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◆日朝正常化はいつか
Q42 日朝関係はどうなるか
 かりに日朝国交正常化が実現した場合、目本から導入される資本と技術はどのように使用されるのだろうか。おそらく、それはインフラストラクチュアの整備と電力、鉄鋼、輸送、水産などの基幹産業の設備更新に使用され、一時的にしろ、北朝鮮の経済再建に寄与することになるだろう。北朝鮮の指導者がそれをどれだけ効果的に活用することができるかは疑問であるが、ある程度までインフラが整備され、基幹産業の設備更新がなされれば、安価で良質の労働力を利用し、労働集約型の輸出産業を発展させることは不可能ではない。また、それを支援するるための日韓協力は可能であり、日本の北朝鮮に対する経済協力は必ずしも南北間の経済協力と競合しない。
Q43 日朝国交正常化は何のためか
 一九九〇年九月、韓ソ国交樹立の直前に平壌を訪問した金丸・田辺代表団に対して、金容淳書記は対日政策の変更を通告し、突然国交正常化を提案した。その理由として挙げられたのは、(1)北朝鮮を取り巻く国際情勢に急激な変化が起きていること、(2)日本政府の一部に「国交樹立の前に償いを実行することはできない」との声があることの二点であった。
 したがって、そこから読み取れる金日成の戦略は比較的単純であった。日朝国交正常化によって韓ソ国交正常化に対抗すると同時に、それに伴って日本から導入される資本と技術によって北朝鮮の産業基盤を再整備し、さらに南北経済協力によって輸出産業の育成と国民生活の向上を実現して、まず自らが長期的に生存できる経済体制を構築し、それを子息の金正日に引き継ごうとしたのである。日朝国交正常化と南北経済協力こそは、金日成の「生き残り」戦略の核心的な部分だったのである。
Q44 日朝国交正常化はいつか
 日朝国交正常化交渉は、早ければ今秋から再開される。日朝国交正常化交渉は、米朝交渉が軌道にのると、再開される可能性が高い。しかし、交渉では北朝鮮の日本への請求権・経済協力が最大の争点になり、妥結までなお二年近い時間を必要とするのではないか。
 北朝鮮では外交政策の立案をめぐり、日本は米国の許可なしに北朝鮮と正常化できるとの主張と、日本は米国のオーケーなしには正常化できないとの主張が対立していた。九二年秋にこの論争に決着がつき、日本は米国のオーケーなしには日朝正常化を決断できない派が勝利した。このため、直ちに日朝交渉が打ち切られたという。
 また核問題と李恩恵誘拐問題が、金正日の指示で行なわれた問題であることから、二つの問題が出されると北朝鮮側が緊張するとの見方もある。交渉担当者の権限の範囲を超えた問題だというのだ。この結果、北朝鮮内部には、日本は交渉を遅らせるためにわざと核問題と李恩恵問題を持ち出した、との反発も生まれていたという。
Q45 日朝国交正常化の際に日本はいくら支払うのか
 日朝正常化の際の請求権問題では、三〇億ドルから五〇億ドル、また一〇〇億ドルまでいろいろな観測が流れ、政治家や商社が思惑絡みで動いている。いずれにしろ、日本が戦後韓国に行なった請求権支払いと、経済協力に準じた額が基準になろう。
 北朝鮮は金丸信・元自民党副総裁が訪朝した際の、自民党と社会党、朝鮮労働党の「三党共同宣言」に基づき「戦後賠償」を要求してくるだろう。この三党共同宣言の扱いが、交渉では大きな問題になるはずだ。
 いずれにしろ、後ろ向きの理由での協力資金の支払いや政治家の暗躍による金額決定は、やめなければならない。請求権以外の名目の協力資金は、あくまでも統一を支援するための計画に出されるべきで、この時には韓国とも協議して「統一開発基金」のようなものを設立すべきであろう。
 日本は、北朝鮮が将来韓国に吸収統一されるのかどうかについてのはっきりした見通しと戦略を持つべきだ。
 もし日本が請求権資金を支払った後で、北朝鮮が崩壊し、南北統一された場合には、今度は統一支援のための資金協力を求められる。日本は結果的に、二度にわたってカネを取られることになる。こうしたムダ使いを避けるためにも、韓国も入れた国際基金作りの協議を行なうべきであろう。
Q46 北朝鮮バッシングはなぜ起きるのか
 かつての韓国バッシングの反動である。七〇年代に、金大中事件をきっかけに、日本では北朝鮮礼賛の一方で、韓国非難のマスコミ論調が支配的だった。その先頭に立ったのが、雑誌『世界』であった。『世界』は、TK生の名前で「韓国からの通信」を掲載し、韓国当局の横暴や当時の朴政権の醜悪さを、書き続けた。
 この「韓国からの通信」は韓国でも反体制の学生が中心になって翻訳出版した。しかし、その序文に「韓国人が書いたとは思われない」と書かれるなど、日本人が書いたのではないかとの疑問がつきまとった。このためか、『世界』はこの連載を終了する際に、筆者の名前を明かすことができなかった。当時は、すでに韓国は民主化しており、筆者が名乗り出ても問題はないはずだった。
