◆「交渉」の道は閉ざされていない
日本にとって重要なことは、いったん制裁がスタートすれば、それに参加する以外に方法がないということである。それは、次の三つの点からいえる。
第一に、経済摩擦が深刻化している現在の日米関係を考えた場合、国連で制裁が決議された後、日本がそれを履行しないということは、日米同盟を崩壊させることにつながる。ことは安全保障に関する問題である。第二に、日本政府はすでに国連の常任理事国入りを表明しているのであって、それを意図している国が安保理事会の決議の履行に消極的であるということは許されない。そして第三に、最も重要なことだが、今回の北朝鮮の核問題は外部世界からみれば、日本と韓国が直接の利害関係国である。その国があいまいな態度をとるということになれば、強い批判は避けられない。
しかし、そうなれば北朝鮮の対抗措置を考えておかなければならない。逆にいえば、その準備なしには制裁に踏み切れないということでもある。もちろん経済制裁が始まったからすぐにミサイルが飛んでくるということではないが、危機管理体制が重要になってくる。そして戦争の脅威が表面化した場合には、日本の安全保障自体が問題になってくる。
たとえば、韓国には常時五〇〇〇人の日本人が在留しているし、旅行者を含めると常時二万人が滞在している。その人たちの緊急退避をどうするかという問題も起きてくる。これは自衛隊法改正の問題と直接からんでくる。本当に自衛隊の救援機が向かわなくてもいいのか、ということを考えなければならない。
また、北朝鮮の対抗措置が政治的な恫喝の範囲を超えてきた場合に、もっと直接的な危機管理の問題が表面化してくるだろう。すでに海上封鎖の場合に自衛隊は何をなしうるかという議論までなされているが、それ以前に日本の国内体制、全般的な危機管理体制が準備されていないということのほうを注目すべきだ。
にもかかわらず、われわれが求めるべきは経済制裁でもないし、北朝鮮に対する宥和でもない。第三の道すなわち、これまで日米韓三国政府が維持してきた交渉による解決の道である。当面は、それを修復することに全力をつくすべきである。
たとえば、南北実務会談を再開させて、特使交換の「後送り」に合意するというようなことから始めれば、北朝鮮の追加査察受け入れもありうるし、そうなれば「チームスピリット」を中止して、第三回米朝会談を開催することも可能となるだろう。西側の強い姿勢をみて、北朝鮮もまた動揺しているのだ。
しかし、長期的にみて、核の問題を解決しても、北朝鮮に大きな政変があれば、日本に深刻な影響が出てくることは避けられない。たとえ韓国が平和的に吸収統一に成功したとしても、今の韓国の経済力では統一コストを負担し切れない。その揚合、日本はどうするか。その過程では北朝鮮の難民が韓国を通って流入してくることも考えられる。また、北朝鮮へ帰国した一〇万人ちかい元在日朝鮮人の方々から日本への入国希望があった場合どうするか、六〇〇〇人を超える日本人妻の問題はどうするかなど、多くの問題が生じてくる。
しかも、それは五年、一〇年のうちに必ず起きる。北朝鮮の体制が崩壊するような混乱のなかで迎えるか、またはより漸進的に迎えるかは別として、必ずそうした事態が起きると考えておいたほうがよいだろう。
また、そうした事態に日本がいかに対応するかによって、将来の日本と統一朝鮮との関係も定まってくる。私は植民地支配に匹敵するような大きな歴史的な出来事―新しい経験がなければ日韓・日朝関係は根本的には変化しないと思う。それが朝鮮の統一であろう。その民族の悲願に日本はどれだけ貢献できるか、それによって統一された朝鮮半島とのあいだの新しい関係が決まるのではないかと思う。
著者プロフィール
小此木 政夫 (おこのぎ まさお)
1945年生まれ。
慶應義塾大学大学院博士課程修了。
韓国・延世大学校留学、米国・ハワイ大学、ジョージワシントン大学客員研究員などを経て、現在、慶應義塾大学教授。
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