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読売新聞朝刊 2002年10月18日
社説 北朝鮮核開発 国際社会への背信は許されない
 
 朝鮮半島の緊張を高めるだけではない。北東アジアのみならず、世界の平和と安定を揺るがす、ゆゆしき事態だ。
 北朝鮮が、十月初めに訪朝したケリー米国務次官補に核兵器開発を認めた。核兵器用のウラン濃縮計画を数年前から進めていた。
 核開発の凍結と廃棄をうたった、一九九四年の米朝枠組み合意や、核拡散防止条約(NPT)などに対する、明白な違反である。
 米国は、北朝鮮に対し、「NPTの順守、検証可能な形での核兵器開発計画の廃止」を求めるとの声明を発表した。
 当然の要求だ。
 NPTメンバー国である北朝鮮は、非核保有国として、原子力の平和利用と、国際原子力機関(IAEA)による査察受け入れの義務を負っている。
 ◆米朝合意を再確認せよ
 秘密裏に核開発を進めてきた北朝鮮の行動は、国際社会に対する許し難い背信というしかない。ただちに核開発をやめさせなければならない。
 今回は高濃縮ウランを使う新たな核開発だ。核武装化を目指す北朝鮮の動きが一段と深刻な段階に入ったと言える。
 北朝鮮は、核開発について、米朝枠組み合意自体を「無効」とみなしている、と抗弁した。自らの合意違反を棚に上げた、無責任で挑発的な態度だ。
 米朝合意で、北朝鮮は、核兵器に使われるプルトニウムの生産が容易な、既存の黒鉛減速炉と再処理施設などの凍結と廃棄を約束している。
 その見返りに、日米韓などが共同出資した朝鮮半島エネルギー開発機構(KEDO)は、兵器用プルトニウムの抽出が困難な軽水炉を北朝鮮で建設中だ。完成までの間、代替エネルギーの重油も毎年五十万トンずつ提供している。
 北朝鮮の核開発継続の表明は、こうした一連のプロセスを、根底から覆すものにほかならない。
 北朝鮮は、すでに核一―二発分のプルトニウムを保有していると推測されている。米政府によると、米朝合意を破棄して再処理すれば、さらに核六発分のプルトニウムを入手できるだけの使用済み核燃料も、国内に保管している。
 ◆日米韓の協調が肝心だ
 ブッシュ米大統領は、北朝鮮を、核兵器など大量破壊・殺傷兵器の開発・入手を図る危険な国家として、イラン、イラクとともに「悪の枢軸」と呼んでいる。この三国の中で、最も核兵器保有に近づいている国が北朝鮮との見方もある。
 北朝鮮がまず、なすべきことは、NPTと米朝合意を順守し、開発計画を断念するとともに、IAEAの全面的な査察を受け入れ、それを証明することだ。
 北朝鮮は、化学・生物兵器も開発ずみとされる。そうした大量破壊・殺傷兵器の脅威は、ミサイルの開発・配備によって一層高められている。
 危機的な食糧不足に直面しているにもかかわらず、総人口の5%にあたる約百十万の兵力も擁している。
 軍事優先国家という北朝鮮の本質が、こうした点に表れている。
 日米韓三国は、北朝鮮の軍事的脅威を削減するため、政策協調を続けてきた。北朝鮮の新たな“挑発”を受け、今後、一層綿密な協議が必要だ。
 国交正常化交渉再開を前にした日本も今回の事態を深刻に受け止めなければならない。
 核開発やミサイルの問題を協議する相手は、日本ではなく米国だ、というのがこれまでの北朝鮮の一貫した態度だ。
 だが、北朝鮮は日本に照準を定めたノドン・ミサイルをすでに百基以上も配備している。そのミサイルは、核兵器の運搬手段になる。
 到底、看過できるものではない。
 先の日朝首脳会談で、小泉首相は金正日総書記に、核問題に関する米朝枠組み合意などを守るよう強く求めた。それを受けて、「国際的合意の順守」が平壌宣言にうたわれた。
 ◆「平壌宣言」への挑戦だ
 今回、北朝鮮が明らかにした核開発の継続は、この平壌宣言に矛盾する。事実を隠して宣言に署名した北朝鮮の姿勢は卑劣と言ってもいい。これでは平壌宣言の履行など期待できない。
 日本の安全に対する脅威は、核やミサイルだけではない。
 昨年暮れ、奄美大島沖で沈没した北朝鮮の工作船からは、地対空ミサイルやロケット砲などが回収された。異常なほどの重武装は何のためだったのか。工作船事件の全容解明と再発防止の具体策も不可欠である。 
 ◆脅威解消が国交の前提
 日本の主権に対する重大な侵害である拉致事件もある。
 北朝鮮が日本人の拉致を認め、早期の国交正常化を求めているのは、日本の資金をあてにしてのことだ。
 しかし、こうした安全保障上の脅威が解消されない限り、正常化も不可能だ。経済協力もあり得ない。
 国交正常化交渉は二十九日から再開される。日本政府は、この中で、拉致事件の全容解明と同時に、安全保障の問題を最優先課題として取り上げるという。
 北朝鮮の背信行為が明らかになったいま、真摯(しんし)な対応が見られないなら、席を立つくらいの強い決意で、交渉に臨まなければならない。
 
 
 
 
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