日本財団 図書館


読売新聞朝刊 2000年8月25日
日朝国交正常化交渉 北朝鮮の進展急ぐ姿、明確に 経済危機打開狙い
 
 二十四日に協議を終了した第十回日朝国交正常化交渉では、日本との国交正常化を急ぐ北朝鮮の姿勢がより明確になった。国内の深刻な経済危機を背景に、韓国などとの関係改善を精力的に進めている北朝鮮にとって、国際社会からの経済支援を確実なものとするためには、日本との関係改善が欠かせないとの判断があると見られる。しかし、拉致(らち)疑惑やミサイル問題をめぐる北朝鮮側の発言にはいっさい進展は見られず、交渉の具体的前進は次回以降に持ち越した。二日間にわたった第十回日朝国交正常化交渉の舞台裏を検証した。(政治部 前木理一郎、福元竜哉、本文記事1面)
 ◆「毎月開きたい」 年内決着へ意欲示す
 
 二十一日夜、鄭泰和(チョンテファ)大使を首席代表とする北朝鮮政府代表団十六人が成田空港に降り立った。出迎えた日本側首席代表の高野幸二郎日朝国交正常化交渉担当大使は、鄭大使が乗る車に同乗し、都内のホテルに向かうまでの間、打ち合わせなしの「車中会談」に臨んだ。
 前回の平壌での交渉から四か月半。この間、南北首脳会談の実現など朝鮮半島をめぐる情勢が劇的に転換する中、高野大使は、北朝鮮の姿勢に本当に変化があるのかどうかを自らの肌で確かめたかった。
 「精力的に交渉したい。来月も、その次も、毎月一回、交渉を開きたい」と訴える鄭大使の表情に、高野大使は「北朝鮮が交渉を急ぎたがっているというのは本当だ」と確信した。
 北朝鮮側の姿勢の変化は、八月八日から平壌を訪問した外務省の河野雅治アジア局参事官も感じ取っていた。河野参事官は平壌で鄭大使と面会した際、鄭大使から食事に誘われ、「できるだけ早く、交渉を成功させたい」と打ち明けられていた。
 鄭大使はこうした水面下の折衝で“サイン”を送るだけにとどまらず、二十二日の東京・麻布台の飯倉公館での本会談でも「二十世紀のわだかまりを二十一世紀に持ち込むことは歴史的責任を果たし得ない」と率直に訴え、交渉の年内決着への意欲をにじませた。
 ◆「貿易保険再開を」 経済支援に強い期待
 
 北朝鮮が決着を急ぐ背景には、同国内の深刻な経済危機があると見られている。六月の南北首脳会談で、韓国の金大中大統領は「南北と並行して日朝、米朝関係の改善が重要だ」と北朝鮮の金正日総書記に語りかけた。南北首脳会談の実現は、韓国政府による北朝鮮の社会資本(インフラ)整備の表明が起爆剤となったと見られているが、韓国は大型の経済支援には日本の協力が欠かせないと位置づけている。
 鄭大使は二十三日、予定されていた最高裁やNHKの見学を急きょキャンセルし、二十四日の本会談の会場となった千葉県木更津市のホテルに急いだ。高野大使との非公式折衝に臨むためだ。この日夜、同ホテルのレストランで、二人は通訳だけを入れ、紹興酒と中華料理をともにしながら約四時間、話し込んだ。この席で、鄭大使は「貿易保険を再開して欲しい」と具体的な要望を口にした。貿易保険は、リスクのある国との輸出入・投資を促進するために政府が運営主体となる保険だ。日本の北朝鮮向け貿易保険は七〇年代まで行われていたが、北朝鮮側の代金未払いが続いたため、過去二十年以上にわたって停止したままで再開の見通しは立っていない。対日輸入代金の未払い金は八百億円を超えるとされ、これが、日本企業が北朝鮮への投資をしり込みする最大の要因になっている。
 高野大使は「(貿易保険の再開には)未払い金を払うことが不可欠だ。その上で投資を呼び込むべきだ。国交正常化すれば、日本として経済協力することも可能になる」と答え、鄭大使は深くうなずいた。
 ◆「自主権の問題だ」 「ミサイル」など不透明
 
 北朝鮮側は交渉の進め方などでは柔軟な姿勢を示したものの、日本人拉致問題など具体論では従来の主張を繰り返し、進展は見られなかった。
 ただ、日本側は、高野大使が二十二日の本会談で、「拉致問題やミサイル問題などを一括して協議しなければ、日本国民の理解は得られない」と強調した際、鄭大使が「日本側の言うことはわかった」とうなずいたことに着目した。「実質的に北朝鮮が包括的な協議を受け入れたということだ」(日本側代表団の一人)というわけだ。
 しかし、こうした北朝鮮の「柔軟姿勢」が具体的な「譲歩」につながったわけではない。二十四日午後の交渉で、鄭大使は「拉致問題はあり得ない、ありもしない問題で議論されるべきではない」「工作船の問題は断固、否認する」「ミサイルの開発・配備は自主権の問題だ」などと繰り返した。次回以降の交渉で、北朝鮮がどういう歩み寄りを見せるかはなお不透明だ。
 
 
 ◇第10回日朝国交正常化交渉での両国の主張
 
         日本     北朝鮮   
補償問題 財産・請求権の問題があるなら、それは処理していかなければならない 過去に物質的、精神的、人的被害を被ったので補償は当然だ
日韓方式 (「過去の補償」については)合意に達した過去の事例として、日韓国交正常化における 決着方法がある過去の補償について、双方の接点を見いだしたい
交渉方法 過去の清算と拉致問題などの日朝間の諸懸案を一括して処理する 過去の清算を優先的に処理すれば、その後、その他の問題も解決できる
日本人拉致問題 次回以降の会談でも、日本側から取り上げ、しっかりとした 調査を求める拉致はあり得ない。行方不明者については調査している

 写真=第10回日朝国交正常化交渉本会談に臨む北朝鮮の鄭泰和大使(右端)と高野幸二郎・担当大使(左から4人目)(24日午後2時30分すぎ)=代表撮影
 
 
 
 
※ この記事は、著者と発行元の許諾を得て転載したものです。著者と発行元に無断で複製、翻案、送信、頒布するなど、著者と発行元の著作権を侵害する一切の行為は禁止されています。

「読売新聞社の著作物について」








日本財団図書館は、日本財団が運営しています。

  • 日本財団 THE NIPPON FOUNDATION