日本財団 図書館


読売新聞朝刊 1992年11月8日
社説 やむを得ない日朝交渉の“決裂”
 
 日本と朝鮮民主主義人民共和国(北朝鮮)の間の第八回国交正常化交渉が“決裂”状態で時間切れとなり、次回交渉の日程も見通しがつかない事態となった。
 本交渉とは別の李恩恵(リ・ウンヘ)問題に関する実務者協議の冒頭、北朝鮮側がこれ以上協議の必要はないとして退席、協議ボイコットに出たため、日本側も協議が再開されない限り本交渉に応じられないとの立場をとらざるを得なかった。
 残念だが、やむを得ないと言うべきだ。北朝鮮の一方的な協議ボイコットは、これから国交を結ぼうという相手にとるべき態度ではない。日本側の対応は当然だ。
 李恩恵は大韓航空機爆破事件の金賢姫(キム・ヒョンヒ)元死刑囚の教育係とされ、七八年に失跡した日本人元キャバレーホステスの可能性が極めて大きいと、警察庁が昨年五月に発表している。
 この発表直後の第三回本交渉で日本側がその消息調査を求めたところ、北朝鮮側が猛反発、この時も第四回交渉の日程を決められないまま終わった。その後、非公式折衝の結果、昨年八月にようやく第四回交渉が開かれ、李恩恵問題は実務者協議の場で協議することで合意した。
 以後、さる五月の第七回交渉まで、身元確認の調査を求める日本側、でっちあげだと拒否する北朝鮮側と、双方の立場は平行線をたどりながらも、とにかく実務者協議で李恩恵問題が取り上げられてきた。
 その協議を、今回、北朝鮮側は一方的に打ち切ると宣言したわけだ。なぜか。
 たしかに、北朝鮮にとって嫌なテーマではあろう。協議を打ち切り、本交渉が続けばそれでよいし、本交渉が中断しても、当面、構わないということだったのではないか。核疑惑問題で本交渉の進展が望めないのを見越しての高姿勢だったのだろう。
 同時に北朝鮮を取り巻く環境が厳しくなってもいる。八月には中韓国交樹立があった。十月になると、韓国で「赤化統一」をめざす大規模な北朝鮮地下工作組織が摘発され、南北関係は冷えた。
 北朝鮮の核疑惑ともからみ、米韓は在韓米軍の削減第二段階を再延期し、今年は中止した米韓合同軍事演習「チーム・スピリット」を来年再開の予定で準備を進めることで合意した。さらにクリントン次期米大統領の朝鮮半島政策、あるいは韓国大統領選、日本の政情、プルトニウム問題の行方など、不確定要素もある。
 あせりから出た北朝鮮の高姿勢とも見えるし、時間稼ぎの必要もあったろう。
 とまれ、北朝鮮がどのような態度をとるにせよ、日本は北朝鮮との交渉に冷静に対処し、あくまで筋を貫かねばならない。筋を曲げてまで国交を急ぐ必要はない。
 国交樹立の基礎は相互の信頼感であるはずだ。その意味でも、核疑惑はもちろん、李恩恵問題も重要だ。棚上げにしてはなるまい。邦人保護の上からも日本側が身元調査を求めるのは当たり前だ。大体、北朝鮮がらみの不可解な事件が多すぎる。韓国で摘発された地下工作組織の中心人物も在日韓国人を装って韓国に入国したという。
 
 
 
 
※ この記事は、著者と発行元の許諾を得て転載したものです。著者と発行元に無断で複製、翻案、送信、頒布するなど、著者と発行元の著作権を侵害する一切の行為は禁止されています。

「読売新聞社の著作物について」








日本財団図書館は、日本財団が運営しています。

  • 日本財団 THE NIPPON FOUNDATION