものではない。金正日氏はむしろ、最高指導者に就任しないことによるプラス・マイナスを考え、この三年間をうまく乗り切ってきたといってよい。
 何といっても、父親の死後、彼は倒産した会社を引き渡されたようなもので、すぐに社長に就任できるような状態ではなかった。父親の権威を利用しつつ孝行息子を演じて、自分なりの権威を形成し、食糧危機という困難な状況のなかで、自分の体制を徐々に固めてきている。ここでアメリカや日本との関係を改善することができれば、父親のできなかったことを成し遂げた、という評価を受けるだろう。
 
 
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