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1994年6月号 『潮』
“核”に「生き残り」をかける北朝鮮と日本の選択。
小此木政夫
◆なぜ「生き残り」が深刻化してきたか
 北朝鮮が核兵器の開発に固執しているのは、体制の「生き残り」のためである。では、なぜ「生き残り」問題がここまで深刻化してきたのだろうか。私は次のように考えている。
 まず第一に、ベルリンの壁が崩壊して以来の、ソ連の韓国承認、東ヨーロッパの国々やソ連の社会主義体制の放棄、中国の韓国承認など、北朝鮮の国際的な孤立化が進行した。
 第二に、十数年来の経済的な不振が九〇年代に入ってさらに深刻化した。これまで北朝鮮は旧社会主義国と物々交換的なバーター方式で貿易関係を保ってきたが、それが崩れてしまった。わずかに中国が支えているという状況である。しかも国際社会で孤立するなかで、国防費の負担が増大している。
 通常の推計では、九〇年以後は四年連続でGNPがマイナス成長(三パーセントから七パーセントまで幅があるが)に陥っている。
 第三に、南北朝鮮のあいだの―経済面ではっきりと出ているが―全般的な格差があまりにも大きくなってしまった。GNPで単純に比較してみると、韓国のGNPは一人当たり七五〇〇ドルのラインまできているが、北朝鮮は足踏み状態にあって、一〇〇〇ドル前後とみられている。国力という点では、GNPの比で一対一五ぐらいの差がすでに生じてしまった。これは重大な意味をもっている。
 これを国防費におきかえると、韓国がGNPの五パーセントを国防費として支出し続けると、北朝鮮側は、たとえば二五パーセント―これは一国が負担できる国防費の限界とみられている―を負担しても、韓国の三分の一にしかならない。これが五年後、一〇年後にどうなるのかという不安が生じてきている。
 一九九〇年代に入って、北朝鮮の指導者の言葉のなかに、韓国に吸収統一されることへの不安感が表れてきたが、これらの三つの理由のために、北朝鮮の体制の「生き残り」が深刻な問題として出てきたのである。
 しかし、北朝鮮の指導者の立場になって考えてみると、「生き残り」のためには少なくとも次のような条件が必要で、そのことは彼らもよく理解しているはずである。
 まず第一は、南北の経済的な格差が通常戦力の格差に転化するという展望のなかで、将来の安全保障をどうするかという問題である。これを解決するための手段として登場したのが核兵器の開発だった。
 しかし、核兵器を保有すれば生き残れるということではない。核兵器を保有したとしても、経済が再建されないかぎり無理である。したがって、北朝鮮の指導者たちは核兵器の開発と経済の再建という二つの目標を追求、二重政策をとってきた。
 実際には、もうひとつの条件が必要である。長期的な経済の対外開放と体制改革である。このことも北朝鮮の指導者は認識している。たとえば、外部の世界で経済制裁が議論されているにもかかわらず、最高人民会議では外為管理法が批准され、豆満江開発が推進されている。
 しかし、当面の課題は核兵器の開発と経済の再建である。われわれがこれまでやってきたのは、これら二つの目標をどうやって切り離させるかということであった。なんとか核兵器の開発を中止させ、そうすれば経済の再建には協力するというかたち、いわばアメとムチの政策で対応してきた。成功するかどうかはわからないが、それ以外の方法はなかったのである。
 このことは日朝交渉の過程によく表れていた。たとえば交渉の過程で、北朝鮮側が核兵器の開発を放棄する道を選べば、私は日朝交渉はすでに妥結していたと思う。そうなれば、今ごろは「償い」というかたちで日本からの資本と技術の導入に成功していたはずである。しかし、当時の段階で北朝鮮側は核兵器を放棄する意思がなく、日朝交渉は失敗に終わった。
 
 
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