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読売新聞朝刊 2002年9月16日
日朝首脳会談のポイント 拉致問題「全員帰国」道筋つくか 訪朝の成否握る
 
 十七日に平壌で行われる初の日朝首脳会談で、金正日総書記は、日本人拉致(らち)問題やミサイル・核問題など日朝間に横たわる懸案にどのような考えを示すのか。小泉首相は、国益を担った毅然(きぜん)とした対応を貫けるか。国交正常化交渉再開の成否を分けるポイントを分析した。〈本文記事1面〉
 ●拉致
 ◆訪朝の成否握る
 日朝首脳会談の最大のポイントは北朝鮮工作員による日本人拉致事件がどう解決に向け、進展するかだ。小泉首相はこの問題の金正日総書記の対応によって国交正常化交渉の再開を判断することにしているだけに、日本政府が認定している八件十一人について、北朝鮮が「関与」を認めたうえで、最終的に十一人全員が無事に帰国できる明確な道筋を付けられるかどうかが焦点となる。
 警察庁がこれまで北朝鮮による拉致事件の被害者と特定したのは、一九七七年に新潟市内で下校途中に行方不明になった横田めぐみさん(当時十三歳)をはじめ十一人に上っている。
 北朝鮮は昨年まで、「拉致事件」自体を認めてこなかったが、今年夏以降、日本側が「拉致」という言葉を使っても異論を唱えないなど、このところ、北朝鮮の対応に変化もうかがえる。北朝鮮との事前折衝を進めている外務省幹部は「拉致事件の全面的な『解決』はすぐには難しいが、一定の『進展』はある」とし、複数の安否確認ができるとの見通しを示している。
 このうち、公安関係者が「最も安否確認の確度が高い」と見ているのは、八三年、英国留学中に失跡した有本恵子さん(当時二十三歳)だ。今年三月、日航機「よど号」乗っ取り犯の元妻が「拉致に関与した」と証言した経緯もあり、北朝鮮側が「日本人による拉致事件で、北朝鮮は関係ない」と断ったうえで消息を示す可能性があるという。
 しかし、仮に拉致された日本人が何人か登場しても、それだけで成果とは言えない。家族との面会を経て、例えば、帰国に向け、どう手順を踏むかというところまで詰め、再開される予定の国交正常化交渉の中で全面的解決を図る――という道筋にメドが立たなければ、首相訪朝は支持を得られないからだ。
 自民党の山崎幹事長が十五日のテレビ朝日の報道番組で、「拉致問題で一定の前進が必要だが、今回は全員の安否確認は無理だ。今後(の安否確認や帰国の手順)にきっちり見通しをつけられるようにすることに期待する」と述べたのも、こうした考えの一環だ。同じ番組で、古賀誠・前幹事長は「中途半端だけはやめた方がいい。ゼロか百かだ」と述べ、全員の帰国を求めるべきだとの考えを強調した。
 ●安保
 ◆核・ミサイル問題 実質合意は困難?
 北朝鮮の核兵器開発疑惑や、核を搭載する弾道ミサイルの開発・輸出問題は、日本はもちろん、世界の平和と安定に大きな脅威となっている。特に、米国はイラクを含む中東地域への波及に神経をとがらせており、ブッシュ政権は日本に対し、「核、ミサイルで進展がないと、小泉首相訪朝は成功とは言えない」とクギを刺している。
 一方、金総書記は安全保障問題について「我々の国防政策は徹頭徹尾、自衛の政策だ」(十四日の共同通信社への書面回答)と主張、国際社会の懸念を無視する姿勢を崩していない。
 北朝鮮側はこれまでの事前折衝で、〈1〉ミサイル発射凍結期間の延期〈2〉国際原子力機関(IAEA)による核査察への協力開始――などの方針を小泉首相に示す構えを見せている。しかし、日本政府は「言葉ではなく、実際の行動で示さなければ何の意味もない」と受け止めており、会談で北朝鮮の具体的な対応を保証する確かな裏付けを得る必要がある。
 北朝鮮にとって、核・ミサイル問題は米国と交渉する際の重要なカードでもあり、日本との会談では実質的な合意には至らないとの見方も根強い。
 ●謝罪
 ◆口頭で表明へ
 北朝鮮は日本に対し、過去の植民地支配について自国だけを対象とした「誠実な謝罪」を共同文書に盛り込むよう求めている。しかし、小泉首相は、村山首相が一九九五年に「アジア諸国の人々に多大の損害と苦痛を与えた」と表明した「村山談話」をベースに口頭で伝える方針だ。
 日本は中国には文書で謝罪しておらず、韓国に対しても、九八年の日韓共同宣言で「痛切な反省と心からのおわび」を初めて文書化した。中国や韓国とのバランスを考えると、「国交のない北朝鮮に文書で謝罪するわけにはいかない」(岡本行夫内閣官房参与)というわけだ。
 ●不審船
 ◆再発防止要求
 小泉首相は、日本近海に現れる一連の北朝鮮「工作船」について、「日本の安全の問題」として中止を求める方針だ。だが、北朝鮮は、一九九九年三月の能登半島沖の不審船を「日本の謀略」とするなど、一貫してその存在を認めていない。首脳会談では、北朝鮮に不審船の存在を認めさせた上で、再発防止に向けた具体的な措置を引き出せるかどうかが焦点となる。
 ●経済協力
 ◆「使途」監視重要
 北朝鮮はこれまで、日本の植民地支配に対する「補償」を求めてきた。しかし、日本は一九六五年の日韓国交正常化の際に用いた「経済協力方式」を主張してきた。今回の事前折衝では、北朝鮮が日本の提案を受け入れる姿勢に転じている。首脳会談では、金総書記が「補償」という言葉にこだわらない考えを示せば、日本が経済協力を実施することで合意する可能性が高い。
 日韓国交正常化では、〈1〉日韓両国が植民地支配時代の預貯金や保険、朝鮮半島に日本が整備した鉄道、港湾などの財産について互いに請求できる権利(財産・請求権)を放棄する〈2〉日本が韓国に無償三億ドル、有償二億ドルの経済協力を行う――などで決着した。
 ただ、多額のカネが軍事独裁体制を維持、助長することに使われては元も子もない。このため、協力の方法や監視体制をどうするかが重要となる。北朝鮮は過去に「数百億ドルという法外な額を要求した」(外務省幹部)とされるだけに、金額についても難航しそうだ。
 
【?】 ◇小泉首相と金正日総書記の比較=表略
 
 図=政府が認定した北朝鮮による拉致事件の地図
 
 
 
 
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