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産経新聞朝刊 1997年2月3日
「うちの娘だと思う」
めぐみさん両親 死亡宣告せず待った
 
 「うちの娘のことだと思う」−。二十年前、突然、姿を消した娘、横田めぐみさん(当時十三歳)が、北朝鮮に拉致(らち)された可能性が浮上したことに、父親は驚き、目に涙をためた。「公式に確認することはできないのでしょうか」。首都圏に住む両親は、今年一月二十一日、初めて、めぐみさんの失跡当時の状況と酷似する亡命工作員の証言を伝え聞いて知った。
 「バドミントン、双子、とても偶然とは思えません。どうにもならないのでしょうか」
 新潟にいた時は、娘からの連絡を待って、夜中も電気をつけっぱなしにしていた。親せきの法事があっても、必ず、だれか留守番を置いた。解決がつくまで転勤しないように勤務先に無理を言って頼みもした。
 アベック連続蒸発事件が北朝鮮工作員の犯行ではないか、といった報道があったとき、「もしや、うちの娘もと思った。でも、子供を連れ去る理由が見つからない。交通事故にでも巻き込まれた、と考えていましたが、死亡宣告はせず、希望を持ち続けてきました」。
 
 公安当局 確度高い、裏付け急ぐ
 
 「日本から拉致された当時十三歳の少女が生きている」という北朝鮮の亡命工作員がもたらした情報は、公安当局者の間に強い反応を引き起こした。それは、少女が拉致されたとみられる時期が昭和五十一、二年ごろとされ、その一、二年後の五十三年夏には福井、新潟、鹿児島の三県の海岸近くで、婚約中や恋人同士だったアベック三組が何の理由もなく失跡する事件があったからだ。しかも、この直後、今度は富山県で、やはりアベックが海岸で四人組にいきなり手錠とさるぐつわをはめられ、女性だけが連れ去られそうになったが、未遂に終わった事件が発生している。
 これら一連の事件に解明の手がかりを与えたのが、六十二年に起きた大韓航空機爆破事件だ。犯人として逮捕され、韓国に移送された真由美こと金賢姫元被告が「私の教育係は日本から五十三、四年ごろ北朝鮮に拉致された李恩恵(リ・ウンヘ)という女性だった」という証言だった。
 金元被告の供述はきわめて詳細だったため、日本側の裏付け捜査によって、「李」さんの身元が特定された。しかし、いまも北朝鮮にとどまっているとみられ、詳しい経緯などについては判明していない。
 しかし、大韓航空機爆破事件後、当時の自治大臣で国家公安委員長の梶山静六・現官房長官が一連の蒸発事件について「北朝鮮による拉致の疑いが濃厚である」との見方を示している。また、これまで韓国に亡命した元北朝鮮工作員の証言では、日本から拉致され、国内に軟禁されている日本人は数十人以上に上る可能性も否定できない。
 こうした中でもたらされた「十三歳少女の拉致情報」は、一連の蒸発事件と時期が接近しているうえ、「海岸から連れ去られた」とされていることなどから、公安当局はかなり確度の高い情報とみて、裏付け捜査を急ぐことにしている。
 
 
 
 
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