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◆金正日軍事政権の誕生
 黄長Y書記の亡命事件がようやく収拾段階に入った二月二十一日朝、金正日書記の後見人であり、実質的な第二人者と目される崔光国防相(人民武力相、七十八歳)が心臓麻痺で急逝した。翌日の朝鮮中央放送は、労働党中央委員会、同党中央軍事委員会、共和国国防委員会の連名で崔光国防相の葬儀を国葬にすることを発表するとともに、金正日書記を筆頭にする八五人から構成される国家葬儀委員会の名簿を公表した。この葬儀委員会の規模は呉振宇国防相の死去に際して構成された二四〇人の約三分の一にすぎないが、副首相クラスの約二倍である。
 しかし、注目すべきことに、二年前に呉振宇国防相の死去に際して発表された国家葬儀委員会の名簿と比べて、その名簿からは金炳植(副主席、社会民主党委員長、五位)、姜成山(首相、党政治局員、五位)、徐允錫(党平安南道委責任書記、一二位)、崔永林(副首相、党政治局員候補、二〇位)、延亨黙(党慈江道委責任書記、党政治局員候補、二二位)、李善実(党政治局員候補、二三位)、黄長Y(党書記=亡命、二六位)、除寛煕(党書記、二八位)、金渙(副首相、三〇位)らの名前が脱落していた。
 もちろん、葬儀委員会の名簿は国家序列そのものではない。例えば、金炳植副主席は呉振宇国防相の葬儀委員会名簿では二一位にランクされた。しかし、金日成主席の死去に際しては、「未亡人」の立場を反映して告別式で一二位にランクされた金聖愛夫人も、葬儀委員会の序列は一〇四位にすぎなかった。そこにみられるように、葬儀委員会名簿はそのときの国家指導部の序列をむしろ正確に反映しているのである。また、軍出身者の葬儀であることも考慮しなければならないが、その意味では、呉振宇と崔光はともに現役の国防相として死去した。したがって、今後の人事動向を注視しながら、これら指導者の脱落の意味が慎重に検討されなければならないのである。
 しかし、暫定的な結論を出すならば、今回の葬儀委員会序列の変化には、いくつかの要素が混在しているように思われる。まず第一は、七月以後に予想される金正日書記の最高指導者への正式就任に伴う新しい党人事、すなわち世代交替であり、第二は黄長Y亡命と崔光死去に伴う権力の再編成であり、第三はすでに指摘した金正日の「軍重視思想」を反映する軍人重用である。タイミング的には、すでに進展中であった第一および第二の人事が、黄長Y亡命と崔光の死去によって加速化され、葬儀委員会名簿に反映されたとみてよい。いいかえれば、権力再編という要素を含みながらも、それは金正日派と反金正日派との間の激しい権力闘争の結果であるというよりは、むしろ軍を重視した新しい金正日指導体制の構築であるだろう。もちろん、第四に、任務遂行の失敗に起因する単純な左遷人事も含まれているに違いない。
 したがって、葬儀委員会名簿からの脱落者たちを明確にグループ化することは困難であるが、姜成山(六十六歳)、李善実(八十一歳)、金渙(六十八歳)は、いずれも過去一年以上の間公式の行事にほとんど姿をみせておらず、健康に問題があるものとみられていた。ただし、姜成山首相については、黄長Y亡命直後の十三日から二十一日までの間に首相を解任され、洪南成副首相が首相代理に就任しているため、単なる健康上の理由であるかどうかについて、タイミング的な疑問が残る。金炳植(七十八歳)は高齢であるし、その地位も名目的なものにすぎない。徐允錫(六十九歳)、崔永林(七十一歳)、延亨黙(六十六歳)については、黄長Y亡命と関連する失脚と職務遂行の失敗に起因する左遷の二つの理由が考えられる。また、軍関係者では、李河一(党中央軍事委員、国防委員)と呉克烈(党中央軍事委員、元・軍総参謀長)の名前が見当たらず、崔光死去との関連が注目される。
 しかし、今回の葬儀委員会序列の最大の特徴は、軍指導者たちの著しい躍進である。崔光国防相亡き後の軍最高首脳である李乙雪(元帥)、趙明録(軍総政治局長、次帥)、金英春(軍総参謀長、次帥)の三人はそれぞれ六〜八位にランクされ、古参の党政治局員に次ぐ高い地位が与えられた。また、金光鎮(第一国防次官、次帥)、白鶴林(社会安全相、次帥)、金益賢(次帥)、李斗益(次帥)、崔仁徳(次帥)の五人は党書記クラスに次ぐ二三〜二七位にランクされた。その他に、三〇〜三六位が国防次官・大将クラスで占められている。軍指導者の葬儀とはいえ、これは異例のことである。ちなみに、呉振宇国防相の葬儀委員会名簿で最も高くランクされたのは、今回、名簿から消えた李河一と呉克烈であり、それぞれ四〇位と四三位であった。今回五〜七位にランクされた李乙雪、趙明録、金英春の序列は、それぞれ七三位、八五位、八六位にすぎなかった。
 
 
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