 むしろ、それまでの書き方からすれば、筆者は韓国内で民主化の英雄として扱われてもいいはずなのだ。それなのに筆者を明らかにできないのは、韓国で批判を受ける恐れがあるか、筆者が日本人であったからとしか思えない。
 TK生が書いた内容について、韓国の反体制学生は「どこの国にもある政権内の宮廷劇を、韓国にしかないように書いている。韓国人の感情がない。また北朝鮮への批判が一切ない」、と批判した。韓国人の感覚と歴史認識でなく、日本人の感情で書いているとの受け止め方だった。
 こうして煽られた日本人の「韓国への蔑視感情」が、今度は北朝鮮に向かっている。韓国の暗い面だけをあげつらった報道は、韓国・朝鮮人への嫌悪感情を増幅しながら、尊敬できる対象とはしなかった。反体制の韓国人が、朴政権を口をきわめて非難しながら、韓国人としての共通の感情とアイデンティティーを持っていたのとは、まったく次元の異なるものだった。
 当時から、『世界』と同じ歩調をとった知識人は、「北朝鮮の情報がない」と述べ、北朝鮮の人権・民主化問題への言及はもとより、経済問題についての発言も避けた。しかも、北朝鮮の内情がしだいに明らかになってきたにもかかわらず、なお沈黙を守っている。
Q47 日本企業は北朝鮮に投資するか
 日本企業には、北朝鮮への投資意欲はない。韓国に投資した多くの日本企業は、韓国での経験でもうこりごりだ、と考えている。もっと投資効率のいい東南アジアがあるのに、わざわざ北朝鮮に行く必要はないとの判断だ。
 韓国に投資した日本企業の多くは、政府の規制や労働問題に悩まされた。日本側が誠意をもって当たっても、なかなか理解してもらえない風土があった。特に、多くの支店や合弁先で、韓国人との間で不必要な感情的対立や、日本人の主張をそのまま聞いてもらえない環境にほとほと疲れてしまった。
 ただ、日本の商社の中には、国交正常化の際の請求権資金を当て込んで、早くから食い込もうとの動きはある。これに政治家も便乗しようとしている。しかし、こうしたことが繰り返されれば、かつての「日韓癒着」のように、「日朝癒着」が批判されることになろう。
Q48 金正日は日本のテレビを見ているか
 金正日の自宅と別荘には、NHKの衛星放送を見ることのできる施設が整っている、という。
 日本の警察関係者によると、NHKの協力を受けた小さな商社が、八〇年代後半に衛星放送受信用の大きなアンテナと機材を、平壌の中央放送局に持ち込んだという。この機材を使って、金日成と金正日の自宅と別荘でも、NHKの衛星放送を受信できるようになったという。
 その後、この商社はココム違反のおそれがあることから、直ちに会社を清算してしまったという。NHKは、平壌支局開設と金日成との会見、アジア・テレビ・ネットワーク開設のため、こうした働きかけを行なったと見られている。
Q49 金丸に代わるのは誰か
 北朝鮮の指導者は、日本のようにボトム・アップの政策決定方式を理解できない。このため常にすべてのことをすぐ決断してくれる実力者を探して、問題を解決しようとする傾向がある。
 北朝鮮は、金日成が決断すればすべてが決まる社会だった。このため、日本でも金日成と同じ力を持つ政治家を探そうとした。金丸氏が失脚した後も、こうした実力者探しが続いており、中曽根元首相や海部元首相に北朝鮮招待の声をかけたりした。また竹下元首相にも、訪朝の要請があったという。
 しかし、米国はこうした北朝鮮の動きに対し、核問題が解決しないのに、日本の政治家を使って日朝正常化交渉を前進させようと図っている、と警戒している。
Q50 日本で北朝鮮によるテロはあるか
 結論からいうなら、日本でのテロはない。北朝鮮はこれまで、韓国に対するテロは実施してきたが、外国や第三国を相手にしたテロは行なってこなかった。北朝鮮に対する制裁が始まれぱ、日本で鉄道爆破などのテロ活動がある、との情報も出ていた。これは、あまりにも過剰な反応であろう。
 北朝鮮のテロ活動は、あくまで南北統一の環境作りを大義名分にしている。だから、統一と直接関係ない日本国内の施設を爆破するなどの行動は、まずありえない。また、もし失敗し、北朝鮮の犯行と分かった場合には、再び国際的な制裁措置を受けるのは必至だ。
 特に日本とは、国交正常化を必要としており、テロ活動をしてまでさらに関係を悪化させるとは思えない。
著者プロフィール
重村 智計 (しげむら としみつ)
1945年生まれ。
早稲田大学卒業。
毎日新聞社ソウル特派員、ワシントン特派員、論説委員を経て拓殖大学教授。現在、早稲田大学教授。
 
小此木 政夫 (おこのぎ まさお)
1945年生まれ。
慶應義塾大学大学院博士課程修了。
韓国・延世大学校留学、米国・ハワイ大学、ジョージワシントン大学客員研究員などを経て、現在、慶應義塾大学教授。
 
 
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