産経新聞朝刊 2002年9月18日
日朝首脳会談 日朝正常化交渉再開合意 拉致事件「8人死亡」…なぜ署名
日朝首脳会談の最大の焦点だった日本人拉致事件で八人の死亡が判明しながら、小泉純一郎首相は北朝鮮への経済支援を約束した日朝平壌宣言に署名した。外務省によって敷かれたレールに沿って首相が国交正常化交渉再開にゴーサインを与えてしまったことに対して国内から強い不満が出ており、史上初めての日朝首脳会談に冷水を浴びせた格好だ。政府は今後の正常化交渉で、拉致事件の真相解明など新たな課題を背負うことになった。
◆支援約束に反発 真相解明、新たな課題
これまで首相は「拉致問題の進展なくして国交正常化交渉に入れない」と明言してきた。それだけに、「全員の安否確認」が示されたとはいえ、政府が認定した八件十一人のうち生存者が四人だけという結果に対して「許すことはできない」(拉致議連の平沢勝栄事務局長)という声が強まっている。
与野党を問わず、「拉致問題解決とはほど遠い。経済協力に向けて正常化交渉を急ぐのは本末転倒だ」(自由党の藤井裕久幹事長)との声があがっており、批判が高まりそうだ。
「国家テロ以外の何物でもない」(拉致議連の石破茂会長)ことが判明した拉致事件について日朝平壌宣言では「日本国民の生命と安全にかかわる懸案問題」として「拉致」の言葉は使われなかった。金正日総書記が会談で「遺憾」の意や関係者の処罰を明言したにもかかわらず、文書では北朝鮮側への配慮ばかりが強調されている。
このため、日本側が今後、真相解明や被害者への補償などの要求を持ち出したとしても北朝鮮側が言い逃れをする余地を残したといえる。
一方、日朝平壌宣言では「過去の清算」をめぐって、日本の植民地支配に対する「痛切な反省」と「心からのおわび」が盛り込まれるとともに、「国交正常化交渉において、経済協力の具体的な規模と内容を誠実に協議する」として、北朝鮮に対する多額の経済援助を約束した。
こうした結果は八人死亡という衝撃的な結果にもかかわらず、経済協力という貴重なカードを切ってしまったこととあわせ、今回の首脳会談が「外務省主導の線に乗って進んだ」(民主党の鳩山由紀夫代表)という見方を裏付けている。
今回の結果について被害者家族らは「死亡は信じられない」(横田めぐみさんの父、滋さん)として、死亡理由、責任の所在などについて調査を求める構え。福田康夫官房長官が外務省飯倉公館で各家族に安否を説明した際も、「銃殺されたかもしれない。政府はどう対処するのか」と詰め寄る家族が相次いだ。
増元るみ子さん=当時(二四)、死亡=の弟、照明さん(四六)は「死亡しているといわれて信じるわけにいかない。これをもって進展とみなして国交正常化していいのか」と政府の方針に率直に疑問を投げかけた。
被害者の家族の間に「これまで外務省や政府は何をやっていたのか」との不満があるのは、政府与党がコメ支援に応じてきたことなどが念頭にある。
これまでの政府与党の戦略なき北朝鮮外交が厳しい視線にさらされることになったといえる。
今後の国交正常化交渉では経済協力の具体的な額や案件が焦点になる。だが、「自分の国民が拉致されて死亡したのになぜ援助しなければならないのか」という国民レベルの反発を無視できるものではない。
「国交正常化」そのものを目的としてしまった政府の責任が厳しく問われそうだ。
【写真説明】
平壌宣言に署名する小泉純一郎首相(左)と北朝鮮の金正日総書記(右)=17日午後、平壌市の百花園迎賓館(代表撮影)
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